第99話 ヒロイン対第二側妃~sideミミリア~
「ミミリア=ボルドール男爵令嬢、第二側妃であらせられるテレス妃殿下がお呼びです。来て頂けますね?」
「……」
いくら私が聖女でも、断ったらヤバい相手だってことぐらい分かっているわ。何しろ彼ママ……未来のお姑様だもの。
侍女に案内されて、私が連れて来られたのは城内北にある紅い薔薇園。紅い薔薇のトンネルをくぐると、池がある庭に出たわ。
池の真ん中には真っ白なガゼボが立っている。
テレスはそこで優雅にお茶を飲んでいた。
彼女の側には美麗な男が給仕をしているのが見える……うわ、ホストと金持ちのオバさんみたいだわ。
私は侍女と共に橋を渡り、テレスの元に近づいた。
「聖女様、テレス妃殿下にご挨拶を」
横にいる侍女が冷たい声で私に言ってくる。
感じ悪っっ……だけど、相手は彼ママ。ちゃんと礼儀正しく挨拶しないと。
私は淑女の礼をとり、挨拶をする。
「お妃様、こんにちは」
「……」
「……」
「……」
な、何?
私、滑った? いや、滑ったって私芸人じゃないし!! でも芸人が滑った時のような、この寒々しい空気は何?
横にいる侍女が大きな溜息をついて小声で言った。
「王国の紅き薔薇と誉れ高いテレス妃殿下にご挨拶を申し上げます、というのが正しい挨拶です」
王国の紅き薔薇ぁ? このオバさんが?
そんな挨拶のルールがあるって小説に書いてあったっけ?
確かミミリアとテレスが絡んでいるシーンって、そんなになかったような気がするのよね。
だいたい紅き薔薇といったら私でしょ? 私の腕首にある紅い薔薇型の痣は聖女である証。紅き薔薇といったらむしろ私じゃない。
しょうがないわね、相手はお姑様だし、それくらいは譲ってあげる。キャッチフレーズなんて先に名乗った者勝ちですものね。
でもさ、何でいちいちキャッチフレーズつけて挨拶しなきゃならないのよ。めんどくさっっ!!
「王国の紅き薔薇と誉れ高いテレス妃殿下にご挨拶を申し上げます」
あー、やだやだ、舌噛んじゃいそう。
テレスはしばらく黙って紅茶を飲んでいたわ。あんたは挨拶しないわけね。
紅茶を飲み終えると、オバさんはこっちを見てにこりと笑った。
「初めて会うわね。ミミリア=ボルドール」
は……初めてじゃないでしょ。舞踏会の時に会ってるじゃないの。
この時点で、私の額には米印が浮かんでいたわ。
テレスは給仕の男性に紅茶のおかわりを淹れてもらうと、それをゆっくりと飲み始めたわ。
あ、あのー、私、ここにいるんですけど?
こっちの存在を無視して、優雅にティータイムしているんじゃないわよ。
テレスはひとしきり紅茶を味わってから、ふうと息をついて私の方を見た。
「今日、あなたに此処に来て貰ったのはね、ちょっと身の程をわきまえて貰いたいと思ったからよ」
「身の程?」
「そ。あなたはね、あくまでアーノルドの
ぺ、ペットぉ!?
私は聖女よ!? 何でそんな風に言われなきゃいけないのよ!!
「聖女であるあなたはいずれ、あの子と結婚する。それは構わないのよ。神殿の後押しもあるし、あなたの肩書きは何かと使えて便利ですもの」
せ……聖女を便利扱い……何なの、このオバさん。
テレスはクスクス笑いながら、冷ややかな目で私を見たわ。
「でもアーノルドの王妃は、クラリス=シャーレットよ」
「え……今、何て?」
「あら、聞こえなかった? 王妃はクラリスのような、身の程をわきまえた賢い女性じゃないと困るのよ。だって、あなた身の程知らずだし、その頭じゃ、王妃の仕事をこなすのも難しいでしょう?」
「……っ!?」
く……クラリスを王妃にって、何、それ?
だってクラリスの婚約者はエディアルドじゃない!?
だけど、アーノルドも舞踏会の時、堂々とクラリスを口説いていたものね。しかも私と真実の愛宣言をした直後によ!?
んっとに有り得ない!!
兄の婚約者を奪うことに刺激を感じているのかしら? 気持ちは分からないでもないけど、タイミングってものがあるでしょ!?
もしかしたらアーノルドはクラリスにそこまで本気じゃないのかも?
結局、このオバさんがクラリスを王妃にしたいと希望しているから、アーノルドもクラリスを口説いたのかもしれないわね。そう考えると、クラリスはどっちかというと、政略的な結婚ってことになるんだろうけど……アーノルド、マザコン疑惑だわ。
親子ぐるみで人の婚約者を奪い取ろうとしているわけね。
テレスはおかしそうに笑って言ったわ。
「ふふふ、聞いているわよ。あなた王妃教育の授業の時、寝ていたんですってね」
「だ、だって、何を言っているのか分かんないんだもん」
「……言葉使いからしてなってないわね。あなた、今のままじゃ社交界に出すのも恥ずかしいわ」
「そ、そんなこと言われても」
「王妃教育が嫌なら、それでもいいわ。その代わり社交界には一切出ないで頂戴」
「……っっ!?」
「せいぜい神殿に行って大人しくお祈りでもしているのよ。今のあなたには。それしかできないわ」
「――――」
「愛玩動物は愛玩動物なりに、お利口にしていなさい」
何なの、このムカつくオバさん!!
今すぐ駆け寄ってぶん殴りたくなったけど、侍女たちがしっかりオバサンをガードしてるから手出しできないわ。
「分かったのなら、早く帰ってちょうだい」
まるで猫でも追い払うかのようにシッシッと掌を払う動作をする。
私は唇を噛んでテレスに背を向けた。
ムカつく、ムカつく、ムカつくっっっ!!!
私はモニカ宮殿に戻ると、扉を叩きつけるように開けて、ベッドに飛び込んだ。
そして枕をベッドに叩きつける。
あああああ!!
イライラするっっ!!
超イライラするっっっ!!
「クラリス=シャーレット!!」
憎しみを込めてその名前を呼ぶ。
初めてその顔を見た時から、気に入らなかった!!
本当は私に一目惚れする筈だったエディアルドと仲よくしちゃって。
テレスはクラリスをアーノルドの王妃にしたがっているし。
アドニスやジョルジュとも仲よさそうに話をしているし!!二人に挟まれて歩くのはヒロインである私だった筈なのに!!
「クラリス……!! なんで、あの女ばっかりが、美味しい思いをしているのよ!! ……本当に邪魔な女。悪役もろくに出来ないんだったら、早く死んじゃえばいいのに!!」
私はひたすら枕をベッドに叩きつけていた。枕の縫い目が破れて羽が宙に舞いはじめたけど、そんなの気にしない。
すこし疲れたから、しばらくの間、ぜーぜーと息をしていると、扉のノック音がきこえてきた。
やば……扉、ちゃんと閉まっていなかったのか、少しだけ開いているじゃない。私の声、聞こえていなかったかな?
部屋に入って来たのはエルダで、とくに何のリアクションもなくこっちに歩み寄ってきたので、私はホッとする。
「聖女様、神官長様からの伝言です。来月の五日に多くの信者の方々が神殿に参拝に来られるそうです。もし聖女様が神殿を訪れれば、信者の方々も喜ぶと思います」
「信者……ああ、信者か……」
小説にも出てたわね。そんな人たち。
無条件に聖女のこと信じちゃっている人たちでしょ? 聖女の為に命をかけて魔物と戦ってくれるんだよねぇ。
「……!」
そうだ、いいこと思いついちゃった。
今の悩みを一気に解決する方法があるじゃない。
私はにっこりと笑みを浮かべ、上機嫌な口調でエルダに言った。
「分かったわ、私。神殿に行くわ。エルダ、引き続き私の警備よろしくね」
「承知しました」
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