第328話
「八回の裏―――大森高校の攻撃です―――。一番―――キャッチャー、ハイン君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
(ハイン・ウェルズを抑える方法は解った―――後は俺たちの打線だけです―――)
捕手がキャッチャーボックスに立つ前に―――真伊已が言った言葉―――。
そのリードを真伊已から聞いた捕手は考え込む。
ハインが右打席に立つ。
「―――プレイ!」
球審が宣言する。
ハインが構える。
(守備位置に着く前に―――真伊已が俺に言った通りなら―――その通りにサインを変えるしかないか)
捕手がサインを送る。
真伊已が頷いて、セットポジションで投げ込む。
指先からボールが離れる。
外角高めにボールが飛んでいく。
ハインがタイミングを合わせて―――スイングする。
打者手前でボールが右に曲がりながら落ちる。
初球―――スローカーブ。
ハインがバットの軸上にボールを当てる。
ファーストを越えた―――白線の外側にボールが飛んでいく。
「ご来場の皆様は―――ファールボールにご注意ください―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
スタンドにボールが入っていく。
捕手新しいボールを審判から受け取る。
(確かに振ってきたな―――、けど真伊已―――ここからなんだろ?)
捕手が真伊已に送球する。
ハインが構え直す。
座り込んだ捕手がサインを送る。
(ええ、ここからです―――このスローカーブが正解なんですよ―――)
真伊已が投球モーションに入る。
リリース直後に高めのボールが大きく落ちる。
(マイノミが二球目にパームボール? 先のスローカーブとほぼ同じ速度―――)
ハインがハッとする。
真ん中にボールが飛んでいく。
打者手でそこからさらにボールが揺れなが落ちる―――。
ハインが見送る。
捕手のミットにボールが収まる。
「―――ストライク!」
球審が宣言する。
スコアボードに106キロの球速が表示される。
捕手が返球する。
(真伊已の言ったように振ってこなかった―――)
真伊已がキャッチする。
「やはりか―――」
真伊已がぼそりと呟く。
ハインがツーストライクに追い込まれる―――。
中野監督が何かを察する。
「む! そうか、確かにパームボールでしかそれは成立しないな―――」
灰田が中野監督の言葉に顔を向ける。
「なんだよ、中野? パームボールあったとは言え―――スローボールが二回続いただけだろ?」
「智也様―――ハインはパームボールもあるとはいえスローボールの連投は想定していないんだ」
ベンチの陸雄が立ち上がる。
「中野監督。どういうことですか?」
捕手がサインを送る。
真伊已が構える。
「高めの錯覚を意識させるパームボールだからこそ―――球速でも意識させるリードがある―――」
中野監督の言葉にベンチのみんなが黙り込む。
「それはつまり―――」
九衛が言い終える前に―――。
真伊已の指先からボールが離れる。
リリース直後に高めのボールがまた大きく落ちる。
「―――これはっ!」
ハインがハッとする。
横回転が加わってスライダー気味に変化する―――。
―――打者手前でボールが左に曲がりながら小さく落ちる。
ハインが振り損ねる―――。
捕手のミットにボールが収まる。
「―――ストライク! バッターアウト!」
球審が宣言する。
スコアボードに110キロの球速が表示される。
ハインが三球三振で打席を離れる。
「―――捕手であり打者でもある金髪に一度だけ通じる。そういう配球でもあるってことっすか?」
九衛がそう言って、中野監督が頷く。
「この分じゃ―――紫崎にも分が悪い―――。サインを変えなくては―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「大森高校―――二番―――ショート―――紫崎君―――」
紫崎が打席に立つ。
中野監督のサインに―――ヘルメットに指を当てる。
(初球からスローカーブを投げてくる? ネクストバッターサークルでハインもそう合図してたが―――)
紫崎が構える。
(次のイニングで俺達が打席で逆転すれば四回戦に行ける。ハインさんに通じるなら―――紫崎さんにも通じる。―――その為にもまずはここを抑える)
捕手が真伊已の指示したサインを送る。
(真伊已―――お前はウチの部で一番優秀な投手だ。もし延長になるようなら、今日不調の三年達を使う。俺から監督に言うからな―――お前の肘のためだ。―――それでいいな?)
それも含めたサインに真伊已が頷く。
(ええっ―――延長戦に持ち込めれば、前戦完投の松渡さんには不利になる―――。その時は俺たちの勝ちです―――)
真伊已が投球モーションに入る。
指先からボールが離れる。
内角中央にボールが飛んでいく―――。
(フッ、初球は―――当てる!)
紫崎がスイングする。
打者手前でボールが右に曲がりながら―――落ちる。
紫崎のバットの軸上にボールが当たる。
カキンッという金属音と共にボールが高く飛ぶ。
そのまま左中間を抜けていく―――。
紫崎がバットを捨てて、一塁に走る。
センターがボールの落ちる位置を予測して―――走る。
スタンドのギリギリにセンターが背を向ける。
紫崎が一塁を蹴り上げる―――。
センターが落ちてくるボールを捕球する。
「―――アウト!」
審判が宣言する。
「不味いな―――ここに来て、俺も抑えるとは……フッ、だが九衛なら打ってくれるか―――」
紫崎が一塁から、そのままベンチに戻っていく―――。
センターが送球する。
真伊已がボールを受け取る。
(ほら、俺はこんなに強い―――この位の点差―――野球じゃ逆転もあるんですよ?)
真伊已がキャッチャーボックスを見る。
(九回を投げ終えたら、交代―――。延長戦に持ち込めば勝てる―――!)
真伊已のつぶらな瞳に投手としての光が宿る―――。
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