第86話 禁じられた混合魔術①~sideエディアルド~

 俺はハーディン王国第一王子のエディアルド=ハーディン。

 ただ今青春真っ只中……と言いたい所だけど、いろいろと忙しい今日この頃。

 秋休みが終わってから、学校へは必要な出席日数分だけ行くことにしていた。

 ディノ=ロンダークの存在が確認された以上、悠長に学園ライフを楽しんでいる場合ではない。

 貴族子弟の間では「エディアルド殿下が弟への劣等感に耐えきれず不登校になった」という噂が立っているらしいが、そんなことは知ったことではない。


「闇の魔術を打ち破るには、普通の魔術だけじゃ駄目みたいだ。攻撃魔術と同時に浄化魔術を唱えなければならない」


 文献に目を通しながら、俺はその場にいるメンバーに言った。

 エミリア宮殿 図書の間。

 王城内にある図書室ほどではないが、あらゆる書物が置かれている。

 そこにある円卓にコーネット、アドニス。それからジョルジュとクラリス、魔術に長けたメンバーが席に着いていた。

 ジョルジュが頬杖をついて息をつく。


「それにしても本当に魔族がいたとはねぇ」

「私もこの目で見るまでは、半信半疑でしたよ」


 コーネットも眼鏡を押し上げながら、深い息をついた。

 俺自身、小説を読んでいたから、予想はしていたものの……心のどこかでは、小説通りにならないといいな、と願っていた。

 しかし願いは届くこと無く、ディノは俺たちの目の前に現れ、ナタリーを連れ去ってしまった。

 コーネットが顎に手を当て、首を傾げる。


「しかし、何故、魔族はナタリー=シャーレットを拉致したのでしょうか?」

「……」


 小説の通りだったら、本来はクラリスがディノに攫われる筈だった。

 しかし実際に攫われたのはナタリーだ。

 確か、小説でもクラリスが黒炎の魔女に選ばれたのには理由があった筈。

 どんな理由だったか……忘れたな。小説をそこまで読み込んでいるわけじゃなかったからな。もっとちゃんと読んでおけばよかった。

 その時、本のページをめくりながらクラリスが口を開いた。


「この本によると、魔族は人間を自分の配下にすることがあるそうです。闇の魔術は負の感情を沢山抱えている人間に対して、大いなる力を発揮することがあるようです」

「ナタリーは学園ではBクラスだった。そこまでの力があったとは思えないのだが」

 訝る俺にアドニスは手に持つ本に目をやったまま、淡々と答える。

「魔力自体は沢山保有していたのかもしれませんね。しかしいくら燃料が多くても、使う術を知らなければ、ただ持っているだけになってしまいますけどね」

 クラリスは何とも言えない表情を浮かべる。

「ナタリーは、そこまで勉強熱心じゃなかったので」

 

 何だか勿体ない話だな。せっかく上級魔術を扱える能力があるのに、それが発揮できないなんて。

 アドニスは読んでいた本をパタンと閉じてから口にした。


「負の感情はとんでもなくありそうですけどね。クラリス嬢だけじゃなく、ミミリア=ボルドールにも嫉妬の目を向けていましたし」


 思い出した。

 小説のクラリスもミミリアに対して、もの凄い嫉妬心を抱いていた。アーノルドとミミリアが真実の愛宣言をしたことで、憎しみを募らせた。

 そんなクラリスの気持ちにディノはつけ込んだのだ。


 だけど現実のクラリスは、ミミリアに対して一ミリも嫉妬していない。アーノルドのことは、かなり嫌っているようだしな……兄としては、ちょっとそこまで嫌わなくても……と思うのだけど、あいつも堂々と二股宣言しているのだから仕方がないよな。


 しかしナタリーはミミリアだけじゃなく、クラリスにも嫉妬していた。特にクラリスには殺意を抱く程、憎しみも募らせていた。

 だからディノに選ばれてしまったのだろう。


 ナタリーが黒炎の魔女になるかはまだ分からない。

 魔物の軍勢を率いる程の能力があるのかどうかも不明だ。ただ、何らかの形でディノの配下になることは確かだろう。

 人間の配下は、魔物よりも厄介だ。

 力を得れば、魔族と同等の生命力と能力を得る。

 あの時、ナタリーの拉致を止められなかったのは大きな痛手だった。


「その魔族と対抗するとなると、ただ魔術を放っただけだと効果が半減するんだろ?」

 ジョルジュの質問に俺は頷く。

「ああ、魔族を取り巻く濃厚な瘴気が魔術の効力を半減させているみたいなんだ。それに対抗出来るのは聖女が放つ聖魔術だが」

「肝心の聖女様は当てにならない」


 アドニスがげんなりとした表情になる。ミミリアに迫られていたことを思い出したのかもしれないな。 彼からすれば当てにしたくもないのだろう。

 アドニスはこちらを見た。

 

「この本によると、聖女不在の時は、攻撃魔術と同時に清浄魔術を唱え、魔族と対抗した、と書いてあります」

「しかしそうなると少なくとも二人の魔術師が必要になる。攻撃魔術と浄化魔術の混合魔術でもあればいいのだけど」


 俺の呟きにコーネットは首を横に振る。


「攻撃魔術と清浄魔術の混合魔術は禁止されています。とても危険な行為である、と」

 

 コーネットの言う通り、どの魔術書にも攻撃魔術と清浄魔術の混合魔術は危険であることが書かれている。

 今現在使われている混合魔術は、回復魔術と清浄魔術を組み合わせたもの。クラリスが得意としている回復解毒魔術だ。

 

「防御魔術と清浄魔術を組み合わせたクリア・シルドが唱えられるのは、私と宮廷魔術師長ぐらいだと思いますよ」


 コーネットの言葉に、ジョルジュは口をへの字に曲げる。


「俺が得意なのは攻撃魔術だからなぁ。でも、未知な敵が相手だったら、俺も出来るようになった方がいいか」

「ジョルジュ先生ならすぐ出来るようになりますよ」


 宮廷魔術師にはあまり尊敬の念を抱いていないコーネットだが、ジョルジュだけは例外のようで一目置いているみたいだ。攻撃魔術に関しては師と仰いでいる程だ。

 俺はそんな二人のやり取りを好ましく思いつつ、話を進める。


「攻撃魔術と清浄魔術を組み合わせることが何故禁止なのか、ちょっとその辺が気になるな」

「禁止魔術の書物なら、あのじーさんが持っているぞ。百五十年前に友達から預かったって、酒に酔った時にぽろっと洩らしていたからな」


 ジョルジュは椅子に寄りかかり、外の景色に目をやる。

 百五十年前……少なくとも人間じゃないみたいだな。俺は首を傾げ、ジョルジュに尋ねる。


「あのじーさんって?」

「魔術史の教師がいただろ? トールマンのじーさん」

「ああ、トールマン先生か。いや、でもあの人、八十八歳って聞いているけど」

「そりゃ人間の年齢に換算した年だ。小人族は人間より長生きだからな」


 ……先生、本当は何才なんだ?

 百五十年前に友達から本を預かっているということは、少なくとも百五十年以上は絶対に生きているってことだよな。

 よろず屋のペコリンも小人族だけど、子供っぽい容姿とは裏腹に、思った以上に年上なのかも知れない。


 ◇◆◇


「ほー!!こりゃ、こりゃ。ムカつく教え子から好ましい教え子まで、儂に何の用じゃ?」


 ムカつく弟子は恐らくジョルジュ、好ましい弟子は多分クラリスだろうな。

 俺? 俺も好ましい弟子の方であって欲しいが、じーさんは基本女の子を贔屓するからな。実際にクラリスを見る目は、孫娘を見るかのように優しい。

 ここは魔術研究室の地下二階。

 宮廷魔術師達が働いている場所だけど、地下二階にある一室はトールマン先生の私室になっている。

 先生は一応、現役の宮廷魔術師でもあり、宮廷魔術師たちの教師でもあるのだ。若い(?)時は、宮廷魔術師長も担っていたらしい。 

 先生の部屋は四方本に囲まれている。

 代表で俺とクラリス、そしてジョルジュが先生の元に訪れていた。


「じーさん、昔、禁書について俺にポロっと洩らしていたことがあっただろ?」

「馬鹿もん。あれは禁書でもなんでもないわい。神殿が勝手に禁書と決めつけただけじゃ」


 神殿が禁書と決めつけた?

 ということは、攻撃魔術と清浄魔術の混合魔術は危険ではない、ということなのか?


「大体、貴様、興味が無いっつって、儂の話を聞かずに女とばっかり話していたじゃないか!」

「あの時は、あまり必要性を感じていなかったんだよ」


 ぽかぽかと小さな拳でジョルジュの腹を叩くトールマン先生……マスコットみたいで可愛いけどな。


「百五十年前に預かったと伺っていますが、先生、本当はいくつなんですか?」

 

 トールマン先生を落ち着かせる為に俺は質問をしてみる。するとねらい通り先生はジョルジュの腹を叩くのをやめて、こっちを振り返った。


「儂、いくつに見える?」



 うわ、めんどくせー質問。

 小人族の場合、何歳と呼ばれたら喜ぶんだ? 

 

 

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