「作戦会議」
「先輩のアカウント……? これが?」
確かに葵はそういったけど、今のIDではないし、先輩らしくないIDだ。でも先輩の表情や赤く、そして黒い混濁した戸惑いの感情に嘘はなく、それが彼女の本来のアカウントであると物語っていた。
もしもランキングが引継ぎ型なら、当時から変動はないはず。そうならばそこまで驚くことじゃあないと思うけど、同じ欄に載っている最終計測日を見て、漸く皆の表情が変わったのを理解した。
ダメージランキング:一位:IVI:二十七万:最終計測日、七月三日
七月三日は、昨日。昨日の何時かまではわからないけど、その日は確かに先輩の前のアカウントがフィクロの世界、エルグドラシルにいたことになる。
わからなかったのは、葵はフレンドになっていないのと、その日まではIVIはログインしていないから、茜のデータ『シーカー』のフレンドに反映されていなかったから。
「これは推測やけど、ウチらが盗られたデータはどこかで売られている。つまり違法なリアルマネートレードが行われていると考えられるな。それがどこでなのか、主犯格が誰なのかはわからへんけど、もしそうなら個人情報漏洩しとる……ちなみにやけど、運営に頼むのは多分無理やな。場所がどこであれログインしているのは間違いないし、もしもハッカーとかならスキャンデータを書き換えるのも容易いやろ」
酷く冷静にしかし笑みは壊さずに告げる。どう考えても冷静さをかくことなのに、淡々と言うのには訳があるみたいで。
「そしてウチらが目指すのは、こいつとの接触。とっ捕まえてどこで手に入れたか聞き出すっちゅうことや。まあそんな上手くはいかんやろうけど、周りから情報も集めれるから一石二鳥やで」
「で、でも、そんなこと、してたら、また、襲われる、かも、しれない、よ?」
「せやな。でも逆に考えてみ」
茜はおもむろに足元を漁るとスマホ用のペンを取り出した。座るとき全く分からなかったけど、下にカバンを置いていたようだ。
加えてペンはいつも持ち歩いてるから、見なくてもすぐに取り出せるのらしい。
葵のタブレットを借りてメモアプリに切り替えては棒人間をかき始めた。
描かれたのは三人。一人と二人の集まりで、その間には距離がある。口で説明するよりもこういう風になにか図に表しながらの方がイメージを掴みやすいとわかっているんだろう。
「ウチとトウカは一人の時にやられた。つまり一人にならなければ良い。万が一狙われたとしても反撃の余地はあるっちゅうことや」
追加でかっこかわいらしい狼を描き、それぞれのグループへ矢印を伸ばす。二人いる方の矢印の道中にバツ印。それが意味するのは、襲われない可能性があるということ。僕の目にはそう映ってるし話的にも絶対そう。
対して一人の方には棒人間の方にバツ。
簡易な図だけど、それを描き終えると続けて茜は言う。
「それにゲーム内でデータを盗ってるとしても、リアルでなんらかの方法で抜き出しているとしても、同時には無理やろ。根拠はないけど試してみる価値はあるんちゃう?」
「失敗したら?」
「ゲームオーバーや。だからこそ、この四人でやる必要がある。ウチと葵はリアルで見張り。水上とトウカはエルグドラシルで
「い、いっぺんに言われても……」
「なんや男なのにマイナスな方向ばかり言って情けないやっちゃな。要はトウカと一緒に行動せっちゅうことや」
短くため息をつかれたものの、ちゃんと簡単に説明してくれたことに感謝しかない。
まだデータを失ったことに対する悲しさも怒りも収まってないのが色でわかるけど、八つ当たりはせず、でも紛らわそうと必死に喋っていた茜。机の下に置いてあるリュックから白い棒がついた飴を一つ取り出して咥えると。
「この作戦は失敗できん。ウチのためにも、トウカのためにも。そしてフィクロプレイヤーのためにも、必ず悪を罰するで。開始は明日正午からや」
「……え、今日じゃないの?」
「今日はウチと葵が用あって地元戻るんよ。明日の正午までには戻るから、それまで英気を養ってな。ゲーマーたるもの、リアルのことも大切にやからな」
そう言って志羽姉妹は立ち上がる。葵は僕の隣だから僕も一度立って道を開け、二人を見送った。
直後先輩と二人きりになったけど、特にこれと言って話が盛り上がることはなくて、僕達もファミレスを後にした。会計は本当に葵さんが持ってくれたみたいで、いっぱい貸しができたねと苦笑いで先輩は言った。
そして翌日。僕らは、最凶を思い知らされることとなった。
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