第77話 君と幸せになる為に~sideエディアルド~


「でも、そんな女神の神託を受けていたのなら、何故神官に相談しなかったの?」

「神殿側はアーノルドを支持しています。俺がこんなことを言っても信じないでしょうし、信じたとしても“聞かなかったことにする”と思います」

「確かにね。下手したら、神託を聞いた王子をにするかも」


 

 俺が神託を聞いたというのが公になれば、女神の言葉を第一とする神殿は俺を支持せざるをえなくなる。

 アーノルド側の貴族とズブズブな関係である神殿側としては、俺が神託を受けたことを信じるわけにはいかない。

 それどころか女神の神託を聞いた俺を、何かしらの手を使い亡き者にするかもしれない。

 まともな考えの神官であれば、王族相手にそこまではしない。

 しかし現神官長はテレスの叔父だしな。神殿に在籍している神官たちも欲にまみれ腐っているという噂だ。

 神殿は絶対に信用してはならない。

 それまで穏やかな眼差しの奥、鋭い眼光を称えていたクロノム公爵だが、その眼の鋭さがふっと消えた。

 子供を安心させるような優しい口調で彼は俺に言った。


「よく話してくれたね。一人で抱えていて大変だっただろう?」

「いえ……まぁ、そうですね。前世の記憶がなかったら潰れていたかもしれません」


 なんとなく、今のクロノム公爵は身内として俺のことを気遣う優しさが感じられた。

 俺は何とも言えないこそばゆさを感じながら、頬を掻いた。

 クロノム公爵は席を立つと、周りを見回してから言った。


「このことは、ここだけの話にしよう。アドニス、コーネット、ウィスト君やソニア君も分かっているよね?」

「「「「心得ております」」」」


 四人は示し合わせたかのように声をそろえて言った。

 俺の言うことを全面的に信じてくれているかどうかは分からないが、魔族の存在を宰相に認識させたことは大きな収穫だ。

 クロノム公爵は魔族の動きに注視するようになるだろうから。



「もし魔物の軍勢が攻めてくるのであれば、王城の防御魔術の強度を上げるアイテムを作る必要がありますね」

 コーネットの意見にアドニスも頷き、美貌に笑みを浮かべて言った。

「騎士団の強化も必要ですね。その為の人事配置を練りなおさなければなりませんね」


 

 さっそく魔物の軍勢が攻めた時の備えについて、話をはじめるアドニスとコーネットに、俺は嬉しくなった。

 彼らが未来に向けて真剣に考えてくれている。

 今まで誰にも言えなかった未来への不安、そして重圧が少し軽くなったような気がした。

 クロノム公爵はあえて自分の意見は言わずに、そんな俺たちを優しい眼差しで見守っている。


 アマリリス島にいる間、俺たちは魔物たちの襲来に向けて、何が必要か、何を準備するか何日もかけて話し合うことになった。


 ◇◆◇ 


 母上はクラリスが作った万能薬を飲んだことで、すっかり体力を取り戻した。

 しかも気のせいか、十歳ほど若返っているように見える。万能薬が美容にも効果があると知ったら、高くても貴族の女性の間で飛ぶように売れるな。


 しかし王室には、クロノム公爵の指示で、バートンが手紙で“予定通り、王妃は衰弱している”と報告していた。

 秋休みが終わってからもしばらくの間、母上はアマリリス島に留まるつもりだ。


「王妃様、このお茶はバラの良い香りがしますね」

 

 お茶を一口飲んだクラリスは頬を上気させる。

 そんな彼女の反応に、母上はコロコロと笑う。


「うふふふ、薔薇のお茶なのよ。美容にも良くて私もよく飲んでいるの」

「飲んだらとても落ち着きますわね」

 

 デイジーも薔薇のお茶を飲んで、ほうっと幸せそうに息をつく。

 ソニアもドレスに剣帯という相変わらずの出で立ちで、共にお茶を飲んでいた。

 元気になった母上は、事あるごとにお茶会を開きクラリス達を誘うようになった。

 今までベルミーラの言葉や、噂に惑わされてクラリスのことを誤解していた母上だけど、ここに来てからはクラリスの優しさや聡明さを目の当たりにし、彼女への見方が完全に変わったみたいだった。


「トニス共和国の大統領とはお友達なの。だけどいつも“あなたが心配だ”って言っていたわね。今考えると、私が友人と称していた人たちに良いように利用されているのを見て、気を揉んでいたのね」

「トニス国の大統領とは仲が良いのですね」

 クラリスの問いかけに母上は頷いた。

「ええ。私が唯一トニス語を話せるから、頼れる相手が私しかいなかったというのもあるのだけど」


 トニス共和国はハーディン王国やユスティ帝国があるアノリア大陸とは違う大陸にあるので、言語が違う。

 母上はそういった言語が違う国の言葉を喋ることができる。

 しかもお人好しで親しみやすいので、諸外国の王族や貴族からはとても人気がある。

 俺も海外の人間と外国語で話している母上を見ていると、何処の才女だって思うことがある。

 そう、あのクロノム公爵の従兄妹だけに、母上は学生時代、才媛と誉れ高かった。特に言語学に長けていて、外国語は半年もあればすぐにマスターしてしまうくらいに天才的だった。

 言語学がずば抜けて秀でている分、人との付き合い方、駆け引きには疎くなってしまったのかもしれないけどな。

 それまで薔薇のお茶をゆっくり飲んでいたクロノム公爵は、穏やかな口調で母上に言った。


「前にも言ったよね? 友達の選別はしたほうがいいって」

「ええ」

「エディーの為にも、真剣に考えないと駄目だよ。友人を手放したくない気持ちは理解できるけど、だけどそれに拘ることで、エディーが窮地に追い込まれる可能性があることも考えるんだよ」

「……」


 母上は俺の方を見た。何とも言えない、申し訳なさそうな顔をしている。

 俺の言葉よりも友人の言葉を聞き入れてしまっていたことに罪悪感を抱いているのだろうな。

 まぁ、正直俺の言葉を信じて貰えなかったのには、苛立ちを覚えたけれども、記憶が蘇る前の俺の行動を考えると仕方がない。俺は確かに愚かだったし、頼りない息子だったから。


「エディーにも同じ事を言われたわ」

「うん」

「いつの間に私を叱るくらい成長していて吃驚したわ。それだけ私が不甲斐なかったのかもしれない」

「……」


 俺はその時、それまで穏やかだった母上の目が、何かを決意したような強い眼差しに変わった瞬間を見たような気がした。


「これから何かと兄様に相談することになるかもしれない。私はテレスのように頭の回転が早くないし、エディーのように人を見る目もないわ」

「エディーは確実に優秀な人材を手元に置いているからね。特にデイジーの優秀さを見抜くとは、人を見る目は人一倍あると思うよ」

「まぁ! エディーを褒めているようで、デイジーを褒めているじゃない。オリバー兄様は相変わらず娘が可愛いのね」


 ころころと可笑しそうに笑う母上に、クロノム公爵は子供のように得意げな表情をうかべる。


「可愛いだけではない。僕の娘は僕に似て本当に優秀なんだから」

「デイジーだけじゃなくて、アドニスのことも褒めてあげないと」

「あいつは全然可愛くない」


 ……別のお茶席で、アドニスがくしゃみをしているな。


 そんな感じで、お茶会は和やかな時もあれば、時に真剣に議論する場にもなっている。

 クラリス達もまじえ、魔族の襲来に備えた話し合いもすることになった。

 俺が女神の神託を受けていた事には、皆、驚いていたけどな……さすがにまだクラリスにも、この世界が小説の世界かもしれない、とは言えない。

 いつか本当のことが言えたらいいのだけど。



 ◇◆◇


 その日俺は気分転換に夜の庭を散歩していた。

 夜空を見上げると、無数の星が瞬いている……こっちの世界にも天の川はあるのか。

 前世では、こんな綺麗な夜空を見る事が無かったな。

 煉瓦敷きの小道をしばらく歩いていると、小高い丘の上に海が見渡せそうな展望台があった。

 展望台に上ると、そこには白いベンチがあって、満天の星と海が同時に見渡せた。


 ……ん?


 ベンチには誰かが座っている。

 さらっと揺れる紅色の髪が月明かりで艶めいているように見えた。

 

 ――一瞬、俺は幻を見ているのかと思ったよ。


 それくらい、婚約者クラリス=シャーレットの横顔は美しすぎた。

 俺の気配に気づいたのか振り返るクラリスは、いつも以上に幻想的な存在に見えた。

 思わず俺は走り寄り、彼女を抱きしめる。

 一瞬、彼女が消えてしまうんじゃないか、という恐怖に駆られたのだ。

 ここは俺が読んでいた小説の世界。今生きている世界が実は夢で、いつかその夢は覚めてしまうのではないか? と思えたのだ。


「え……エディアルド様?」

「よかった。君はちゃんと生きている」


 彼女の温もりが伝わってきて、俺は安堵する。

 不思議そうにこちらを見上げてくるクラリスを俺はもう一度抱きしめた。

 

 俺は君を失いたくない……頼むから、俺の目の前から消えないでいてほしい。


「エディ――」


 もう一度俺の名前を呼ぼうとしたクラリスの唇を俺は塞いでいた。

 今度は唇越しに温もりが伝わる。

 クラリスはしばらくの間、驚いたように身体が硬直していたけれど、やがて俺の背中に手を回してきた。

 俺は一度唇を離してから、クラリスに囁いた。


「クラリス……俺は自分が考えている以上に君のことが好きみたいだ」

「エディアルド様」

「好きだ、クラリス」


 もう一度抱きしめて、キスをした。

 最初は彼女を有能な人材として自分の側に置こうとした。生き残るためのビジネスパートナーのように考えていたけれど、今は違う。

 逆風にめげずに懸命に生きていこうとしている君に愛しさを覚える。


「私もです、エディアルド様」


 小さな声で俺の想いに応えてくれるクラリス。

 愛しい気持ちがあふれて止まらない……早く結婚したい。結婚して彼女の全てを手に入れたい。

 彼女と共に幸せな人生を歩むためにも、俺はこの国を守らないといけない。


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