第6話「天賦の才」
「なんだよ彰のやつ…急に元気になったな」
「これからその伯父さんに会いに行くみたいだよ」
「あーそれでか。…ん? でも魂なんてどうにもならないじゃんか」
「そうだね。少なくともぼくたちではどうにもならないね」
「”ぼくたちでは”って…他の誰かなら何とかできるってのか?魂を?」
潤のその言葉を聞きながら、孝弘は手元にあるイチゴオレをストローですすった。
「…潤はさ。魂って誰が生み出していると思う?」
「そりゃぁ女の人でしょーよ」
「そうだね。じゃぁ具体的に妊婦さんを考えてみようか。魂はいつ生まれると思う?」
「いつ?…それは…生まれて初めて泣いた時…とか?」
潤がそう答えてチラっと孝弘を見ると、孝弘は再びプログラムの打ち込みを始めた。
違うのか~…と頭を抱えてうなり続ける潤を横目に孝弘の口が開く。
「さっき彰との会話でも言っただろう。”胎動”した時だ」
「胎動?」
「お腹にいる赤ちゃんが初めて動いた時だ」
「あーなるほど。でもそれでなんで彰があんなに喜ぶんだ?」
「ここからは賭け…なんだと思うが。やってみる価値はあると判断したんだろう」
「賭け?」
「そう。胎児に魂が宿る時、その近くに器が2つあったらどうなるのか」
「どうなるんだ?」
「わからない。そもそもぼくには光が見えないからな。光が現れる場所もわからないし、現れた光がどう動くのかもわからない。仮にその光が伯父さんの頭の中に入った場合、その光を呼び寄せた胎児自身がどうなるのかも全く検討がつかない」
「おい!それって殺人じゃ?」
「違う。殺人とは”生きている人に対して”その生命を奪う行為だ。魂の時点で横取りしたからといって、その行為がどのような罪になるかは定義もされていない」
「そ、それはたしかにそう…か…」
「そもそもぼくたちが今話してることそのものが、ただの与太話だ」
そういって孝弘は人差し指で眼鏡の位置を直した。
「この話が真実なら実に倫理観が問われる内容だ。だが所詮は与太話。この与太話を元に潤は彰を止めるのか?」
「うーん…そうなると俺の方が変人になるの…か?」
「訳わからないよね。妊婦さんに「見舞いに行くな!」と言うわけだし」
「!? 彰はわざわざ妊婦さんを病院に連れて行くってのか?」
「いや。偶然の成り行きでこれから幼馴染の妊婦さんと一緒に伯父さんのお見舞いに行くそうだ」
「それは彰が誘ったのか?」
「いや、相手側からの希望だそうだ」
「あーそうなのか…それは別に彰のせいじゃねぇな…」
「そう」
「そうか……何でそんなこと知ってんの?」
「昨晩、彰からメッセージが来たから」
「あ、そう」
「そう」
「…」
「…」
二人のいる空間に孝弘のタイピングの音が静かになり続ける…。
「…俺には来てないんだけど」
「そう」
「…」
「…」
「だー!なんかこうモヤッとするなぁ! いいのかなぁ?このままほっといて!」
「落ち着きなよ。所詮与太話だと言っただろう。普通に考えれば何も起きない」
「そ、それもそうか…でもなぁ…」
「でもなに?」
「なんつーか孝弘の話ってさ、こう…現実味があるっつーかさぁ」
「たまたまそう聞こえただけだよ。言っただろ?与太話だよ」
「そ、そうかもしんねーけどよー…」
「ぼくは凡人だからね」
孝弘はそう言いながらも嬉しそうにタイピングしていた。
「凡人~?孝弘~お前は十分天才だと思うぞ?」
「天才ではない。秀才だ」
「え?なんか違うの?」
「ぼくの認識では全然違う」
孝弘はプログラムの最後の行を打ち込み終えて潤の方に顔を向けた。
「天才とは彰のようなやつのことを言う。天から与えられた才能。天賦の才。すなわち天才。光の見える能力がまさにそれだ」
「でもあの能力じゃぁ、テストで良い点取れるとは思えないけど?」
「潤はさ。テストで良い点が取れる能力のことを天才だと思っているんだろう?」
「違うのか?」
「少なくともぼくは違う。その意味なら秀才の方が適当かな。ぼくみたいな、ね」
そう言って孝弘は自信を持った笑みを潤に向けた。
「わー…自分で言っちゃたよ…この人…」
「本当のことだ。ただね…」
学食から見える外の木々を眺めながら孝弘は続けた。
「天才にはね…見えない木が見えるんだよ」
「木?」
「そう。発明や発見と言う名の木だ。天才はその木を現実化する。秀才は、天才が現実化してくれたその木の枝を伸ばす」
「例えがさっぱりわからない」
「そうか…ま、そういう意味ではぼくも天才の言うことはわからなかったりする」
「孝弘がか?」
「うん。天才が見ているもの、見えているものは周りの凡人には見えないからね。主張すればするほど変人扱いされるのが世の常だ」
「あー…まぁ…そうかもな」
「でも天才にはね、その木が見えてるんだ。そこにあるんだよ。だから疑うことなく歩みを進めていく」
「研究とかそういうやつか?」
「そうだね。そして遂にはその木の姿を現実世界に露わにするんだ。凡人はそこでやっとその木を見ることができる。最初からそこにあったはずのその木をね」
「彰の光の見える能力が、その木ということか?」
「そう」
「でもな~…あの光の話は普通、誰も信じねーと思うぜ?」
「だろうね。だからこそ彰もぼくたちに話すのを躊躇してたんだろう。幼少期に奇異な目で見られた経験があったとしても不思議じゃない」
「あーたしかに…」
「だからこそ話を聞いてみたかった。ぼくは努力することで凡人から秀才になった。が、天才ではない。そこには到達できない。なぜなら天才とは生まれた時から天才だからだ」
「”天賦の才”…か…」
「そんな凡人が天才の見る世界を少しでも感じ取る機会が得られたんだ。まぁ、ほとんどが理解の及ばない結果に終わったけどね。でも、こんなに楽しいことはないだろう?」
孝弘はノートパソコンを閉じると、何かを思うかのようにその姿勢のまま止まった。
何かホッとしたような、嬉しそうな、それでいてあきらめを受け入れているような…その孝弘の笑みにはそんな複雑な感情が入り乱れているように潤は感じた。
「孝弘…やっぱお前変わってるな」
「潤にだけは言われたくないね」
そう言いながら孝弘はイチゴオレをすすった。
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