「怒りの赤。関心の橙」

「いやー本当に勝てるとは思わなかったよ~」


「先輩の指揮が上手だからね。的確に攻撃与えれるし、補助もできるし」


 巨大な六足の鹿を倒した後、僕たちはログアウト。ネカフェ基オンラインベースからも抜け足を運んだのは近くのレストラン。テーブル席にてレイドボスをたった二人で倒した記念のお疲れ様会を行っていた。


「それでもガラデスク・レデュアの討伐できたのは君のおかげだよ? もっと喜べ喜べ!」


 喜べと言われても、喜ばずに苦笑い。原因は目の前に並んだスイーツだ。恐らくお疲れ様会など建前で、本心はそれらを食べに来たのが正しいんだろう。


 本当のところは彼女にしかわからないのだけれど。


 僕も食べていいとのことで、少しだけ口に運ぶ。口の中に広がる甘味を味わいつつ、頭の中で気になったことを言葉として直球で投げた。


「そういえば、結局のところなんでレイドに?」


「どうしても欲しいアイテムがあったからかな?」


「どうしても?」


「うん。あ、でも教えないよ?」


 にひひっといやらしく笑って誤魔化された。教えたくないという気持ちは、東条先輩が浮かべている噓偽りのない信頼の緑色でもはっきりと伝わる。


 僕と先輩はまだ出会って間もないから、詮索したところで教えてくれるはずがない。なんならウザがられるのが眼に見えている。気になるところだけど、ここは気に留めないで食事を楽しむことにした。


「なんや自分ら、あのゲームやっとるんか?」


 突然僕の上から訛った口調の声が聞こえる。見上げると、口から煙草に似た白い棒を出し、椅子の上に腕を組み乗せた毛先が赤い茶髪を持つ女性が先輩を見ていた。


 よっこいせと小さく聞こえると同時にその人はいなくなる。と思えば、通路の方からやってきて。


「邪魔するで、少年」


 なんと僕の隣に堂々と座り始めた。


 横に座ってきたことで、顔だけだったその人の容姿を改めて見入ってしまう。


 というのもカジュアル系のオシャレな服で、大人っぽい印象が強い。加えてスタイルの良さと褐色肌。


 一見すると俗に言う黒ギャルに近いだろうが、それとはまだ別の次元のなにかを感じるし、この人の近くを通る人は絶対に一度は見ると思うくらい、目を引かれる。


 ちなみに今その人が浮かべている色は、橙。僕たちに興味や関心を持っている色だ。


「ほんで、自分らな二人だけでレデュア倒したんか?」


「そうだけど? 要件はそれだけ? 見ず知らずの人に話すことはないし、邪魔しないでくれないかな」


「なんや、喧嘩売っとんのか自分。そないやりたいんなら、買ったるで? フィクロでな」


――突然現れて何喧嘩始めようとしてるのこの人。というか買わないでよ!? 先輩もなんで赤浮かべて……え、怒ってるの!? だから喧嘩腰なの!?


 なんて言葉は僕の口から出てくるはずもなく、思うだけで終わってしまう。


「へえ? この私を勝負に誘うとは、相当自信があるんだね?」


「はっ、うちは売られた喧嘩を買っただけや、勘違いすんな。ってちゃうやろ。うちは喧嘩買いに来たんちゃうし、人の話聞けや。脳みそお花畑か」


 感情が色で見える僕だからこそ、ごもっともなことを言っているのがよくわかる。ここは先輩には申し訳ないけれど、この人の味方としてこの場を丸く収めないといけない空気を感じた。感じたというかこのままだと最悪、ここが戦場になりそうだし。


 茶髪の女性の言葉に合わせるように僕は言った。


「そ、そうだよ東条先輩。話くらいは聞いてあげなよ……」


「お? お前よりか少年の方が話わかるやん」


 気まずい雰囲気の中で言葉を発したからか、先輩は凄く嫌悪感の紫色を浮かべながら僕を睨んで、茶髪の人は相変わらずの橙のまま僕の方へ振り向いていた。


「……はぁ、わかった。正直乗り気じゃないけど、話くらいは聞いてあげる」


「やけに上からやな。まあええわ。自分ら二人に頼みたいことがあるんや。あの鹿を二人で倒したんなら、かなりの手練れやと思ったし」


「絶対断る」


「せやから話をちゃんと聞けや。まあ薄々そう言うと思ってはいたけど。そこでや、さっきの勝負の件。うちが勝ったらうちの手伝いをしてくれ。逆に自分らが勝ったんなら、うちが持ってる希少な情報を渡す。これでどうや?」


 提案を述べ口角を上げた口から白い棒を引き出すと、先端に丸い飴がくっついていた。溶け具合からつい先ほどだと思うが、それが煙草じゃあないことに安堵して少し言葉を失った。


 対して先輩は至って冷静に言葉を返した。


「じゃあそれで。一時間後にフィクロで。てかどのみち私が勝つから後悔しないでね?」


「その台詞そっくりそのまま返すで」


 結局勝負する方向へと進んでしまい、睨みあう二人。間で火花が散っているような幻覚を覚えるほど、二人の譲らない思いが伝わってきた。

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