04

「ロゼ、大丈夫か? 疲れていないか?」

また手を繋いで廊下を歩きながらフェールは尋ねた。

「……ええ」

正直、疲れているといえば疲れている。

王太子とのお茶会は緊張したし、ランドの話はショックだった。――分からない事が多すぎるのに、また別の世界に飛ばされるかもしれないという不安。

それが日本ならばまだいいのかもしれないけれど……全く違う世界の可能性もあるのだ。


「ロゼ」

不安が伝わったのか、フェールが手に力を込めた。

「大丈夫。俺が守るから」

「……ありがとう、お兄様」

「ロゼは何も心配しなくていい」

フェールは頷いたロゼの頭にキスを落とした。

「俺は仕事に戻らないとならないが。一緒に来るか」

「いいの?」

「父上も気にかけていたから顔を見せれば安心するだろう」

「……ええ」

兄を見上げてロゼは微笑んだ。


長い廊下を歩いていると、角から突然目の前に人影が飛び出して来た。

「ロゼ!」

フェールに引き寄せられたロゼの視界を花色が横切った。

「あ……申し訳ございません!」

声のした方を見ると侍女が頭を深く下げていた。

ふんわりとしたピンクブロンドの髪が揺れている。

「危ないだろう、気をつけたまえ」

「はい、本当に申し訳ありません……」

( ……あれ、この髪色は――)

雫の記憶を思い出そうとすると侍女が顔を上げた。

クリッとした大きな青い瞳が、ロゼの顔を見て大きく見開かれた。


(ヒロイン……!)

思わずロゼは心の中で叫んだ。

その愛らしい顔立ちは、確かにゲームの主人公、ルーチェ・ソレイユだった。

本当に、彼女もいたんだ。

じゃあここはやっぱり……。

「……雫……?」

信じられないという顔でルーチェが口を開いた。


「……え?」

「雫……どうしてここに……」

思いがけない言葉にロゼは目を見張った。

「……どうして……その名前を知って……」

「え? 本当に雫? 本物?!」

弾かれたようにルーチェはロゼに駆け寄った。

「おい……」

「雫なの?! 生きてたの?!」

制しようとしたフェールの手を振り払うとロゼの腕を掴む。

「え、あなたは……」

「私よ! ひかり! 水野ひかり!」

「……ひかり?」

「雫ぅ……会いたかった――!」

親友の名を名乗ったヒロインは、ロゼを強く抱きしめた。



「で、君は何者なんだ」

空いていたティールームへ移動すると、フェールはルーチェに向いた。

「ルーチェ・ソレイユと申します」

答えてルーチェは頭を下げた。

「ソレイユ……確か子爵だったな」

「はい。侍女見習いとして今月から王宮に来ました」

「ロゼとはどういう関係だ?」

「ええと……」

「彼女は私が飛ばされた世界で友人だったの」

言い淀んだルーチェの代わりにロゼが答えた。

「友人?」

「飛ばされた?」

「……あのね、ひかり」

ロゼはルーチェを見た。

「私……本当はこの世界の人間だったの」

「え?」

「五歳の時に事故があって日本に飛ばされて……突然また戻ってきたの」

「――それって……」

ルーチェは頭の中でロゼの言葉を反芻した。

「雫は生まれ変わったんじゃなくて、あの雫のままって事?」

「生まれ変わる?」

「私は転生したのよ、この世界の住人として」


「え?」

ロゼは目を見開いた。

「それってどういう事……?」


「……どうも話が読めないのだが」

フェールが口を開いた。

「――あの、お兄様」

ロゼはフェールを見上げた。

「しばらく二人だけで話がしたいの」


少しの間思案するとフェールは小さく息を吐いた。

「俺は一度政務室に行ってくる。迎えに来るまでここから出るんじゃないぞ」

「ありがとう、お兄様」

「何かあったらすぐに来る」

ロゼの頭にキスを落とすとフェールはティールームから出て行った。

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