第332話
試合場の外―――。
大森高校のメンバーはバス前で集まる。
隣に千羽鶴を灰田に渡した淳爛高等学校がいた。
真伊已と張元が大森高校側に移動する。
中野監督が反省点を言う前に押し黙る。
張元がハインの前に立つ。
「ハインきゅん! 俺っち達の負けだ―――だけど、君が好きだぁ! キス……いえ、付き合ってください!」
張元が帽子を脱いで、深く頭を下げる。
「ノー!」
ハインがコンマ一秒で断る。
「う、うわああああん! 野球と彼女! 二つとも負けちまったぁー!」
張元が泣きながら―――別の意味で泣く淳爛高等学校野球部に戻っていく。
陸雄があっけにとられる。
「なんなんだ―――あいつ?」
「次の試合頑張ってください、ね。また来年―――」
真伊已が松渡に声をかける。
陸雄がムッとする。
(何だよ? 俺が中継ぎで投げたのに―――ちぇ!)
「僕、来年は野球部にいないんですよ~」
松渡の言葉に真伊已が黙り込む。
追求せずに会話を続ける。
「―――それは残念、です」
「はじめん、帰ろうぜ。中野監督に怒られるぞ?」
陸雄が松渡と隣で肩を並べる。
真伊已が陸雄に手を出す。
「なんだよ? お情けの握手なら―――別にしなくても―――」
「―――しませんよ」
「はぁ! あんだけ試合したのに? 断られても普通するとこだろ?」
陸雄がカッとする。
「陸雄~。無茶苦茶なこと言ってるよ~?」
松渡の突っ込みの中で―――真伊已が差し出した手を開く。
アクセサリーが手のひらにあった。
「これを……どうぞ」
「―――へっ?」
真伊已の言葉に陸雄がキョトンとする。
「良いアクセサリーですね~!」
隣の松渡が嬉しそうに見る。
「―――ハンドメイドです」
「ええっ~! 凄いな~。野球以外でも手先器用なんですね~」
赤の石を基調としたアクセサリーを陸雄が受け取る。
「あ、ありがとう…………ございます?」
「なんで疑問形なんですか?」
真伊已がやや怒り気味に陸雄に答える。
陸雄が照れながら、アクセサリーを握る。
「いや、意外だったので―――悪いけど、このペンダントは幼馴染にプレゼントします」
「―――陸雄さん」
「はい、なんですか?」
陸雄が完全に真伊已に飲まれた状態で答える。
「俺にあれだけ打たれるようじゃ―――ピッチャーとして厳しいですよ」
真伊已がつぶらな瞳で真っ直ぐに見て、そう言った。
「ううっ……! ―――精進します」
今回の試合を思い出したのか―――陸雄が考え込む。
(確かに打たれてたけど―――他の打者にも打たれてたよな? はじめん居なきゃ負けてたかも? いや、灰田がいたから途中から結構投げれたし―――実際はどうなんだろ? う~ん?)
考え込む陸雄に―――真伊已が続けて声をかける
「甲子園の試合にマウンドで映ってることを願います」
「へっ? あ、ああ! はいっ! もちろんっすよ!」
真伊已が言った言葉に―――陸雄が驚く。
―――甲子園。
その言葉で陸雄が何とも言えない表情をする。
「勝ったのはあなたですよ? なんて顔してるんですか?」
真伊已の言葉で陸雄が調子を取り戻す。
「お、おう! 俺が甲子園行ったら、グリーンピースは食べるようになっておけよ!」
「ダメなものはダメです。打たれるコースに投げるようなものですから―――」
真伊已がはっきりとそう言った。
「そんなこと誇らしげに言い切るなよ……」
「陸雄~。僕も最後アウトとはいえ―――打たれてたから、気にしない方が良いよ~」
松渡がそう言って、陸雄の肩を叩く。
「―――それでは」
真伊已が背中を向けて、歩く。
「…………」
陸雄が色々思うところがあるのか―――今日の試合の内容を思い浮かべる。
「ああ、陸雄さん―――最後に―――」
真伊已が流し目で振りかえって―――人差し指を斜め上に指す。
「―――俺これでも人を見る目はあるんですよ。あの夜炊きつけたかいがったありました。甲子園―――楽しみにしてますよ」
「―――ッ!?」
陸雄がそれにビックリする。
真伊已は反応を見ずに―――メンバーの集まるバス前に走っていく。
「あの夜~? 陸雄、面識あったの~? 聞かせてよ~」
松渡が首を傾げて、陸雄を見る。
「いえ、特に語りたくないが―――今日になって食えない人だと思ったよ!」
陸雄がアクセサリーを握る。
「―――ったく! これはこれで良い思い出になりそうだぜ。大事にすっかぁ! 行こうぜ、はじめん。四回戦の相手に向けて―――練習するぜ!」
「そだね~。行こうか~!」
夏の日差しを浴びながら、バス前に走っていく。
※
「―――おしゃべりも結構だが、バスでの遅刻はダメだ。お前達―――放課後にハインと朋也様と一緒にグラウンド追加で三週だぞ」
中野監督の怒りの言葉で―――陸雄と松渡がガックリとしつつも―――笑う。
(乾―――またひとつ―――勝ったぜ! 待ってろよ! その先の甲子園行くからな! ……甲子園……ここから近いけれど―――なんだか遠くに感じる―――)
甲子園のぼんやりとしたイメージの中で、陸雄はバスに乗る。
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