第190話
健之がバットを軽く素振りする。
「去年の三年生の主力は引退して、付属の大学に進学したしな。あの時の三年生は黄金世代だの騒がれたが、俺は甲子園でも中継ぎだった。俺もその中に入っていると言うことを世間は忘れている。今年は先発で甲子園まで挑みたい」
ブンッとバットをスイングして、紫崎健之は隣の乾に話す。
乾たちの芝原咲高校(しばはらさきこうこう)は付属大学がある。
スポーツ推薦で来た乾達は高校野球が終わったら、大学野球が待っている。
乾と健之以外の選手達は大半が外国人選手―――すなわち県外からスカウトで集まった精鋭だ。
彼らは乾達と一緒に寮生活を送っている。
乾もバットを構える。
「―――そうだな。去年のレギュラーはほとんどが三年生だったな。俺も七番打者で甲子園に行ったが、今年は俺らの主力の時代だ。キャプテンの俺としてもチームを引っ張っていかなきゃな!」
そう言って、乾は音の良いスイングを行った。
「去年の春夏連覇を達成できたのは俺達の先輩のおかげ―――その概念を崩す夏にしなきゃな」
乾がそれを聞いて、ニヤッとする。
「監督の話じゃ決勝までお前を出来る限り温存するって言ってたしな。ベスト8から投げさせるようだし、完投する予定の決勝で期待してるぜ。 あっ! やべっ! 噂をしたら来たぜ!」
乾の言葉に監督が室内練習場の入り口で腕を組む。
「お前達、期末テストが終わったばかりだからって、個人練習はほどほどにしておけ! 朝練で効率よく鍛えてやるんだから余計な事はしないで休んでおけ」
監督の声が聞こえて、乾達は個人練習を中断する。
「うっす! ちょっと気合い入れてたところっすよ。すぐ休みます―――行こうぜ、健之」」
乾がそう言った時に―――監督は納得したのか去っていく。
その後に健之が聞こえるようにぼそりとあるワードを言う。
「―――大森高校の岸田陸雄」
背中を向けた乾は少しだけ眉をピクリとさせる。
健之はバットをケースに入れて、話を続ける。
「なんだかんだで三回戦まで残ったな。抽選会でお前がこだわっている弱小高校―――錦以外眼中に無いと思っていたが、勝ち続ければ高校野球の決勝で当たるな」
「…………」
乾は複雑な表情で黙り込む。
気にせずに健之が話を続ける。
「弱小野球部の名誉挽回などと騒がれているようだぞ? 案外俺達が上がっていく決勝で良い勝負するかもな?」
それを聞いた乾が鼻で笑う。
「あいつが? 俺達と決勝で当たる? ははっ! 笑っちゃうな。なら俺は実力であいつが勝つことはないって証明させてやるよ!」
乾はそう言って、健之を真っ直ぐ見る。
自信と確信に満ちた闘志の籠った瞳だった。
「子供の頃によたよたついて来たあいつが俺と同じ甲子園に近づけると勘違いさせているようだが―――近づけさせやしないぜ!」
そう言って、乾はバットをカゴに入れて、去っていった。
(クククッ……! 随分と意識しているようじゃないか? 岸田陸雄か、乾をここまで熱くさせるとは甲子園以来だ。中々面白い存在だな。 ああ、そういえばアイツもその野球部だったか……)
健之は弟の隆の顔を浮かべて、口角を歪ませる。
「あいつにも徹底的に思い知らせてやる。野球において兄より優れた弟なんて存在しないことをな。クククッ……! はたして決勝まで上がって来れるかな? 上がってきても潰してやる。積み上げてやった野球の自信をここ一番で俺が壊してやる……必ず、必ずな」
紫崎健之は歪な笑みを浮かべて、暗い笑いを響かせながら室内練習場を後にした。
※
夜の八時頃―――陸雄は清香の家で勉強を終える。
「はーい。じゃあここまでやっておけば明日も試験は大丈夫だよー♪」
清香の声で陸雄が肩の力を抜く。
「ふぃー。普段よりみっちりやったなぁ。冷蔵庫に入れてるケーキ食べてもいいんじゃないか?」
「そうだね。じゃあ、持ってくるよ。お母さんが陸雄が久しぶりに家に来たから、チョコパイあげるってさ」
そう言って、清香が机から立ち上がる。
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