第51話 悪役令嬢はドレスを選ぶ~sideクラリス~

 数日後――――


 ハーディン王国は服飾業が盛んで、王都だけではなく他の街でも大きな店から小さな店まで服飾関係の店が多い。

 その中でも特にブティック エマーニュは、先々代国王の側妃、エマーニュ妃の要望で建てられたドレスの専門店。オーダーメイドはもちろんのこと、クラシックなドレスから最先端のドレスまで取りそろえられている。

 こ、こんな高そうなドレス……持ち金だけで足りるかしら?今、三万ジーロしか持っていないんだけど。

 不安そうな私に、エディアルド様が囁く様に言った。


「ドレスは俺が買うから」

「そ、そんな。そこまでして貰うわけには」

「ちょっと早い誕生日プレゼントだと思ってくれればいい。本来なら俺が君だけの極上なドレスを贈ってあげたい所だが、舞踏会まで時間がないからな。今回はこのブティックで、君に相応しいドレスを二人に選んで貰うことにする。あ、代金は既に支払い済みだから、好きなドレスを好きなだけ選んでくれ」



 もう目を白黒させるしかない。

 い、一体いくら払ったの? 信じられないくらい上品な光沢、装飾もどう見ても高そうな宝石じゃない。



 「クラリス様、このドレスは如何ですか。可愛らしいピンクではなく、落ち着いた上質なピンク色がお似合いだと思いますの」

 

 そう言ってデイジーは花の刺繍とダイヤモンドビーズがちりばめられたドレスを右手で指し示した。

 彼女の目は今、この上なく楽しそうにキラキラしている。

 するとソニアも負けじと、自分が選んだドレスをプレゼンしはじめる。


「体形が美しいクラリス様には、大胆なデザインも有りだと思います。美しい体形を強調する人魚型のドレスも近頃の流行ですよ」


 マーメイドラインのドレス、前世ではよく見かけるデザインだけど、この世界では新しく斬新だと言われている。流行に敏感な令嬢を中心に、マーメイドラインのドレスを着て社交界に現れる女性は増え始めている。


「ソニア様、そのようなドレスは王室の舞踏会には相応しくはありません」

「いえいえ、デイジー様。王族の間でもこのような形のドレスを着るようになっているのですよ。流行の最先端は押さえておいた方が良いと思います」

「けれどもそのドレスは露出度が高すぎですわ!!……で、でも、まぁ、着ている姿は見てみたいですわね」


 

 それからの私は着せ替え人形状態。

 紺のシックなドレスから、オレンジ色の華やかなドレス、ちょっと大人な紫色のドレス、デイジー一推しの、濃いめのピンク色のドレス……髪の色ともマッチしていて、このドレスが一番しっくりくるかな。

 でも、ソニア一推しのマーメイドドレスも着てみた方がいいわよね。ソニアが期待に満ちた目で見ているし、反対していたデイジーまで興味津々といった感じでこっちを見ているし。

 水色のマーメイドドレスは胸元を大胆に見せるデザインで、しかもスリットまである。

 店員さんによると、女神ジュリが着ているドレスをイメージしているらしく、むしろ神聖な格好なのだという。

 だけど、これは前世で言うレッドカーペットを歩くハリウッド女優のような格好だわ。

 露出度が高いけれど、女神様が着ている服をオマージュしたもの。表だって悪く言う人はいないだろうけど、でも着ている方は恥ずかしい。

 身体のラインもバレバレだし、背中がパカッと空いている。胸元が空きすぎて谷間が見えそうになるし。


「駄目だ、駄目だ!そのドレスは却下」


 エディアルド様が顔を真っ赤にして、私の前に仁王立ちになって反対する。

 そして自分のマントを私の肩にかけてから、拳を握りしめ力説をした。


「こんなドレスを着たら他の男達がクラリスの身体を見るに決まっている!!このドレスは絶対に却下!!」


 え、エディアルド様、そんなに怒らなくても。

 でも、ちょっと守ってくれているみたいで嬉しいかも。

 エディアルド様はさりげなく私の肩に手を回し、自分の方に引き寄せている。


「でも俺の前では着て欲しいから、このドレスは購入する」


 私は思わずコントみたいにずっこけかけた。

 エディアルド様のお言葉に、ソニアとデイジーは同時に拍手をする。二人とも「クラリス様は本当に愛されているのですね」と、目を輝かせている。

 私は何だか凄く恥ずかしいんですけどね。

 結局、舞踏会にはデイジーが選んだドレスを着ることになり、そしてソニアが選んだドレスはプライベートで着ることになった。


 

 ◇◆◇

 


 

 そして――

 買ったドレスを運ぶのを手伝って貰う為、ソニアとデイジーに寮の部屋まで来てもらった。二人を寮に招待するのは初めてね。

ドレスを箱から出して、クローゼットの中にしまおうとしたデイジーは、目を瞠り固まってしまった。


「えーっと、クラリス様……この洋服は使用人のものですか?」

「いえ、私のものです。寮に使用人はいませんよ」

「全部、クラリス様のものなのですか?」

「は……はい。私のものです」


 頬を掻きながら何とも気まずそうに答える私に、ソニアとデイジーは顔を見合わせた。

 そしてデイジーは怒りに震えた声を漏らす。


「噂には聞いていましたけど……あんまりですわ」

「うちの使用人でも、もっといい服を着ているのに」


 ソニアも愕然としてクローゼットの中に並ぶ服を見る。

 私は何だか恥ずかしく、惨めな気持ちになった。

 自分でも古い服だな、とは思っていたけれど、ここまで引かれてしまうなんて。

 寮の人たちも、時々哀れむような目で私のことを見ていたけどね。

 その時デイジーが目に涙を浮かべ、私に抱きついてきた。


「で、デイジー様?」

「クラリス様……今までクラリス様の苦しみに気づかなくてすみませんでした」


 思わぬ言葉に私はびっくりする。

 デイジー、泣いているの? どうして謝るの?

 

「な、何を仰るのですか!? デイジー様。私は別に苦しくはありません。今はとても幸せですし」

「今は、でしょう!? だけど、それまではどんな扱いを受けてきたか、あのクローゼットの服を見ただけでも想像がつきます!」

「……」


 デイジーの言葉に、私は目頭が熱くなった。

 今は本当に幸せだから、そんなに気にしなくても良いのに。でも自分のことのように怒ってくれているデイジーの気持ちが嬉しい。

 ソニアも今、この場にはいない私の家族に憤っていた。


「……シャーレット家の人間どもを叩き斬ってやりたい!!」

「ソニア様、いざという時にはお願いします。後はウチでもみ消しておきますから」


 

 いざという時ってどんな時!? 

 二人して物騒なこと言わないでー!! 

 デイジーもそんな可愛い顔して、しれっと「ウチでもみ消す」とか言っちゃってるし。

 やっぱり鋼鉄の宰相の娘だわ。

 二人とも、その場で怒ってくれるだけで十分なのでっっ!あんなくだらない人たち、ソニアが斬るまでもないから……ね?

 デイジーは拳を握りしめ、燃えるような目で私を見て言った。 



「シャーレット家の使用人では、クラリス様の為に、舞踏会に相応しい着付けをするとは思えません。私の使用人が全力でクラリス様を美しく着飾りますから、是非前日は私の家にお泊まりくださいませ」



 というわけで舞踏会舞踏会の前日。

 私は実家には帰らず、寮からデイジーのお宅へ直行することになった。

 エディアルド様から要請を受け、私の護衛をすることになったソニアも、一緒にお泊まりをすることになったのだけど、私たちはデイジーの邸宅の前に立ち唖然とした。


 邸宅じゃなくて、宮殿じゃない? 


 ベルサイユ宮殿みたいなゴージャスさなのよ。

 背景の青空に映える真っ白な壁、柱から窓枠まで細やかな彫刻が施されているし、深緑の屋根の周りは金の蔦、鳥の装飾で飾り立てられている。

 王城の庭園ほどじゃないけど、広すぎる庭園には幾何学模様に描かれた芝生や、薔薇園もあり、鮮やかな真っ赤なバラ、ピンクの薔薇、大輪の白い薔薇など様々な種類の薔薇が植えられている。



 さらに―――


「いらっしゃい。ここが我が家だと思って気楽に過ごしてくれたらいいからね」


 邸宅のロビーにて、カールがかったプラチナブロンドの髪に、切れ長のオレンジの瞳、息を飲むほどのイケメンなお兄様がお出迎えをしてくれる。

 

「はじめまして。デイジーの兄、アドニス=クロノムです」

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