第129話 女性騎士 ボニータ=クライン~sideクラリス~

 私の名前はクラリス=シャーレット。

 現在、ハーディン王国の隣国、ユスティ帝国に滞在中。


 小説“運命の愛~平民の少女が王妃になるまで~”によると、主人公アーノルドが聖女ミミリアと四守護士と共に、古代遺跡であるピアン遺跡のダンジョンに挑み、勇者の剣を手に入れるエピソードが描かれている。このピアン遺跡があるのがユスティ帝国領内にある離島だった。

 本編では勇者の剣が隠されたダンジョンがある国として登場したのみだ。


 このユスティ帝国の名が本格的に表に出るのは外伝になってから。

 エディアルド様の話によると外伝“運命の愛~聖女ミミリア王妃の戦い~”では、四守護士が鍛冶師アブラハムに強力な武器を作って貰うエピソードから始まる。そこでユスティ帝国の不穏な噂を聞くことになるの。

 第一皇子であるヴェラッドがハーディン王国の聖女を望んでいる、その聖女を手に入れる為にハーディン王国の侵攻の準備をしているという。

 私は外伝を読んでいないから詳しいことは分からないけど、そんな感じで外伝の話はスタートする。

 それから、ハーディン王国とユスティ帝国の戦争が現実的なものになるの。



 エディアルド様は、外伝で四守護士の武器を作った鍛冶師、アブラハムさんに頼んで、学園のダンジョンで手に入れたレアアイテム、虹色魔石をかけあわせた武器を作って貰おうと考えた。

 虹色魔石がある場所は、何故かドラゴンの寝床になっているので、別名ドラゴンネストとも呼ばれている。ドラゴンはSランクの冒険者でも苦戦する最強の飛空生物だ。

 だからなかなか手に入れにくいし、手に入れたとしても大きな塊として発見されることは今までなかった。

 そんな魔石を使って作られた剣がどんなものになるのか? もしかしたら伝説のジュリアークの剣と匹敵するものが出来上がるかもしれない――アブラハムさんはそう言っていた。


 でも剣をつくるのには、時間がかかる。エディアルド様の分だけじゃなく、ソニアやウィストの剣もつくるみたいなの。

 アブラハムさんが剣をつくっている間に、私たちはピアン遺跡のダンジョンを攻略することになった。


 準備も整い、いよいよピアン遺跡へ出発することになったある日、一人の女性がホテルに乗り込んできた。

 ホテルの従業員から報告を受けたエディアルド様は、私とともに部屋で朝食をとって、食後のお茶を飲んでいた所だった。


「隣の客室に女性を部屋に招待するように。あとセリオット=クラインをここに呼んでほしい」


 程なくしてセリオットは、私たちの部屋にやってきた。

 彼は底なしに明るい笑顔で「いよいよ出発か?」と目を輝かせている。


「まぁ、そう急くな。もうすぐここに客が来ることになっている」

「客?」


 セリオットは首を傾げた。

 私たちがホテルに乗り込んできた女性客を待っていると、従業員案内のもと、一人の女性がやってきた。

 銀の髪に、黄土色の目、褐色の肌。背は女性にしてはかなり高い。百八十センチ近くあるのではないだろうか。年の頃は、三十代半ば。綺麗な人だけど鋭い眼光、右頬に三日月型の傷があった。

 カーキ色のマントの下、ノースリーブのシャツに、サリエリパンツのようなゆったりとしたズボン、腰には鞭を装着していた。


「げ……母ちゃん……」


 顔を引きつらせて呟くセリオットに、私はギョッとする。

 ということは、あの人がセリオットの育ての親、ボニータ=クライン? 

 ボニータはセリオットの顔を見るなり、目を三角にして怒鳴り声を上げた。


「セリオット、あなた連絡も無くどこまでほっつき歩いていたかと思ったら、何を優雅にこんな豪華なホテルに泊まっているんだ!?」

「か……母ちゃん! これには事情があって。俺、ちゃんと手紙を出したよ!! わけあって、単身じゃうろつけなくなっちゃってさ」

「手紙? そんなものウチに届いてないよ」

「そんな筈ないよ。なかなか返事が来ないから、三回も出しているのに」

「……!?」


 ボニータは目を見開いてからしばらく、考え込むようにして黙り込んだ。

 セリオットの手紙がボニータに届いていない、ということは、手紙は別の場所に届いてしまったか……さすがに自宅の住所を書き間違えることはないから、その可能性は低いとして、あとは配達人がなくしたか、それとも郵便受けに入った時点で誰かに盗まれたか色々考えられるけど。


「手紙は恐らく何者かが、配達人を買収したか、郵便受けから盗んだか知れないが、とにかく別の人間の手に渡ったようだ。あんたとセリオットが連絡を取り合えないようにする為もあっただろうし、セリオットの行動を把握する為でもあったのだろう」



 エディアルド様はそう言いながら、彼女に近づく。

 ボニータはピクッと眉をあげ、エディアルド様の方を見た。


「気配もなく近づくとは……相当の手練れとお見受けしました」

「そう言って貰えると嬉しいよ。少し、話したいことがある。セリオットの隣にかけてくれないか?」


 エディアルド様の言葉に、ボニータはやや戸惑いながらも素直に従い、ソファーに腰をかける。


「最初に名乗っておくが、俺の名はエディアルド=ハーディン。今は公爵という身分だ」「こ、これは隣国の王族とは知らずに失礼なことを」


 慌てて立ち上がり、胸に手を当てお辞儀をするボニータ。

 エディアルド様は首を横に振り、彼女に座るように促した。


「いや、構わない。状況が状況だしな。こちらもあんたに連絡をしたかったんだが、勤め先の酒場は休店、あんたの行方も分からずじまいだったからな」

「は……はい。息子がなかなか戻ってこないもので、情報屋の情報を頼りにセリオットを探し回っていたのです」

「焦っただろうな。妙な連中がセリオットに付きまとっている。しかもそいつらは、他の冒険者たちがセリオットとパーティーを組まないよう妨害行為を働いていた……そんな情報を聞いていたあんたは、セリオットが狙われていることを知った」

「……何から何までご存知なのですね。その連中が何者かに倒され、セリオットがここにいるという情報を得て、ここに来ました」


 ボニータはボニータで、セリオットの行方を捜し出す際に、情報屋を通じ事の経緯を把握していたのだろう。


「セリオットのことはどこまでご存知ですか?」

「本来なら第四皇子であることまでは知っている。ボニータ、悪いがセリオットをこのまま皇帝の元に送るわけにはいかない。ダンジョンを攻略する為には、彼の力が必要だからな」

「セリオットの……いえ、殿下の命を助けていただいたことには感謝します。ですが、殿下はもはや命を狙われている身。これ以上の危険に晒すわけには」


 母親が急に、自分の事を殿下呼ばわりしたことに戸惑うセリオット。

 今まで事情を知らずに育ってきたんだものね。

 

「俺……本当に皇子だったのか」


 セリオットの呟きに、ボニータは複雑な表情を浮かべる。彼女もこんな形で事実を知らせたくはなかったでしょうね。

 エディアルド様はその時鋭い声で問いかけた。

 

「皇城は安全だと言い切れるのか?」

「……っっ!」

「安全じゃなかったから、帝都の片隅に隠れるように住んでいたんだろ? ボニータ、根本的な原因を排除しなければ、何の解決にもならない」


 エディアルド様の言葉に、ボニータは返す言葉がないのか俯いた。

 セリオットはそんな二人のやりとりに、呆然としている。

 自分が皇子である現実についていけていないみたいね。


「どちらにしても、皇族の試練として、セリオットもピアン遺跡に挑まなければならないのだろう? その為にあんたは冒険者としてセリオットを育てた筈だ」

「皇族の試練のことまで……エディアルド公爵は外国の王族の事情に詳しいのですね」

 

 ……本当は小説から得た情報なんだけどね。外伝によると、ユスティ皇族はピアン遺跡の宝を手に入れる試練があるらしい。宝はどこに隠されている宝でも良いのだけど、より奥地にある宝を手に入れた方が、皇太子の最有力候補に近づくことができるというルールがあるみたいなのよね。

 小説の中のヴェラッドはセリオットの死を確認した際、彼が手に持っていたダイヤを取り上げ、それで試練をクリアした。


「俺たちがセリオットを補助する。俺たちの腕前は、情報屋から聞いているだろ? 少なくともあの冒険者たちをすぐに片付けられるくらいの実力はある」

「え……ええ。恐らくどの冒険者たちよりも頼れることは分かっております。ですが、良いのでしょうか?あなたも隣国の王族の一人。何かあった場合、申し訳が立たなくなる」

「そのことは気にしなくて良い。あんたは、このことを皇帝陛下に伝えて欲しい。万が一の為にピアン遺跡へ救援部隊の派遣を頼む」

「先代の皇帝陛下も、ダンジョンから出られずにいたので、我が父が救出にむかったと聞いております。そのことも想定しなければなりませんね」

「まぁ……それも理由の一つなんだけどな」

「他にも何か?」

「餌を求めて、魚が食らいついてくるかもしれないからな」

「「……?」」


 エディアルド様の答えに、ボニータとセリオットは「?」を頭の上に浮かべていた。

 窓の方へ目をやりながら呟くように言うエディアルド様の表情は、どこか冷ややかだ。何となく分かってしまうのよね。


 こういう悪役王子の顔をした時のエディアルド様は、何か企んでいるなってことが。


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