第70話 目覚め

「サクラ! サクラ! しっかりして!」

「せれす……?」


 気がついたら猫形態のセレスが目の前にいた。


「そうだよ! セレスだよ! 起きたらしゃんとして! 戦いに戻るよ!」

「だめだよ……。私、父さまとは……。いたっ!」


 セレスに頭突きをされた。痛いじゃないか……。ん?


「復活したね? 闇魔法なんかに引っかかって。いくら相手が**だったとしても……。サクラには私がいないとダメなんだから」


 セレスが私の頭をポンポンする。肉球が気持ちいい……。じゃなくて闇魔法……。


「闇魔法……? はっ! アービシアの魔法!」

「そうだよ? あっさり嘘に引っかかって。まいっちゃダメだよ? うぅ恥ずかしい」


 わざと顔を隠して恥ずかしさを表現するセレス。


「うっ。確かに体育祭で思いっきり闇魔法使ってたね。適正が無とか完全に嘘じゃん。ってあれ? セレスの一人称って私だったっけ?」

「そこは気にしないで! 私ももう大人だからね! 僕はやめるんだ!」


 大人…? いや、神霊様だし年齢で言えば大人だと思うけど……セレスはスキルのせいで成長しないよね?


「ほれほれ、そんなことよりアービシアをやっつけちゃおう!」

「なんか元気になったね」


 そういうとセレスは一瞬だけ嬉しそうな、泣きそうな、そんな複雑な顔をした後、すぐにニコニコした顔に戻った。


「えへへ、サクラがまいってたからね! 私が代わりに元気になろうって思ったの! 寂しい思いはさせないよ?」


 寂しい思い…? そうか、私は両親のことは割り切っていたつもりだった。日本にいたときは両親が傍にいないことは普通のことだったし……。

 でも、サクラとなって母に愛され、家族の愛がどれだけ暖かいものかを知った。そして……本来であれば父からも同じようなものが与えられるはずだったとも心のどこかで思って父親の愛情に飢えていたのかも……。

 なんだか心のつっかえが取れた気がする。母にセレスに、カトレアちゃんに。家族やそれに近しいほど愛してくれている人は周りにいるんだ。そう考えるとなんだか力が湧いてくる。


「よしっ! 気合が入ったよ! ……って今戦闘中じゃん!」

「さっき戦闘中って私言ったよね?」


 ああ、セレスがジト目で見てくる。それどころじゃなかったんだから許してほしい。


「さて、父さま。いや、アービシア! 覚悟しろ!!」

「ぷふっ」


 ババーンと決めてアービシアのほうを見る。いやなんでセレスは笑ったよ。……よく見るとアービシアが植物にぐるぐる巻きにされている。手に持った剣状の植物も干からび、今思えば私を拘束していた蔓もほどけている。


「もう捕獲は終わってるよ。残りはヴァニティアだけ」


 向こうをみるとレオンがヴァニティアを抑え、ライアスが止めを刺すところだった。


 え? ……展開早くない?


 ―――


 遺跡内部にいた他の魔族はすでにセレスが殲滅したらしい。私が闇魔法にとらわれていた間にいろいろと進み過ぎだ。


「いやー、本気でサクラが死んだと思ったわ」

「笑い話じゃなくない?」

「生きてたんだからいいんじゃない? 笑い話にしちゃおうよ!」

「はっ? お前誰だ? ほんとにセレスなのか?」


 今まで良く寝てたセレスがずっと起きてニコニコしているし、テンションも高い。今までと雰囲気が違い過ぎてレオンが偽物みたいに感じるのも分かる。だけど私にはセレスの居場所が分かるようにセレスが本物だと分かる。


「本物だよ。本人曰く成長したんだと」

「はぁ? お前は成長できないだろうが」


 怠惰の大罪ベルフェゴールのせいで身長も器も成長しないセレスは今も見た目は変わっていない。


「ふっふーん。いつまでも成長できないセレス様だと思ってもらったら困るね!」

「なんかサクラに似てきてないか?」

「なんだ、飼い主に似ただけか。なら納得だな。……セレスとサクラだし」


 なにか馬鹿にされた? 褒め言葉? ならいいか。それよりも何が起きたのか説明してほしい。


「私は遺跡ではぐれてから、散歩しつつ魔族を殲滅してたんだけど、途中で嫌な予感がしたから急いでサクラのもとに向かったんだよ。そしたらちょうどサクラが串刺しになりかけてたから“えいっ”てやってアービシアを捕まえたの!」


 なるほど。植物で壁を作って私を守りつつ、アービシアの操ってた植物の主導権を奪って干からびさせたのか。


「今の説明で伝わったのかよ……」


 私が頷いているとライアスが驚愕している。……何か変なところがあっただろうか。とても分かりやすい説明だったと思うんだけど……。


「サクラも変な方向に進化してないか?」

「あの二人が変なのは今に始まったことじゃない。気にしたら負けだ」


 私が首を傾げている間にライアスとレオンが二人でなにかコソコソと言っている。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないぞ。こほん。その後、セレスが変な場所を攻撃したと思ったら偽レオンが消滅したんだ」

「偽レオン? すでに倒してなかったっけ?」

「サクラを助けた後に私が鏡を割ったの!」


 褒めて褒めてと顔に出てるセレスに苦笑しつつ頭を撫でる。

 そうか、エピゴーネンの鏡は生きていたのか。偽セレスが消滅したのはアービシアがなんらかの手段……おそらく遺跡の別の用途として偽セレスの力を取り込んだのだろう。セレスが普段使っている植物を創るスキル豊穣の神デメテルを使っていたのがその証拠だ。本体が生きていたから魔力が貯まって偽レオンが復活し、セレスが本体の鏡を壊したことでレオンが消滅したってことかな? 偽セレスが復活しなかったのはアービシアが力を奪っていたからだと考えると納得がいく。


「後は見たまんまだよ! レオンが抑えてライアスが止めを刺してたね!」

「そっか。みんなありがとう。頼りになる仲間がいて幸せだよ」


 なにか気恥ずかしいことを言った気がするけど気にしない。気にしないのだ!

 それとは別に一つだけ、気になってることがある。


「父さま……アービシアが私を恨んでいたのは結局なんでだったんだろう」

「逆恨みだろう。自分でごみだと判断して捨てたくせに、捨てたごみが宝石だって知って逃げられたって思いが強くなった。なんで勝手に離れていったんだーって思ってる間に制裁を食らって嫌なことが起き、嫌な対象を責任転嫁した先にサクラがいたってだけだ」

「サクラが気にすることじゃないよ。案外なんとも思ってなかったかもしれないし。好きに想像しちゃおうよ!」

「セレス……そうだね。ありがとう」


 改めて思う。父がいなくとも私には私のことを大切にしてくれる仲間がいっぱいいるのだ。

 きっともう闇魔法で心をやられることもないだろう。そう思えた私だった。

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