第354話
言葉の意味合いが違ったのか、久遠寺が笑顔になる。
「そうですよね。でも必死になるのも良いですけど、休むのも選手の練習には必須ですよ」
「久遠寺さん。ドネルケバブありがとう。俺―――負けていった奴らの為に甲子園に行きます。レギュラーになったからには―――」
そうなったからには不条理な勝負の世界で勝ち残る。
たった一つの彼らだけがその恩返しができるのだ―――。
レギュラーのユニフォームを着れなかった悔しさが勝つが―――。
レギュラーで負けた悔いの方が残る。
陸雄は後者を思い、決意した―――。
久遠寺は優しく力のある顔で頷いた。
「僕もそのつもりで勝ちにいきますよ。―――居候先の家がここの近くなので僕は帰りますね。そんな押し込むように抱えたら、みんなかえって気を遣っちゃいますよ?」
「そう、かもね―――。俺、走り込みます。久遠寺さん、この味は忘れません。目が覚めました。ありがとうございます!」
陸雄が深く頭を下げる。
目に少し熱い涙が残る。
(俺はなんて失礼なことを野球でしていたんだ。レギュラー取るのに命がけでやって人らを無意識に足蹴にしていた。けど、勝ちたい―――失礼だけど勝ってこの気持ちにも勝ちたい―――)
陸雄の気持ちに久遠寺は少しだけ優しい綺麗な顔を見せる。
「レギュラー取るよりも後になって取られて、ホッとするもの野球かもしれませんけど―――甘い世界じゃないですもんね。僕も頑張ります」
陸雄が顔を上げる。
「試合出来る機会があれば―――俺投げます! どこまでも投げたい。みんなの為に自分の何かに答えを出すために一球一球投げたい―――です」
陸雄が少し泣き声で最後に声を濁す。
「僕も陸雄さんと試合がしたいです。時々食べるドネルケバブがこんなに暖かい味だとは思いませんでした。それでは―――僕も自主練に入るので―――」
久遠寺がそう言ってドネルケバブを食べ終える。
「さよなら―――久遠寺さん―――俺、頑張ります」
「さようなら、陸雄さん。甲子園にお互い目指してどこかで試合しましょう」
そう言って、久遠寺がレトリバーを連れて去っていく。
陸雄がドネルケバブを食べ終えて、夜空を見る。
(宇宙から見たら―――この大きな世界で俺は野球をしている国々の人々と同じだ。上から見れば小さな点だ。だけど点には点の個々の意地がある。熱い投手で上等だ―――)
陸雄が走り始める。
「―――勝ちに行く。野球をするみんなの思いを乗せて、俺は勝ち残る!」
陸雄の一歩一歩の走りが力強く地面を踏みこむ。
涙と汗を切り裂く夜空に落として、ただ―――ただ、走る。
その球児の背中は甘さを消して、全力になりたい背中だった。
陸雄は河川敷に着いて、筋トレを始めた。
たまたま走っていた真伊已が下にいる陸雄を見る。
陸雄が必死に筋トレをする光景を汗を流して、真伊已も見る。
「あれは勝ちを意識する球児の目じゃないですね。背負い込んだ重圧を受け入れて消化したい球児の熱さだ」
真伊已が誰に言うわけでもなく、下にいる陸雄を見て―――そう呟く。
「来年の大森高校は秋季大会への新チームが始動したウチの高校達と違って、強くなる。まだ見ぬ強敵に挑むその姿に俺も負けてはいられないですね」
真伊已がそう思い、折り返し地点まで走っていく。
(彼らに―――負けて良かった。勝った年下の球児が今こうしてあんなにも強い闘志を出している)
真伊已のつぶらな瞳がキラキラッと一瞬だけ輝く。
「陸雄さん―――あなたは目に見えない何かに戦っているんですね。甲子園に行くことに貪欲になってください」
真伊已がそう言って、気付かない陸雄から走りつつ離れる―――。
陸雄が歯ぎしりをしながら、汗を流し―――腕立て伏せをする。
「乾―――お前が一年前に行った甲子園に……俺もレギュラーになれなかったみんなや負けて泣いていったあいつらのために行きたい! レギュラーだからこそ……一番(エース)の重みを厳しさを俺は知って、勝ちたい!」
陸雄は腕立てを終えて、腹筋を始める。
その先にある星々の夜空に負けていった球児たちを描きながら―――。
陸雄は筋トレを終えて―――家まで走って帰る。
家に帰った球児の背中は力強いが実家への温かさに対する幼さを残し―――玄関に上がる。
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます