1 第三迷宮高等専門学校(3)

 学校側の〝スキルの取得禁止〟の理由は、二年度はまずスキルに頼らない基礎戦闘力をつけるためとしている。

 学校であるからには、生徒に統一した指導を行わなければならないとしている。実際スキルなしのカリキュラムしか組んでいない。

 スクロールの種類は発見されているものだけでも多岐に渡り、それぞれに対応した細やかな指導は学校のような集団教育の場ではコストが嵩みすぎてできないのが現実だ。

 また迷高専では学生はドロップしたスクロールを勝手に開くことのみならず、授業中にドロップしたものは学校側に提出することになっている。

 探索者はドロップ品をJDDSや企業などに売って収入を得る。けれど現状日本ではドロップ品の売買には探索者免許か商業許可証を持っていなければならない。生徒の持つ仮免では売ろうにもドロップ品を現金化できないのだ。

 学校側も生徒が提出したドロップ品を丸取りしているわけじゃあない。ダンジョンポイントという校内で使用できる電子マネーを用意し、生徒が提出したドロップ品に見合ったDポイントを、生徒たちに還元している。

 班での実習授業中であれば、獲得したDポイントは班員に均等分配になる。

 このDポイントは学内の購買部や食堂などで使え、また学内だけではなくJDDSの施設でも使用できる。

 ただJDDSの施設で使う場合、Dポイントは3ポイント二円換算されるため、1ポイント一円換算される学内で使用する傾向にある。

 生徒がDポイントとして使うことで、学校側に利潤が出るのは生徒側も口に出さないが承知している。

「灯りのスクロールって、どれくらいのポイントになったんだろう」

「俺たちがもらえるはずだったポイント、スキル取ったやつが補填するべきじゃね」

 今回スクロール分のDポイントが手に入らなかったことが、不満の一つなのは間違いないと思う。スクロールはドロップ品の中でも高額になることが多いから。

 学内の購買部では日用品なども販売しているので、Dポイントはあればあるほど学生生活も潤うのだから。

「本当だったら。それで色々買えたのにな」

 そんな嫌味を聞えよがしに教室で言われ、肩身が狭くて教室に居づらくなる。

 やがて二学期終盤にはクラスメイトの態度はさらに悪化し、授業にも影響を出し始める。

 当然実践授業中の班の雰囲気は悪く、俺を私的な会話に入れなくなっていった。それだけならまだ我慢したけど、ついには実践授業で示し合わせてモンスターと戦わせないようにしだした。

 それは俺が習得したスキルが原因でもあった。

 俺が望まず手に入れたスキルは《光魔法》の単呪文で、C☆の《ライト》だ。

 スキルの《ライト》によって灯される光は、ランタンや懐中電灯よりも光量がありちらつきもない。

「光で照らせ」と言い出した班のリーダーである高橋に、三田教官は注意することなく黙認した。

 以降俺は班の〝灯り係〟となり、ほぼ戦闘に参加できなくなった。

「何やってんだよ、鹿納動くな」

「お前が動くと光がブレるだろ」

「そこでジッとしてろ」

「だけど、俺も……」

「後だ、とりあえずこいつら減らしてからだよ」

 口を開くと班の面々から罵声が飛んでくる。特に高橋、それに追従する鈴木、元から気の合わなかった中村の三人からだ。だけど佐藤と田中も何も言わず傍観しており、結果一人戦闘に参加できず、ただ突っ立っているだけとなった。

 ちらりと三田教官を伺うが、こちらも知らんとばかりに顔をそらす。

 三学期に入ってからの実践授業ではずっとこの状態が続き、戦闘から除外されたため経験値を得られずにいた。反対に他の班員はレベルが上がり力をつけていく。

「三学期中結構倒したよな、随分レベルが上がったと思うんだ」

「今度の期末の体力テスト楽しみだな」

 高橋と鈴木がそんな会話を交わす。

「けどわかっていても不思議だよな。モンスターを倒すことで得る経験値って本当はなんなんだろ?」

「そんな迷宮指標にも書いてないこと、オレにわかるわけないだろ」

「有力説はモンスターを構成する迷宮魔力が、倒した人間の身体に吸収されて起こるって節だけど」

「迷宮魔力と魔素の同一説は否定されてる。試験でミスるぜ」

 だけど〝魔素〟の存在は未だ立証されていない。目に見えないし測定する方法も見つかってない〝理論上存在する〟とされているだけだ。

 昔は魔核に含まれる〝迷宮魔力〟と同一視されていたみたいだけど、現在は別物だという考えが定説とされていて、迷宮指標にもそう書かれている。

「ゲームだってモンスターを倒してレベルアップするんだし、同じようなもんだろ」

 中村も二人の会話に混じり出す。会話を止めるつもりはないみたいだ。

「この説考えたの、絶対ゲーマーだよな」

 このレベルアップ理論の元になった論文を発表した研究者の中に、コアなゲーマーがいたことは世界的に有名な話だ。

 RPGなどで使われていたシステムを参考に【経験値】を得て【レベルアップ】することで【ステータス値が上昇する】という概念がピッタリ符合したのだ。 

 実際ゲームのようにステータスが表示されたり、レベル表示があったりはしないから、ステータス上昇を確認するには体力テストをするしかないのだけれど。

 いくら帰り道とはいえ、安全が確認されたわけではない。不必要な会話は減点対象だが俺は注意するつもりもなく先頭を《ライト》で照らしながら進む。

 周囲の警戒を怠ることはできない。暗い洞窟の中光源のすぐ近くにいるため、モンスターにエンカウントすれば一番に狙われる。

 七階層からの帰り道で、会話を続ける高橋と鈴木と中村。

 最後尾の佐藤と田中は一応周囲を警戒している。そしてその後ろにはなんの注意もしない三田教官。最低最悪のメンバーだ。

 半年前まではこんなことなかったのにと、悔しさに拳を握りしめる。

 効果時間がきれてフッと灯りが消え、あたりが闇に包まれる。

「おい! 何やってんだ、灯り係」

「早くつけろよ、見えねえだろうが」

「とっととやることやれよ!」

「っとに使えねえな」

「……〈ライト〉」

 バレーボールサイズの光球が俺の頭上一メートルの位置に出現し、他に光源のないダンジョンを照らす。ダンジョン探索において光源が一つっていうのもセオリーから外れるんだけどな。

 その時前方からラージセンチピードが現れた。驚異度2のコモンモンスターで、全長一メートルを超えるムカデ型のモンスターだ。

「モンスター発見!」

「あ、おい抜け駆けすんなよ」

 誰よりも先に飛び出していった中村の後を、高橋が追いかけていく。中衛のはずの中村が先に飛び出すのはどうかと思うが、前衛で盾を持っていても戦闘に参加できない俺はそれを見ているだけしかできなかった。

 その後も続け様にエンカウントしたモンスターが全て倒され、高橋たちはドロップした魔核を拾い上げる。

 戦闘が終了したことで三田教官が口を開いた。

「お前たち、鹿納もちゃんと戦闘に参加させろ」

 一応言っておくというおざなりな感じだ。三田教官の戦闘終了後の指摘は多くない。あれ以降、必要最小限の指導しかされていない。

「えー、だって鹿納に任せると倒せないし」

「時間かかるんだよなぁ」

「それに灯り係が動くと視界が悪くなるし」

「そうそう、せっかく手に入れたスキルなんだから使わねーと」

 三田の指導に高橋と中村が異を唱える。俺が動こうとすると、主にこの二人から怒声が飛び、結局戦闘に参加できずに終わる。

「鹿納、お前も後方からの援護離攻撃くらいできるだろう」

 それをすると怒声が飛んでくることを承知で、三田教官が言っていることをわかっていた。

 最近は先頭を行くため、もっぱら前衛の盾役、といっても盾役としての参加はないが。

 たまに後衛でクロスボウを担当することもあるが、その場合俺の攻撃の射線は前衛どころか中衛にまで塞がれている。通常後衛の攻撃ルートを考えた位置どりをするべきなんだけど、あえてそれを防ぐ位置取りで戦う高橋と中村。

 いっそフレンドリーファイヤでもかましてやろうか、なんて考えも浮かんだがそれをするとこっちの戦闘における評価が下がり、成績に影響する。

 チラリと三田教官を見る。本来取得できないはずのスキルを取得してしまった俺に、スキルを使わせないようにするのが筋ではないだろうか。

 三田教官に処罰があったかどうかは知らされていない。もしかしたら高橋たちは知っていたのかもしれない。

 実践授業で俺は〝灯り係〟と揶揄され、メンバーからハブられ、ろくに戦闘に参加することもできず、二年度三学期が終わりを迎えることになる。

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