第5話「人とパソコン」
「…光が見えるんだ…」
『光?』
「うん。ぼんやりと…丸いぼんやりとした光が、人の頭…脳の部分にね」
「おい~彰~、それはさすがに…」
潤がそう言いかけると、孝弘はすぐさま自分の手の平を潤に向けてその発言を制止させた。
「続けて」
「あ…うん。その光は1人に1つづつあるんだ。もちろん僕たちにもある」
「光は必ず1つなのかい?」
「いや、妊婦さんだけ2つ…2つ以上見える時がある」
「ということは2つ見えない時もあるのか」
「うん。多分だけど胎動を迎えていない妊婦さんには光は1つしかない」
「胎動…なら2つ目の光はお腹にあるのか?」
「そう!…よくわかったね」
自分の理解者がいてくれたことが嬉しかったのか、つい声を張り上げてしまった僕がいた。
「…なるほど興味深い話だ…実に…実に興味深い」
孝弘の顔には笑みが浮かび上がっていた。
「なんか俺にはさっぱりなんだけど…それがなんなの?」
しびれを切らした潤が割って入る。
「つまり彰はその光を魂と仮定、いや確信しているということだ」
「魂!? え?それが見えるの? 彰が?」
「話を聞く限りではそういうことになる」
淡々と理解を進める孝弘に対して、こんな変な話を聞いた潤は僕のことをどう思うんだろうか…。
やはり変な奴と思われてしまうのかな…と考えていると、それは余計な心配だったと思える言葉が返ってきた。
「すげえじゃん!彰! 特殊能力ってやつかよ! かー!うらやましい!」
「え?」
「フッ」
潤の反応を意外だったと反応する僕。
それとは対称に「やっぱりね」というかのようにクスッと笑う孝弘。
「へ、変に思わないの?」
「? なんで? 他のやつが持ってない能力ってことだろ? そういうのって普通あこがれんじゃねぇの?」
「え…まぁ、そうなの…かな?」
「潤らしいね」
「なにそれバカにしてる~?」
「褒めてるんだよ」
「マジ!? ならいいや~、あはは」
「…はは」
「フフフ」
この時僕は、長年ひた隠しにしてきた1つの呪縛から解放された。
周りから奇異な目で見られることが軽いトラウマになっていた僕にとって、今日はとても嬉しい特別な日となった。
「信じてくれてありがとう…孝弘」
「だって見えているんだろう?君には。なら、それを信じない方がぼくにとってはナンセンスだ」
「でもこういった話ってテレビとかでよくあるじゃないか…こういうオカルト的な話は確か興味ないって…」
僕は以前、そういった内容のテレビ番組の話題を孝弘に振ったことがあった。
でも孝弘は「そんな話は興味ないね」とバッサリ切っていたから、今回信じてもらえたことが心底意外だった。
「テレビの情報というものは僕が問いただせない、ただ与えられる一方通行の情報だ。だから興味がない。対して君は今ここにいるだろう?ぼくの質問にも答えてくれるだろう?しかも即答しただろう?」
すごい早さで説明する孝弘に僕たち二人は茫然とした。
「わざわざぼくに質問される内容を想定してまで「見える」という嘘をつく理由が彰にあるとは思えない。ましてや明らかにそれが「ある」という認識での即答でその内容は一切ブレない。だからこそぼくもその上で予想ができるし、事実それは合致した。この事実を信じない理由がぼくにはない」
「孝弘…」
なにかこみ上げてくる感情が僕にはあった。
自然と涙腺が緩みそうになったその時、急に孝弘の表情が変わった。
「そしてその光が伯父さんにはないんだね?」
「え?そうなのか?」
「…うん…見えない…」
僕は伯父さんの現実を再認識するように気が落ちていった。
潤はそんな僕を慰めるように優しい目をして同情してくれた。
周囲の騒がしさは何も変わらない。だけどその時、僕たちの周囲だけが妙に静かだった。
そしてほんの5秒程経った頃だろうか。その静寂は孝弘の一言によりかき消されるのだった。
「さて話を整理しようか」
「は?」
「え?」
僕と潤は孝弘がこの話をまだ続けるとは思っておらず、同時に一瞬固まった。
「ぼくが不確定要素として上げていた点に関して話を詰めていこうと思う」
「詰め…る?」
「そう。魂がどこから来て、どう生まれ、いつ消えるのか、という点だ」
「あ~確かにさっきそんなこと言ってたな~」
潤は肩肘をテーブルに付き、手を頬に当てながら孝弘の言った内容を思い返した。
「…でも詰める必要なんてあるの?」
「え? だって楽しいじゃん」
孝弘はキョトンとした顔持ちでそう言い返した。
そういえば孝弘はこういった考察が大好きだったな…と今更ながら思い出した。
「でも「どこから来て」は正直全然わからないからパスだ。とりあえず彰が見ているからそれは”ある”ということで十分だ。そして定着する場所は脳ということだね?」
「うん」
「では次に「生まれる」タイミングだ。魂に「生まれる」という言葉が適切かはわからないが、それを彰が認識できるようになる瞬間はいつか、だが…」
「それは妊婦さんの胎動の時期だと思う」
「ぼくもそう思う。実際に光が現れた瞬間を見たことは?」
「ごめん…今までその瞬間を見たことはないんだ…でも!」
「大丈夫。疑うことはない。むしろ見てない方が自然だ」
「え?」
「年中妊婦さんのお腹を見ている方が難しい。それこそそんな瞬間を事前に知るのは当の本人だって難しいだろう。当人がそれを知るのはお腹の赤ちゃんが動いてから…つまりは事後認識だ。なんせ夜中だろうがおかまいなしに現れるんだろうしな」
「なるほど…たしかに」
「そういう意味では見てない方が信憑性がある。次に「消える」タイミングだが…正直これもぼくには予想がつかない…」
「なんで?単純に死んだときじゃねーの?」
「それはある意味正しいが、実際はそう簡単な話じゃない。「死」という定義が難しいのは知っているだろう?」
「あー”脳死”とかって言葉もあるよね?確か」
「そう。今回のパソコンへの置き換えで考えてみるといい。人とパソコンをセットで考えた時、その死とはなんだ?」
「人が使わなくなった時?」
「パソコンが壊れた時?」
「本当にそうか?」
孝弘が鋭い目で聞き返す。
「故障、もしくは動かないパソコンだったとしても人は操作することはできる。結果、まともに動かないかも知れないけどね」
「あ…そうか」
「また、人がいないだけならパソコンは正常かもしれない」
「う~ん…」
「どちらも死と呼ぶには早すぎる」
「なんか…わかるような気もするが…こんがらがってきたな」
潤が頭を悩ませていると、孝弘は突然大きく笑い出した。
「すまない。楽しくてつい色々と考えたくなってしまって。複雑な方向にもっていってすまなかった。もっとシンプルにいこう」
「なんだよ~人がわりぃなぁ」
「本当にすまない。さて話を戻して…パソコンの命の灯と言えばなんだ?」
「CPU?」
「それは脳かな」
「ハードディスク?」
「それも脳になるかな、記憶領域だし」
「あ!電源じゃね!?」
「そのとおり。さすがは潤。シンプルでいいね」
「いえーい!」
「そうか電源か。たしかにそれが落ちれば人がどうあがいてもパソコンは動かないな」
「そう。そして電源を入れるも切るも”人”ができるわけだから、それを魂と置き換えれば、おのずと死というものとリンクする」
「身体の電源操作をするのが魂ということか!?」
「まだ厳密に整理はできていないが、今はそう考えておくと色々都合は良さそうだね」
「しっかし身体の”電源”というのも妙な表現だな~」
「そこは概念的なものとして留めておけばいい。何にしても身近なものとのリンクというのが発想の大きな手助けになるのは間違いない。潤、君の発想がなければここには至らなかったよ。実に素晴らしい」
「えっへっへー。いやーそれほどでも」
「さすが孝弘。僕じゃこういう考えはできないや。そうか…身体をパソコンとして、か」
そう自分で言いかけた時、ふと新たな疑問が浮かび上がった。
「気付いたか?彰」
「えー?なになに?」
今までの解説で満足していた潤は、既に別の話題になっている僕たち二人を見て、混ぜてと言わんばかりに割り込んできた。
「…伯父さんの身体、その電源が入っている状態なのか?」
「ぼくはそう思う」
孝弘は即答した。
「つまりは”人”が座る席が空いている、魂だけがない状態…とでもいうのかな」
「魂が座る…席…」
「”座る席”というのは表現として上手くないな…身体を魂の入れ物として例えるなら、”光の器”とでもいうのかな」
「光の器?」
「そう。伯父さんは”器”であり、そこに光がない状態…とシンプルに置き換えることができる」
僕はハッとした。
「なら…光がその器に入れば!」
何かを思いついたように興奮する彰を横で見ていた孝弘は、少し驚いた表情をしてから優しく笑った。
「確証はないが、彰の考えていることも起きうるかもね」
その返答を聞くが早いか、僕は一つの希望を抱いて席を立ち、学食を後に走り出していた。
「孝弘!潤! ありがとな~!」
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