第240話

(左打席で芯に当てずに外野フライを誘う、か―――ハイン、おっかねぇ策だぜ?)


 灰田が腰に手を当てて、ハインを見る。

 ハインは表情を変えずに座り込んだままだった。

 その間に―――錦がサードの坂崎に中継する。

 しっかり捕った坂崎が灰田に送球する。

 灰田がキャッチして―――ゆっくり構える。


「淳爛高等学校―――七番―――ピッチャー。真伊已君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 真伊已が左打席に立つ。

 捕手位置のハインに顔を見せずに話す。


「論理的なリードを好むと思いましたが―――思い切りの良い丁半博打もお好みみたいですね」


 そう言って、真伊已はバットを構える。

 ハインは聞き流している。


「俺には彼の変化球は通用しませんよ。疑うなら……試してみたら―――どうです?」


「…………」


 ハインが気にせずにサインを送る。

 灰田がクイックで投球モーションに入る。

 真伊已がジッとフォームを見る。

 やがて指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。

 真伊已は体を一歩後ろに引く。

 ボールは真伊已の顔の辺りで捕球される。


「―――ボール!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに125キロの球速が表示される。


「フッ、相手をムキにさせてのボール球か―――あんな好戦的なハインを見るとはな―――」


 ショートの紫崎がハインを見る。

 立ち上がったハインに真伊已がぼそりと呟く。


「俺って、意外と冷静ですから―――そんな古典的な煽り球は通じませんよ」


 ハインは返球する。


「冷静なだけじゃ―――野球は出来ないさ。マイノミ」


 ハインはそう言って、座り込む。

 灰田がキャッチする。


「ほう……それはそれは……見物ですね」


 真伊已がゆっくりとバットを構える。

 センターの九衞がゆっくりと腕を回す。


「次のバッターはチェリーが向きになってた例のピッチャーか―――。んー、チンピラ野郎―――打たれかっもなぁ―――」


 そう誰にでもいう訳でもなく―――直感で言葉が出る。

 ハインがサインを送る。

 灰田が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 外角と真ん中の中間の位置にボールが低く飛んでいく。

 真伊已は半歩踏み込んで、スイングする。

 打者手前でボールが右に曲がって落ちていく。

 その変化したカーブの位置と同時に―――バットにボールが当たる。


「相手にとって初見のカーブを打たれたっ!」


 星川が驚く。

 ボールは三遊間に飛んでいく。


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