第130話  ピアン遺跡の罠~sideクラリス~

 ダンジョンに挑むメンバーは、私とエディアルド様。あとコーネット先輩、ウィストとソニア、それからセリオットの六人だ。

 デイジーとアドニス先輩、ヴィネとジョルジュ、それからジン君は外で待機することに。ジン君はまだ小さいからダンジョンに連れて行くことが出来ない。当然子供一人を置いていくわけにはいかないから、ヴィネとジョルジュの両親も残る。


デイジーはクロノム公爵が旅行の条件として、ダンジョンには入らないように言われていたので、やむなく待機組に。アドニス先輩も妹を守るよう父親に煩く言われているので待機することになった。

 二人の周りにはクロノム家の護衛もあちらこちら待機している。警護している気配すら感じさせない、まるで忍者のように見守ってくれている。



「ピギャーッッ!ピギャァァ!!」

「レッド、お前も留守番していろ。お前の身体じゃダンジョンは狭すぎる」



 エディアルド様が飼っているレッドドラゴンのレッドは、コーネット先輩のフライイングドラゴンと共にマリベール港の上空をくるくる飛び回りながら、エディアルド様に不満そうな声を上げていた。

 レッドが空を飛ぶ姿は綺麗な影となって地面に映し出されていた。そこには一緒に飛んでいるフライングドラゴンよりも大きな影が映し出されている。

 

 古代遺跡はユスティ帝国領の離島にあり、港から定期的に船が出ている。

 数多くの冒険者たちがダンジョンには挑戦しているみたいだけど、皆、クリアせずに帰って来ることが殆ど。

 半分、観光地のようになっていて、遺跡を見学するだけの旅行者たちも船に乗る。

 冒険者らしき厳つい人間たちが乗っているかと思えば、めかし込んだ観光客たちが楽しそうに海鳥に餌をあげている光景もみられる。

 およそ二十分ほどで古代遺跡があるピアン島にたどり着く。

 港はいくつもの出店が並んでいて、完全に観光地と化していた。

 中にはダンジョンで拾ったというお宝を売っている店もある。

 一応覗いてみたけど、どう見ても民芸品の人形とアクセサリーにしか見えない。


 出店は夕方になったら引き上げてマリベールへ戻るらしい。

 まぁ、これだけお店があったら待機組も、待っている間退屈しなくて済みそうね。



 港から十五分ほど道なりに歩いていると、背に翼が生えた女性の巨像が二体、仁王像のように私たちを待ち構えていた。

 迷宮の門番と呼ばれる女性像は、女神ジュリの使いである天使たちだ。この世界の天使は女性が多い。男性の天使はいないわけじゃないけど、不思議とあまり描かれていない。

 観光客たちは門から先は進むことができない。


「いってらっしゃいませー」

 デイジーは両手を振って私たちを見送る。

「あんたたち、気を付けるんだよ」

 腕組みをしながらヴィネも言った。

「お前ら死ぬなよ」

 ジョルジュはジン君を肩車している。

「皆、がんばってねー!」

 ジン君はジョルジュの肩の上で、武器屋で買って貰った星のステッキを振っていた。

 星からはキラキラした小さな光が散りばめられる。

「皆さん、ご武運を」

 手を振るアドニス先輩の背後には、蛇たちがにゅっと顔を出していた。

 仲間たちの声援を背に、私たちはダンジョンへ向かうことになった。


 

 天使の石像が守護する門をくぐると、狛犬によく似た石像が大きな口を開けて私たちを待ち構える。

 私たちはあの狛犬みたいな石像の口の中に入るってことね。なんだか犬に食べられているみたい。

 中は見通しが悪く、数メートル先は真っ暗だ。


「フロット=シャイニス」


 コーネット先輩が呪文を唱えると、ビー玉サイズの魔石が光り、周辺を明るく照らす。

 セリオットは目をまん丸にして周囲を見回す。


「すっげー!! こんな小さい石でめちゃくちゃ明るくなった」

「私の発明品です。お近づきの印に差し上げますよ」

「本当に!? ありがとな!!」


 コーネット先輩は気前よくセリオットに照光魔石を数個手渡した。

 セリオットは目を輝かせ、照光魔石を一つ手に取り天井にかざした。

 ふふふ、子供みたいに喜んでいるわね。


 明るくなった周辺は石造りの壁で覆われていた。

 今の所は、あやしいトラップとかはないかな?

 魔物らしき気配もなさそう。

 

 ……ん?


 道が二つに分かれている。

 右の道は先が見えない洞穴が続き、左の道は地下へ向かうであろう階段が続いていた。

 確か小説では階段を降りたような……

 私が脳味噌をフル回転して小説に書かれていたダンジョンの描写を思い出していた時。

 洞穴から冒険者たちが血相を変えて飛び出してきた。


「こ、こんな所いたらやべぇ!!」

「何だよ、罠ありすぎだろ!?」

「俺、虫嫌いなんだよ。虫系の魔物多過ぎ!!」


 冒険者たちは一目散に、出入り口に向かって走っていった。

 あの人達の様子を見て、その場にいた全員の意見は一致する。


「正面の階段を降りよう」


 正面の道が安全という保証はないけど、少なくとも右の道よりはマシなんじゃないかな。小説でも、序盤の階段の道はそこまで危険なトラップはなかったように思える。

 ただ、ガイヴか誰かが、うっかり隠しボタンを押して、落とし穴に落ちるシーンがあったから、隠しボタンさえ気を付ければ……。



 ゴゴッ!


 ……ん?

 ゴゴって何? 石がこすれるような音がしたような? ?


 前にいたセリオットが、歩いている足を止めて、ゆっくりこちらを振り返った。

 その顔面は蒼白だ。

 うわ、何か嫌な予感がするな。


「ごめん……床にあるボタン、踏んだわ」 

「「「!!!???」」」


 次の瞬間、床が崩れ私たちは下へ落下した。

 うわ、落ちた!

 しかも深い!? このまま落ちたら大怪我……打ち所が悪かったら死ぬかもしれない。

 一瞬の間、走馬灯が見えかけた。

 前世のワンシーンや、生まれ変わったことを自覚した時のこと、エディアルド様と出会ったこととか。


 いきなり落とし穴だなんて……それはないんじゃないの!?


「キャプト=ネット!!」



 コーネット先輩が呪文を唱えると、巨大な蜘蛛の網が広がった。

 私たちは地面に叩きつけられる前に蜘蛛の糸に捕まった。

 幸い、蜘蛛の糸が張られた場所から地面はそう離れていない。

 コーネット先輩が魔術解除の呪文を唱えると、蜘蛛の網はぱっと消えて、私たちは低い高さから地面に落ちた。

 エディアルド様とウィストは同時に尻餅をつく。

 ただ、ウィストの上には、ソニアが落ちてきて、彼を押し倒すような形になった。


「ご、ごめん! 大丈夫!? ウィスト」

「へへへ……ソニアちゃんが無事で良かった」


 ……まぁ、ウィストはソニアを抱き留めることができて嬉しそうだけど。

 私は何故か正座をした形で着地したみたいだ。

 コーネット先輩は片膝を着いたものの、両足で着地したようで、何事も無かったかのように立ち上がっていた。

 セリオットは……あーあ、顔面から落ちて痛そうだわ。涙目で鼻血がでている鼻をさすっている。

 しかし本人はケロッとしているようで。


「助かったー!!」


 と両手を挙げ、声を出していた。元気で何より。

 でも鼻血が出ているわね。ちょっと治してあげないと。


「ミリ・ヒール」

「!?」


 私はセリオットの鼻先に触れ、治癒魔術の呪文を唱えた。

 向こうは驚いたように目をぱちくりさせて、こっちを見ている。治癒魔術がめずらしかったのかしら? ? そんなこと無いわよね、冒険者なら治癒魔術ぐらい受けているはずだ。


「へへへ……こんな美人に癒して貰えると嬉しいなぁ」

「あらセリオットは女性を喜ばせるのが上手ですね」

「ええっ!? お世辞で言ったわけじゃねぇんだけどな」


 セリオットは自分で言って恥ずかしくなったのか、明後日の方向を向いた……それは、それで反応に困るな。


「セリオット。クラリスは俺の婚約者だからな。手を出したら置き去りにするぞ」

「わ、分かってるって!! 俺も人の物に手を出す主義じゃねぇから。ちなみに、そこの彼女は今、恋人いるの?」


 そこの彼女と言われたソニアはビクッと肩を振るわせる。

 顔を紅くして「いませんけど……」と小声で答える背後で、ウィストがもの凄く殺気立った目でセリオットを睨んでいるけどね。


「あ……うん……やっぱりいいわ。あの眼鏡の娘は今、恋人はいるの?」

「いないけど、もれなく鋼鉄の舅と冷徹の小舅がついてくるぞ。あとその前にそこにいるコーネットを倒さないといけない」


 エディアルド様が指差す先にいるコーネット先輩は、ウィストのように睨んではいないけど、背後にどんより雲のオーラが漂っている。


「……やっぱりいいです……あのヴィネって人も結婚していたみたいだし、何だよ、お前ら集団ハネムーンに来てんじゃねぇよ」


 セリオットの言葉に、その場にいたメンバーは顔が真っ赤になる。特にまだ完全なカップルじゃないソニアとウィスト、それからコーネット先輩の照れ具合が初々しい。

 エディアルド様が呆れた声で言った。


「ハネムーンだったら、こんな所に来るわけないだろ」

「はいはい、幸せ者はいいですよね。あぁぁぁ、俺も彼女欲しい!! 美人で優しくて胸が大きくて」

「理想が高すぎじゃないのか」

「お前、その理想通りの娘を捕まえてるじゃねぇかぁ!! もう黙れよ、ムカつく」

「お前が黙れよ、さっきから煩いな」


 なんだか男子高生同士の会話みたいね。

 でも前世だったらそういう年頃なんだよね。

 ちょっとだけ高校の制服姿でじゃれ合っている二人を想像してしまった。


「フロット=シャイニス」


 コーネット先輩はもう一つ、照光魔石を取り出し呪文を唱えた。

 周辺が明るくなったので、周りを見回すと……うわ……人骨がいっぱい。

 普通はこの高さから落ちたら死ぬものね。

 新しい死体がないところからして、他の冒険者たちはこのトラップにはひっかからなかったのかな?


 私たちは先に続く道がないか、周りを見回してみる。

 あー、三百六十度、行き止まりだわ。

 コーネット先輩がエディアルド様に言った。

 

「殿下、ちょっと仲間を呼んでいいですか?」

「仲間? デイジーやアドニスのことか? 外へどうやって連絡を取るつもりだ」


 ダンジョンははまだ序盤も序盤。

 この時点で外にいるデイジーたちにSOSを送るのは、ちょっと格好悪い。でも、このまま出られないとなると、そうも言っていられないのだろうけど。

 小説では確か、ミミリアが聖なる魔術を発動させ、光にくるまれた四人は落ちずにそのまま浮上するのよね。ピンチになると聖なる力が発動するというフラグでもあった。


「アドニスたちのことじゃありません。私が育てた子供たちです」

「子供?」


 コーネット先輩の言葉に、エディアルド様は目をまん丸にした。

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