1 第三迷宮高等専門学校(4)

   ◆  ◆  ◆


 迷高専では定期考査に合わせて実技テストを行うが、年度末の期末試験は進級試験でもある。

 実技試験では一年間でどれほど身体能力が上昇したかが要になる。レベルアップすればするほ身体能力が上がる。

 三学期の実践授業においてほぼ戦闘に参加できなかった俺は、たいしてレベルアップしておらず周りとの差が開くばかりだった。

 せめてと放課後に自主鍛錬を行ったが、鍛錬による身体能力の上昇はわずかでしかない。

 授業外で努力をして、実技の進級試験を合格ラインギリギリで通過できた時はガッツポーズをとってしまった。

 二年度末の進級試験は実技と筆記の総合で評価する。実技に重きを置くものの、筆記の成績も無関係ではない。なんせ高校だし。

 合格ラインを通過したと言っても、成績順を考えれば不安があったため座学の好成績を目指し、入試以来と言えるほど猛勉強をした。

 そしてそれは成功し探索者コースに進級が決定したときは、トイレの個室にこもって声を上げてしまったほどだ。

 そこまでしてようやく進級を勝ち取ったはずが、期末試験の結果を受け行われる最終面接で、担任教師から成績による強制ではなく任意での探索者コースから他コースへの変更を進められた。

 今回は筆記の成績がかなり優秀だったことを告げられた時は、褒められたと勘違いして必死に座学を猛勉強した三学期だったと苦い思い出を振り返えったりした。

 けれど学校側としたら、文より武の優秀な生徒を探索者コースへ行かせたいのだろう。成長の望めない生徒を指導するより、身体能力の高い生徒を指導した方が良いと考える。だが単に探索者を育てる場所ではなく、高校としてしまったため経営側にジレンマが発生するようだ。

 そこで本人から自主的にコースを変更して貰えば問題ないと考えたのだ。

「まさかダンジョン学で一位とはな。一般教科の方も探索者コースで十位以内なんてやればできるじゃないか。お前の成績なら医薬科の治療師専攻は無理でも、薬師専攻でもいけるんじゃないか」

 各コースで一番高い学力が求められるのは、サポートコースの医薬科だ。代わりに実技は最低であっても問題ない。

 次点がサポートコースの研究科で、錬金術師専攻を含め、ダンジョン素材やエネルギーの利用法などの研究職を目指す科となる。

 医薬科は治療師専攻と薬師専攻の二つあるが、どちらも四年度からは提携する医科大学へ編入して医学や薬学について学ぶ。

 治療師と薬師のスキルが得られなかったものはそのまま大学に残り、医師や薬剤師を目指す場合も多いのだ。当然医科大学に編入することができるだけの学力が要求される。カリキュラムも六年とコース中最長だ。

「医者や薬剤師になれるだけの頭を持ったメンツの中に入って、やっていけると思いませんが」

「なら研究科はどうだ? 錬金術専攻は? 錬金術はこれからどんどん伸びていく分野だし」

 錬金術系のスキルは発見されて十年ほどだ。迷宮道具を作成できる錬金術師はけっこう人気職だ。

 研究科では錬金術以外にも効果的な魔法の使い方やダンジョン外でのスキル使用法なども研究されている

「俺は探索者になりたくて迷高専に来たんです。進級条件を満たしているならコース変更はしたくないです」

「だが三年に進級できたとしてもHクラスだぞ。Hクラスはほぼ四年課程への進級は難しいし」

 迷高専におけるクラス分けは通常の高校とは異なり、探索者としての能力順で分けられている。篩にかけ安くして、見込みのあるものだけが先へ進めるシステムになっているのだ。

 有象無象を何年も育てるのではなく、少数でも優秀な探索者を育てるためだし、そのための学校だからだ。

「まあ三年課程を無事卒業できればFランクにはなれる。一般でスタートするとHランクからだからそれだけでも価値はあるが。今の鹿納の成績では四年への進級は無理だと思うぞ」

 大三校では年度末の成績で次年度に希望の課程へ進めるかどうかがかかっているので、学年末試験の前は皆必死になる。

 探索者コースの二年度から三年度へは定員が八十人も減るのだから、俺の成績が学年最低というわけじゃあない。俺より成績が下で探索者コースに進級できなかった者が八十人いたわけだが、そのことが慰めになるわけでもなかった。

 JDDSでは戦闘職だけでなく、技術職や研究職も求めている。二年後開設予定の第六校は、サポート専門校として設立する計画で進められている。大三校は総合校として作られた実験校でもあった。来年の新入生は探索者コースの減員とサポートコースの増員が決定しているそうだ。

 担任に何を言われても、俺はサポート職のどれかになりたいわけじゃあない。

「とりあえず春休みいっぱい考えてみろ。新学期が始まってからでも、四月中ならコース変更可能だ」

 可能と言いながら「変更しろ」と言われているように感じたが、間違いでもないんだろうな。


 面接の後にふっとよぎった考えが頭から離れず、ずっと悩んでいた。

 それはコース変更についてではく、学校を辞めるかどうかについてだった。

 反対する家族に無理を通して入った学校だった。家族に進級が危ないとはいい辛く相談がしにくい。

 探索者コースに進むことを学校側から望まれていないことに焦燥感が募る。ならいっそこんな学校はやめて、一般探索者になってもいいんじゃないか? 自分は早々に十八歳になるんだから││そう頭の中でもう一人の自分が語りかけてくるように。

 俺の誕生日は四月二日だ。十八歳になれば誰でも普通免許を申請できる。

 原付免許と同じで、学科試験に通れば取得できるのだ。

 迷高専では入学と同時に仮免許を、全員が満十八歳になっている三年度終了時に普通免許が与えられる。

 春から三年度生となる俺たちは普通免許取得までまだ一年近くある。

 そう考える一方で高倍率の試験をクリアして入った迷高専を、こんな形で辞めるのも口惜しいと憤る俺もいる。結局すぐに結論は出なかった。

 試験も面接も終わった後でもまだ授業は残っている。特に遅れがちな一般科目が終業式まで詰め込まれていた。

 すでに進路が決定していることから、教室の雰囲気は二局に分かれていた。希望通り探索者コースに進める者とそうでない者。授業開始ギリギリに教室に入ると、そこかしこに空席があった。

「あれ、灯り係くんは出席日数だけでも皆勤目指すのかな」

 中村が煽るように声をかけてきた。こういう絡みを減らすためにいつもギリギリ登校していたのだが、今日は教師が遅れているようだった。

 中村は班メンバーの中では一人上クラスのDクラス入りしたため、ますます態度がひどくなっている。

 成績順でクラス分けされるため、AからDクラスまでが上クラス、E以下が下クラスと呼ばれている。

「卒業後JDDSに就職するなら内申書は大事だからな」

「転校するのでも内申書は重要だぜ」

 そこに高橋も乗ってくる。高橋自身はGクラスなので思っていた以上に成績は良くなかったようだ。もしかしたら俺を貶すことで鬱憤晴らしをしているのかもしれない。

 そんな二人を無視し席についた。

「やだねえ、ネクラくんは。スキルは明るいけど性格は暗いとか、笑えるぅ」 

 担任は「春休みいっぱい考えろ」と言ったが、こんな奴らにバカにされたまま終わりたくない。

 二人を見ていると〝見返してやる〟と、反骨精神がむくむきと湧き上がってきた。

 見返すには彼らより強くならなければならない。

〝どうやって?〟

 レベルアップするためには自主鍛錬では限界がある。やはりモンスターを倒すしかない。

 けれど学校での授業以外での探索は四年度生からしか許されていない。普通免許がないから当然だ。

〝だったら免許を取ればいい〟

 俺の誕生日は四月二日なため、誰よりも先に十八歳になる。春休み中に迎える誕生日は友人にスルーされることが多く、誕生日が早くてよかったと思ったことはこれまでなかったが、今回に関してはよかったと心から思えた。

 授業が始まったが、教師の話は上の空でこれからの計画を立て出した。

 春休みに帰省する日を遅らせ、こっちで普通免許を取得することにした。

 免許証の受け渡し日に誕生日を迎えていればよいため、申し込みと試験は誕生日の一ヶ月前から可能だ。

 Hクラスに進級するにしろサポートコースに変更するにしろ、この一年間学校外でレベルアップして授業での遅れを取り返えす以上のことができれば、Hクラスだろうとサポートコースからだろうと四年度探索者コースに進むことができるのではないか、そう考えた。

 他のコースから探索者コースに戻るものもいないわけじゃあない。

 免許を取っておけば、したくはないが中退して一般探索者になることもできる。

 だがその場合、お金の問題が発生する。

 迷高専では免許を取得する際に必要な費用がかからない。けれど一般で受ければ三万円かかる。

 それに一般でダンジョンに潜るには装備類も必要になる。学校では装備の貸し出しがあるが、外のダンジョンにいくからと貸し出してもらえることはない。

 普通にレンタル武具を借りることになるだろうからさらに費用がかかってしまう。それが悩むところの一つでもある。

 今までのお年玉貯金はいくら残っていたか? 受験料は十分足りるが装備を購入するほどはない。武器はレンタルしなくてもホームセンターなどで手に入るものを使ってもいいかもしれない。初心者はよくやることだ。

 防具はなくても一、二階層くらいならなんとかなるだろう。それ以上はドロップ品を売却して少しずつ購入していけばいい。

 ノートに色々書き殴っていたら、いつの間にか授業が終わっていた。

 俺は急いで教室を出た。休憩時間の間にすでに提出してしまった退寮届について、退寮日の延期とアパートの入居日の変更が可能かどうか、学校事務室の担当に確かめるために急いで向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る