第64話 聖騎士序列三位アーリ・フェルヌ
「エグジムが……そういえば最近見てないね」
「ミリリはエグジムの王都行は知らなかったんですの?」
「あはは……学校終わったら寮で勉強するか、部活だからね」
クラウン王国直轄魔法士学園は基本的に寮制をとっているが、出入りは割と緩い。
これにして、学生は学園で勉強や部活に励む者もいれば学園を出て町で遊ぶもの、そして実家の手伝いをするものなど
多岐にわたる。
ミリリは基本的には学園の中で勉強や部活を頑張っている派であり、ユーリは対象に学園を出て実家で過ごすことも多い。
「ユーリちゃんはよくエグジムのところに行っているの?」
日が落ちた夜の時間、ハーブティーに口をつけミリリが小首をかしげる。
「たまにね、たまに」
「ふーん、たまになんだ……」
半目でお茶をのむミリリからつうと視線をそらし、クッキーをかじるユーリ。
おたがい貴族と大手の商人家系ということで、それぞれ個室に入居できているこの二人は
たまにお互いどちらかの部屋でこうして夜の女子会と洒落込んでいた。
「なんですの、その目は」
「べつに~」
ずずっ、と音を立ててお茶を飲むさまはお行儀がいいとはとてもいえず。
「で、王都に何しに行ったのかな」
「なんでも出張の仕事が入ったとか言ってましたわよ? お父様が」
「伯爵様が?」
「そう。エグジムへの依頼はお父様が仲介したみたいですの。殴っておきましたわ」
行かせるな、ではない。自分にも事前に伝えておけという一撃である。
「そうかぁ、王都か……いいなあ。楽しいんだろうなぁ」
仕事とはいえ、環境が変わるのは新鮮なものだ。特に王都となると、どれだけ華やかなのか。
できることならエグジムと一緒に行きたかったと思うミリリ。
この二人はそれぞれ事前に知っていたら、ついていく気満々だっただろう。
「「今頃何やってるのかな」」
話し込みすぎて深夜に差し掛かった女子寮の窓から見上げる月は、雲で少し滲んでいるように見えた。
「度重なる聖女様への無礼、もう許せません」
滲んだ月が照らす路地で肩を震わせる男。
女性と見まごうばかりの美貌と聖騎士としての自信に満ちた姿は今、大きな怒りに震えていた。
自分が目を離さなければ、お一人にしなければ、もっと言えば「勇者の逃亡を許さなければ」。
聖女がどこの誰とも知れない男に盾代わりに扱われるなどといった屈辱的な事態にはならなかったはずなのだ。
そう考えるたびに銀の髪は魔力を纏い空をうねり、レイピアには光の力が纏わりつく。
「聖騎士序列三位、アーリ・フェルヌの名におき、聖女に仇成す不埒者を剣の錆と変えん」
淡々と、それでありながら怒鳴るより余程濃縮された怒気を発しながらレイピアを構えるアーリ。
溢れる魔力が光と変わり、深夜の路地を一瞬昼に変えた。
「まっ、待ちなさいアーリ。流石にそれは」
これはもう冗談では済まない。
慌てて止めようと聖女が動こうとするが、エグジムに固定されてて動けず焦りは募る。
聖騎士、それは教会を代表する武力であり顔。
信仰は何も気持ちだけで成り立つものではない。人である以上、集団である以上、そこには支えるだけの力が必要になる。
財力、権力、繋がり、立場、そして武力。
特に武力に関して、教会は魔なる者より人々を守ることも存在意義としている。
聖騎士はそんな教会が保有する最大の戦力である。
その中での序列三位。
「悔い改めなさい、罪人」
レイピアがゆらりと揺れる。その瞬間、エグジムの腕に凄まじい衝撃が走った。
「あっ……」
エグジムの腕も、聖女の衣服も傷つける事なく、縫い合わせた糸のみがいつの間にか切断され、空中に投げ出される聖女。
「これで、卑劣な手も使えませんね」
あわや落下するかと思った瞬間には、聖女の小さな身体はアーリの腕に抱かれており、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと路面へと下ろされた。
「あ、えっと、あれ?」
何が起こったのか把握しきれずあたふたする聖女を背に、エグジムへと再度レイピアを構えるアーリ。
「聖女様、そこでしばしお待ちを。そう時間は取らせませんので」
果たして言葉が先か、行動が先か。
聖女への言葉が終わったその時には既に、殺意を孕んだレイピアの刃がエグジムの右腕へと深くめり込んでいた。
「……分厚いですね」
動きを補佐する糸の装い。その何重にも折り重なった繊維が辛うじてアーリの剣戟を受け止めている。しかし薄皮一枚……後少し深ければ、エグジムの腕は無事では済まなかったろう。
「あ、、うっ、、」
当たり前の話、エグジムは戦闘職ではない。
街人であり職人であり、商人だ。
異教徒や魔人、魔物との戦いの最前線で闘う聖騎士の威圧になぞ耐えられるわけがない。
鋭利な美貌と無機質な瞳、自分を害そうとする殺意と刃を前にして、エグジムはもはや意味のある言葉を発せなかった。
(まずいまずいまずい、逃げなきゃ殺される!!)
気持ちが逸る。逃げなくてはと必死に体への命じるが、足がすくんで動けない。
「聖女を盾にする不信心、神の身元で詫びなさい」
ゆっくりと腕から抜かれ、再度構えられた凶刃。
幾多もの命を奪ってきただろうその銀の刀身は、月と街灯を反射して場違いにも美しいと感じさせるほど。
狙われるエグジムもまた、動けないままにその美麗な剣と、流れるようなアーリの剣撃を見つめ……。
突如として割り込んだ巨壁と白髪に意識を引き戻された。
糸魔術師の日常 3号 @tabito54
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