第471話


「聞いてくださいよ。三岳さん―――切間さんまた途中で帰ったんすよ。今まで抑えだったのに―――こんなんで勝てるか心配っすよ」


 佐伯がそう言って、上の捕手道具を外していく。

 切間がレガースを外し終えて、答える。


「あいつなりに考えて投球してるんだろう。佐伯はスポーツ推薦組だから必死になりたいのはキャプテンの俺にも解るよ」


「三岳キャプテンも一般入試組ですよね? どうして他のスポーツ推薦蹴ったんですか? 三岳さんも名門シニア出身でしょ? 全額免除の高校もあったのに―――」


「まぁ、俺も京都の一般入試組だが、野球を続けていて大学の為に入学したこの高校に野球部があったからな。今年まで最後の野球に有終の美を飾るために全力を注ぎたいんだ。―――俺の最後の野球の我儘さ」


 その言葉に佐伯がジーンと目が潤む。


「…………やっぱ三岳キャプテンはカッコいいっすね。普通は野球やってればそう思いますもんね。でも三年生になったら特進クラスに行って、塾通いですよね?」


 その質問に三岳が表情を和らげて、答える。


「まぁ、スポーツ選手以外でも入れる他県の学生の為の学校指定の寮を借りているとはいえ―――学校側に申請して、特進クラスに行ったら残りの時間は塾通いだから―――野球部のお前達との思い出を誇りにして大学入試の為の勉学に励みたいだけさ」


 三岳は京都出身だが、学校指定の寮に住んでいる。

 成績は優秀で謙虚であり、切間と同じ一般入試組でありながら実力でレフトのポジションになった選手だ。

 ほとんど家に帰ったら勉強と調べ物のネットをするくらいで―――自炊も出来る一人暮らしになれている学生だった。

 そのためか大人びていて、キャプテンに指名され―――部内で人気もある。


「はぁ~、来年も三岳キャプテンと一緒に試合出来たら優勝できるかもしれないのに―――残念っすよ」


 佐伯がレガースを受け取り、ため息をつく。

 三岳が穏やかな笑みで話す。


「悲観することもないよ。ウチの高校も過去に甲子園に何度か行っただろう? レギュラーのほとんどがスポーツ推薦組で一般組もいたが、やる気は互角さ」


「そう言う所がカッコいいすよ! 三岳キャプテンの今年最後の野球の為にも俺頑張るっす!」


 キャッチャー道具を持って、佐伯が一礼する。


「シートノックとタイム走が始まるから、早めに戻りなよ」


 そう言って、三岳もシートノックの為に守備位置に戻っていく。



 私立香月高校(かげつこうこう)の昼の練習時間よりも前―――。

 昼休憩に入った陸雄達は地べたに座る。


「いやぁー、今日も昼まで練習みっちりやったなぁ」


 陸雄がそう言って、柊からジュースを受け取る。

 灰田が松渡に話す。


「はじめん。俺のナックルボールどう? ある程度は形になったろ?」


「ん~。様になってるけど、まだちょっと上位打線に不安が残るかな~」


 松渡がそう言って、柊からおにぎりとジュースを受け取る。

 九衛がおにぎりを食べながら、高笑いする。


「がっはっはっ! チンピラ野郎。お前は今回の五回戦ではなく、六回戦から投手の登板だろ? 焦るな焦るな。飢えが足りないから五回戦でチャージしとけ!」


「っち! 強面野郎は相変わらず余裕ぶって解ったようなこと言いやがって―――次の相手は兵庫の四強なんだぞ? 今までと違って、楽に勝てる相手じゃねーんだぞ」


 灰田がそう言って、柊から受け取ったジュースとおにぎりを飲食する。

 その言葉に星川がワクワクしながら、おにぎりを食べるのを止める。


「やっぱり久遠寺君やジェイク君のような強い打者が多いんですかね? 僕は早く試合したくて堪りませんよ」


「だ、打者が九番まで彼らクラスばかりだと勝ち目ないかも…………」


 星川の言葉で想像したのか―――坂崎は錦や九衛にハインも含めた恐ろしい仮想敵打線を浮かべる。


「く、久遠寺君やジェイク君が出塁して……クリンナップで本塁打にされて綺麗に点が取られて、また一番打者に戻る……お、終わらなそう……」


 坂崎が悲惨な試合の末路を想像して話す。


「あははっ! ゲームだったらドリームチームですね! いやぁ、僕も加わりたいなぁ! 頑張らなきゃ!」


 星川が嬉しそうにバットを握る。



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