第282話

 真伊已がキャッチして、ボールをマウンドに置く。

 二回裏がここで終わる。

 10対9で大森高校の1点差の敗勢。

 淳爛高等学校のレギュラー達がベンチに戻っていく。

 張元が真伊已に声をかける。


「中々良いピッチングだったぜ」


「皮肉のつもりですか? この俺がこのイニングで5点も取られたんですよ?」


 張元がハッと笑う。


「細かいことは良いんだよ! 俺っち達のチームが1点差で勝ってんだから気にすんなよー」


 真伊已がつぶらな瞳で不機嫌そうに張元を見る。


「張元さん―――この状況で危機感を感じてこそ一流に近づけるんですよ。―――対策を練らないと不味いですね」

 

「俺っちが点を取っていくから気楽に投げろや。図太く投げてこそ一流かもしれないぜ?」


 そのまま二人はベンチに戻っていく。



 三回の表が始まる前にウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「選手の交代をお知らせします。ピッチャー灰田君に代わって、セカンド岸田君。―――続いて、ポジションの交代です―――センターに灰田君。セカンドに九衛君が変わります―――」


 大森高校のベンチがグローブやミットを着けながら、準備をする。


「さーて、いよいよ俺の登板だな。ハイン。バッテリーとしての資質をこの試合で答えだしちまおうぜ!」


 陸雄が捕手のレガースを松渡に付けてもらっているハインに話す。

 捕手のヘルメットとマスクを着けたハインが答える。


「リリーフはハジメだ。七回まで投げるんだから、いつもより球速つけて大丈夫だ」


 中野監督が言っていたことをハインが答る。


「僕は二回だけ投げればいいし~。延長戦にならないように気を付けるだけだね~」


 松渡がハインのレガースを着け終わる。

 灰田が投手用のグローブから野手用のグローブに付け替える。


「投げた俺が言うのもなんだけど、肩作りしないで投げたから―――ブルペンが居たと居ないとじゃ大きく変わってたかもな」


 灰田の言葉にベンチの二年達が黙る。


「ブルペン無しで人数不足―――実戦で肩作りながら抑える。不条理つーか、投手ってきついんだな」


 灰田が言葉を続ける中で―――。

 陸雄が灰田の肩をポンッと叩く。


「気にすんな。灰田にはカーブとはじめん仕込みのナックルボールが次の試合から使えるようになるかもしれないし、お前ならそのくらいのハンデ余裕だろ」


 九衛も言葉を添える。


「チェリーの言うとおりだ。チンピラ野郎は今回の試合は残りのセンターと打席だけ集中しとけばいい」


「お前達。次のイニングが始まるんだ。しっかり守ってこい」


「「はいっ!」」


 中野監督の言葉にメンバーが声を上げて、ベンチから出ていく。

 陸雄が走る中でグローブを見る。


(真伊已に打席だけでなく。投手戦も勝ちいく―――。バッテリーの資質をここで見せてやるんだ!)


 そのまま陸雄がマウンドに着き、ボールを拾う。

 メンバーが守備位置についていく。

 陸雄がハインと軽い投球を終えた後に―――ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「三回の表を始めます―――淳爛高等学校の攻撃―――四番―――」


 四番打者が打席に入る。

 相手校の監督がサインを送り、四番打者が頷く。

 陸雄がボールを握って、考える。


(灰田からホームラン打った奴だぜ。ハイン―――どうする?)


 四番打者が構える。


(トモヤの投球で変化球慣れしていない。だが警戒はするだろう―――敢えてここは―――)


 ハインがサインを送る。


(そりゃまた思い切ったリードで―――打たれても文句言えんぞ。まぁ、投げるけどな―――)


 陸雄が頷いて、セットポジションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。


(こいつの球はさっきの投手と同じ速度だな―――打てる!)


 四番打者がスイングする。

 真ん中やや低めにボールが真っ直ぐ飛んでいく。

 バットの芯付近にボールが当たる。

 カキンッという金属音と共にボールが投手の頭上を越える。

 四番打者がバットを捨てて、走る。


「トモヤ! ふたつだ!」


 ハインが声を出す。


(わざと灰田と同じ速度で投げさせて―――しかも初球打ちさせてのにツーベースにさせる理由ってなんだ?)


 陸雄が後ろを振り向いて、そんなことを考える。

 フェンス下の緑色の壁にボールがぶつかり、バウンドしていく。

 センターの灰田が走って、そのボールを捕る。

 四番打者が既に一塁を蹴り終えて、二塁に走る。


「投手の時と同じ―――」


 灰田がテークバックする。


「―――野手ならではの遠投のストレートを投げ込む!」


 灰田の指先からボールが離れ、送球する。

 セカンドの九衛が塁を踏んで捕球体制に入る。

 四番打者がスライディングする。

 打者が塁を踏み終えた後に―――ボールがグローブに入る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。


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