第488話


 三岳が構え直す。


(なるほど―――切間も投手、相手の一年生の陸雄君の緩急を直感で知ったのか―――やはり才のあるやつは違うな)


 三岳が考察して、静かに笑みを浮かべる。


「さてと―――」


 三岳がレンズ越しに陸雄を見る。


(まだストレートに不安があるが、この打者には生温いリードは通じないだろう。今のリクオには酷だが、調子をここで上げていくことを賭けるしかない)


 そう思い―――ハインがサインを送る。

 陸雄が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 三岳がジッと観察する。


(おそらく二球目は緩急を意識させた―――)


 指先からボールが離れる。

 真ん中低めにボールが飛んでいく。


(遅めの―――)


 三岳がタイミングを合わせて、スイングする。

 打者手前でボールが左に落ちながら曲がる。


(―――変化球だ)


 バットの軸にボールが当たる。


「まさか―――!」


 ハインが声を漏らす。

 まるで自分のリードを読まれていたことを驚いていた様子だった。

 カキンッと言う金属音と共にボールが一、二塁間に飛んでいく。

 一塁ランナーが二塁に走る。

 ショートの紫崎が二塁に行き―――。

 セカンドの九衛がジャンピングキャッチを試みる。


「ちぃ! 低めの打球打ちを高めに飛ばしやがって―――!」


 九衛の声と共にグローブの先端にボールが触れる。

 グローブに掠めて、ボールの軌道が変わる。


「俺様の跳躍でも僅かに足りないか―――!」


 そのまま九衛が着地する。

 ボールはレフト方向に軌道を変える。

 レフトの錦が前に走っていく。

 一塁ランナーが二塁を踏み終える。

 三岳がとっくにバットを捨てて、一塁に向かう。

 その間に―――。

 三塁の切間がホームベースに向かう。

 錦が手前で落ちたフェアのボールをグローブで拾い上げる。

 そのまま一塁に送球する。


「頂いていくぜ。雰囲気イケメンの捕手君―――」


 切間がそう言って、ホームベースを踏む。

 香月高校に1点目が入る。

 星川が塁を踏んで捕球体制に入る。

 三岳が一塁を蹴り上げ―――。

 ボールは星川のグローブに入る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 三塁側スタンドから歓声が上がる。


「三岳羚児(みたけれいじ)―――想像以上だ―――。岸田のカーブやスライダーなどの外に大きく逃げる変化球が来ないのもあるが、真ん中のカーブやスライダーでも厳しいか―――」


 ベンチの中野監督がそう言って、考え込む。

 古川がスコアブックを書きながら答える。


「スイッチヒッターは恐怖感も感じないから落ち着いて、打てるのも強みですね。内角中心に変えていきます?」


 ベンチの松渡が中野監督を見る。


「僕変わってあげたいですけど~、ここで陸雄を下ろすのは今後の試合に響きますよね~」


「ああ、二人の言うことはもっともだが、ここを乗り越えられないようでは岸田には来年があっても引きずるだろう。―――続投させる」


 そう言って、中野監督はマウンドの陸雄を見る。



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