第115話 お飾りの国王と王太后②~sideクラリス~
この国の王と領主は
王は貴族に土地を与え、貴族は軍事、もしくは政治によって国王を支えることを誓う。
忠誠を誓った貴族が治める領地が危機に陥った時は、王は軍を派遣するなどしてそれを助ける。その代わり貴族は国王に忠誠を誓い、軍事や政治によって王室を支えるの。
けれども、その忠誠は絶対的なものではない。王が無能であれば、他の領主にすぐに取って代わられてしまう。
先王様は生前、宮廷薬師長だったクロノム公爵を宰相に据えた。
二人は学園時代親友同士だったの。
けれども友達だったからという理由だけで、先王様が宮廷薬師長だったクロノム公爵を宰相に選ぶわけがない。
広大な領地、強力な軍事力、莫大な財力もあるクロノム公爵を自分の手元に置くことで、政敵である貴族達を牽制する狙いもあったの。
先王は自身の求心力が低く、王としての能力に不足があったことを自覚していたらしく。
脆かった王政を強固なものに固めたのはクロノム公爵。その代わり、クロノム公爵は自分の息がかかった人物をどんどん重要なポジションに採用していったの。
知らぬ間に王政はクロノム公爵に牛耳られていた。
もちろん王室だってこのままクロノム家ばかりが幅を利かせている状態を黙っていたわけじゃない。王家に忠実なロバート=シュタイナーを将軍に据え、有力貴族の娘で大公家の血を引く私をアーノルド殿下の婚約者候補にあげた……ちなみにシャーレット家が有力貴族だったのは、お祖父様の時代までだけどね。王室の貴族データーはあんまり更新されていないみたい。
テレス妃の根回しによってアーノルド陛下を支持する貴族は確かに多くいた。
一見、一大勢力に見えるが、ほとんどは名ばかりの役職に満足している者たちばかりだ。
多少は有能な人もいるにはいるけれど、そういった人の意見は多くの無能たちによって押しつぶされてしまうものなのよね。
“僕の力をもってすれば、いつでもあの女を処刑台に送ることはできるけど?”
いつでも、ということはアーノルド殿下が国王になった後でも、テレス妃を叩き潰す力を持っているくらいの力はあるのよね。
アーノルドにもクロノム公爵に対抗できる後ろ盾がいたらよかったのだけど、自分のイエスマンばかり集めていたテレス妃だから、名門貴族の看板を掲げた無能ばかり。シャーレット家と同様、その前の時代までは有力貴族だったが、現在は没落しかけている貴族も多い。
家を没落させるような人間など、クロノム公爵は相手にしないだろうし、テレス妃にすがるしかなかったのかもね。
アーノルド殿下が国王になって、絶対的な権威を振るうには、勇者の力を今よりも何倍にも高め、一国を滅ぼすくらいの絶大な力でもって、逆らう人間を徹底的に皆殺しにする、そんな恐怖で国民を支配するような考えであれば、クロノム公爵も簡単には逆らえなかったと思うけどね。
アーノルド国王が魔王になる覚悟でもない限り、無理な話だわ。
性格だけでいえば、テレス妃は女魔王になれそうだけどね……ま、性格だけだけど。
クロノム公爵が今持っている権力を行使し、強引にテレス妃を排除することもできた。
先王が崩御した時、クロノム公爵はエディアルド様にテレスの排除をすすめてきた。
テレス妃を排除するとなると、当然利権で結びついた貴族たちも排除する、もしくは説得するなどしなければならない。排除した貴族の領地は混乱する可能性が高い。しかもそんな領地は一つや二つじゃない。
利権で結びついた貴族たちを説得するのも時間がかかるだろう。
何よりテレス妃の排除には勇者であるアーノルドを納得させなければならないし、勇者としてアーノルド人気が高い国民も納得させなければならない。
国内がそんなにゴタゴタしていたら、魔物の軍勢が来る前に、近隣諸国にも目をつけられる。近隣諸国に牽制をしながら、領地の沈静化を図っている内に魔族に攻められたら、ハーディン王国は瞬く間に滅びてしまう。
エディアルド様は、出来るだけ混乱が起きないような形をとるために、弟を立てて、自分は裏で動く方を選んだ。
ただ、アーノルド殿下が国王になるのはやっぱり悔しかったわね。
テレス妃、こっそり暗殺できないかな……って、物騒だけど一瞬考えたことがあったわよ。クロノム公爵ならそれくらいの暗殺者手元においてそうだもの。 でも、国王が亡くなってから王城のセキュリティーも強化されているみたいなのよね。
側妃の部屋にもどんだけ近衛兵が張り付いているか。アーノルド国王の指示で四守護士も交替で第二側妃を警備しているらしい。
毒味も何人もの侍女が行ってから、食事をしているって噂だ。
人間って悪事を働いている分だけ、用心深くなるみたい。
エディアルド様は、王政がクロノム公爵を中心に動いていることに、とっくに気づいていた。
クロノム家の勢いを抑止する為に将軍に採用されたロバート将軍も、今やエディアルド様の味方だ。
普通なら国王の父親に相談すればいい内容も、クロノム公爵やロバート将軍の意見を聞くことが殆どだったものね。政治や軍事のことも、国王謁見の時に少し触れたくらいで肝心な部分はクロノム公爵と話し合って進めてきた。
◇◆◇
アーノルド殿下が国王になった所で、現時点ではまだ政治のノウハウも分からぬ若者だ。どうしても経験のある政治に長けた、信頼できる臣下が必要になってくる。
アーノルド陛下もクロノム公爵が自分を支えてくれる、と期待していただけに、クロノム公爵の辞意はかなりショックなようだった。
「あなた達、何やっているの!? クロノムとロバートを捕らえなさい!!」
テレス妃がヒステリックな声で取り巻きの貴族達に命じる。
しかし彼女の言うことを聞くであろう有力貴族達は、どうしていいのか分からずにオロオロするだけだ。
元々クロノム公爵の息がかかった有能な上司、もしくは部下に頼ってきた人たちなんだろうな……自分から動くことができないみたいだ。
テレス妃は思いっきり舌打ちをする。
「ったく、使えないわね! いいわよ! 新しい宰相と将軍はこっちで用意する。私の言うこと聞かない人間なんて、こっちから願い下げだわ!」
テレス妃はそう怒鳴って、手に持つ扇子をクロノム公爵の背中に向かって投げつけた。
扇子はクロノム公爵の背中に届く前に落下する。
……今度宰相と将軍になる人は大変ね。宇宙人的思考な国王に振り回され、傲慢なテレス妃にも振り回され、しかも重要なポジションにいた人間が抜けた状態で政局を立て直さなきゃいけないわけだから。
テレス妃は、お飾り王太后の玉座に座っていることにまだ気づいていない。
王命が何の拘束力もなくなっていることに危機感を抱いていないのだ。言うこと聞かない奴は出て行けば良い、と思っているのだろう。
本当はエディアルド様が王になれば、防衛強化もスムーズにいく。その間にアーノルド殿下やミミリア、四守護士たちが勇者の剣を取りに行ったら一番良かったんだけどね。
王命で六人を冒険に出すにしても、聖女様はアレだし、勇者様もアレだしね……四守護士もイヴァンとエルダ以外は、実力不足。多分、勇者の剣が隠されているダンジョン、ピアン遺跡に入ったら、永遠に出てこられないんじゃないだろうか。
だから魔族を倒す勇者の剣を自分が取りに行くしかない、とエディアルド様は判断したのだろう。
弟を立てて、クロノム公爵と共に裏からサポートを出来たらと思っていたみたいだけど、それは無理だったみたいね。
テレス妃は何としてもエディアルド様を殺したいみたいだし、アーノルド殿下はエディアルド様の政策を否定しまくりだものね。
クロノム公爵と、ロバート将軍が去ってしまったら、ハーディン王国にとっては大きな痛手となるわね。すぐに代わりの宰相と将軍を据えるでしょうけど、クロノム公爵が取り仕切っていた時のようにはいかないでしょうね。
こっちも早いところ勇者の剣を手に入れないといけない。魔物が来た時には勇者様には戦っていただかなきゃならないから。魔族と戦う前に、公務で倒れられては困る。聖女様も頑張っていただきたいところだけど……あんま期待はしていない。
小説では半年後に魔物が襲来するみたいだけど、時間が早まる可能性があるわ。現にあの馬鹿第二側妃のおかげで、アーノルド陛下は、早い段階で王になってしまったのだから。
エディアルド様が国の要だった二人と軍関係の貴族たちを引き連れ、謁見の間を退場する。
その光景は他の臣下達に衝撃を与えることになった。
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