第268話

(あの灰田という投手はストレートばかりですね。速球派にしては技巧派の松渡と陸雄と比べて、遅いし制球がやや悪い)


 星川が灰田に送球する中で、真伊已は考える。


(一体なぜ彼をマウンドにあげるんだ? それに―――)


 真伊已は灰田をじっと見る。


(―――気のせいか、ストレートの速度と軌道がここにきて変わり始めている気がする。緩急にはバラツキがあるが……)


 そんな思惑の中で―――ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「淳爛高等学校―――二番―――」


 二番打者が打席に立つ。

 ボールを受け取った灰田がハインを見る。


(ハインの奴、なんか色んなコースにストレートを投げさせている気がするが、しかも緩急の要求までしてくるし―――)


 ハインがサインを送る。


(なんつーか、打たれてばかりなのに不思議と落ち着いてきたな。―――ハインのリードはまるで、何かの実験のようだ―――)


 灰田がサインに頷く。

 灰田がクイックモーションで投げ込む。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛んでいく。


(内角? 窮屈なところに―――)


 二番打者がスイングする。


(―――投げてくんじゃねぇよ!)


 詰まった打球で二番打者が打ち返す。

 金属音と共に三遊間に飛んでいく。

 真伊已がすでに走っており、ホームベースに向かう。

 紫崎が上空に飛んでいくボールをグローブで捕りに行く。

 しかし、ボールはグローブの端にぶつかり、地面に落ちる。


「坂崎! 取りに行くな! 塁を踏んでおくんだ!」


 陸雄が声を上げる。

 坂崎は慌てて三塁を踏む。

 紫崎がボールを拾う。


「タカシ! よっつじゃない! ふたつだ!」


 ハインが声を出すころには真伊已がスライディングしながら、ホームベースをタッチする。


「追加点……頂いていきますよ」


 紫崎はテークバックで投げ込む。

 そして二塁に向かって、送球する。

 既に一塁ランナーが二塁にスライディングする。

 打者は一塁を蹴り上げて、通過した。

 塁を踏んだ陸雄が送球されたボールを受け取ると同時に―――。

 二塁ランナーも塁をスパイクの先端で触れていた。

 塁審が僅かな間で―――。


「―――セーフ!」


 そう宣言した。

 スタンドの歓声が上がる。

 淳爛高等学校に10点目が入ったのだ。


「これで6点差で俺たちが優位に立ちましたねぇ」


 真伊已が立ち上がり、ハインに話す。


「名捕手さん……それでも勝てると確信してますか?」


 真伊已の言葉にハインは立ち上がり―――無表情で答える。


「勝つさ―――二回表で負けを認めるバカはいない」


 ハインの言葉に真伊已はフッと笑う。


「ハイン・ウェルズ―――やはり面白い選手だ。こっちはコールド狙いで楽しみにしてますよ」


 そう言って、真伊已はベンチに戻っていく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る