第470話
「だから童貞なんだよ。お前らスポーツ推薦組と違って、俺は他のスポーツ推薦蹴って、一般入試でここに来たんだよ。野球部だって、テストを受けてレギュラーになってんの!」
「なんで時間は自由の自主練習可の一般クラスから野球部に入ったんですか?」
「芋臭い女よりもスポーツやってりゃ良くてエロい女が来るだろ? 遊び時だよ―――来年は大学勉強もあるんだよ?」
切間がそう言って練習場から離れる。
佐伯が切間を追いかける。
「切間さんが越境した外国人選手ではなく、実力で他の一般クラスから入部して、レギュラーになったのは尊敬できます。だから俺もこうしてボールを受けているんです。少しはエースの自覚を持ってください!」
佐伯の言葉を聞き流して、切間が歩いていく。
切間が監督のところへ行く。
「監督。俺この後に勉強あるんで帰って良いすか? 今日の投球は問題ないですし―――佐伯のお墨付きみたいですから…………」
切間が監督にそう言って、監督が呆れ顔で答える。
「―――好きにしろ。スポーツ推薦ばかりの中でお前だけ一般クラスでエースになれたんだしな。異質だが、部員である前に一人の学生だ―――他に一般大学の進路のこともあるだろう。だが、今度の試合から先発で投げていくからな?」
「うっす! 一般クラス入部ならウチのキャプテンもそうっすよ? 一般クラスのレギュラーは俺とキャプテンだけだから、この練習放棄も俺なりに考えて休むんっすよ?」
「…………不安に思うなら、まだ投げ込んで練習に皆と一緒に付き合ってもいいぞ?」
監督が試すようにそう答える。
切間があっけらかんとした言動で返答する。
「うっす! 次の相手は四番だけ強いから、打たれたらそいつだけ敬遠します。後は抑えれば楽勝っすよね? んじゃ帰るんで―――」
そう言って、切間は帰っていった。
佐伯が後ろから声をかける。
「切間さん―――! そんな打たれたら敬遠に切り替えるとか、投手として志が低すぎますよ! もっと野球に真剣になってください! 監督もこれで良いんですか?」
監督が考え込むように腕を組んで、無言で俯く。
切間は無視して、更衣室に入っていった。
更衣室のドアを閉めると同時に―――監督が口を開く。
「佐伯―――今年も一昨年もベスト16にはなったが、今回は四回戦分を合わせて、他の投手がお前のリードで活躍したが―――全体として厳しい試合だった。ウチが実力主義なのは知っているだろう?」
監督の言葉に佐伯は戸惑いながらも頷く。
監督が話を続ける。
「はっきり言って、不作の年が連続で続き―――その上三年生になる捕手を二年の時に怪我で退部した。北海道の名門シニアの一つである切間が一般入試でそのまま野球部に入ったことで、ここまで安心して勝ち上がれたのもある。正直嬉しい誤算だった」
「でも監督―――切間さんがあんなんじゃあ、他の高校に勝てないですよ。ましてや兵庫の四強でもあるのに、残りの四強である三校に舐められますよ。なんとかやる気を出させてくれませんか?」
佐伯の不安な言葉に監督が渋る顔をする。
「スポーツ推薦組なら夜までとことんやらせるさ。だが、切間は一般入部組―――校内規則でそれは出来ない。保護者から前の正捕手の怪我のこともあって、苦情が来てから練習時間も一般の生徒に対しても分けるように学校側から決められている」
監督の言葉に佐伯が悔しそうな顔をする。
その心情を察したのか、監督が肩に手を置く。
「切間抜きでは厳しいが、お前があいつを変えてくれれば練習にも熱を入れるだろう。監督の私から言えないのが、申し訳ないがな」
「…………」
佐伯が握りこぶしを作り、唇を歯で少し噛む。
監督が佐伯の気持ちを汲み取って、話す。
「お前は来年もある―――すでに来年の為の優秀な選手をスカウトが取りに来ている。来年の選手層は良い選手が多い。来年から強くなるぞ―――耐えるんだ」
「監督―――解りました。今度の試合で他の二人の投手を起用しないというのなら、俺も素振りや走り込みに入ってきます」
「佐伯。お前を四番にしたのは人材不足だからじゃない。選球眼を持っているから、来年の上位打線の一角として選んだことを忘れるな」
「はい! スポーツ推薦組としてレギュラーになったからにはレギュラー外の先輩たちの気持ちにこたえるために頑張ります。免除した学費分を大会で自分の為にも母校の為にも勝ちに行きます!」
「切間と違って、お前は責任感を持ちすぎる。プレイの幅を狭めるようなことはするな。―――試合で気負いすぎるなよ」
監督の言葉に佐伯が頷いて、その場を離れる。
佐伯がレガースを外しているときに声を掛けられる。
「手伝おうか?」
その声で佐伯が顔を上げる。
ニュアンスパーマの髪型のメガネの上級生の顔を見る。
部内でスポーツタイプの四角い眼鏡をかけているのはキャプテンだけだった。
佐伯が眼鏡を見て、名前を呼ぶ。
「三岳キャプテン! ありがとうございます。レガース手伝ってください」
キャプテンでレフトの三岳が座り込み―――佐伯のレガースを外していく。
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