第133話
戸枝が帽子を上げて、先輩捕手を見る。
捕手はミットを真ん中に当てて、黙って立っていた。
「―――くっ!」
戸枝が投球モーションに入る。
錦はそれでもバットを構えたままだった。
一塁にいる九衞が腰に手を当てて、ニヤッとする。
「へっ、俺様と勝負して錦先輩は敬遠か。まぁ、それでもあの先輩はバットを構えている―――打席勝負がしたかったんっすよね。どんな投手にも真剣に挑むその姿……ただの天才じゃねぇ―――骨のある天才だ」
九衞が錦を見ながら話す。
錦には聞こえないが相手のファーストは黙って聞いていた。
センターのジェイクが興味深そうに錦を遠くから見る。
「―――ボールフォア!」
四度目のボール球を球審が宣言する。
錦がバットを置いて、ゆっくりと一塁に向かう。
紫崎と九衞もそれぞれ次の塁にランニングする。
紫崎が三塁に九衞が二塁、そして錦が一塁を踏む。
満塁となる。
「大森高校―――五番、ファースト―――星川君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
ネクストバッターサークルから星川が打席に移動する。
「さーて、僕がここで打ってランナー返さなきゃいけない大任を任せられましたね。戸枝さんの変化球に早速慣れ始めてきた気がします。これも古川マネージャーのおかげですね」
星川が目をキラキラさせながら、左打席に立つ。
中野監督がサインを出す。
それをチラッと見た星川がヘルメットに指を当てる。
「―――プレイ!」
審判が宣言する。
星川がバットを構える。
(戸枝―――ここからは敬遠はしない。その溜まった怒りをここからぶつけてやれ)
捕手がサインを送る。
戸枝が力強く頷く。
そして投球モーションに入る。
星川がじっと観察する。
(ん? なんでしょう? 戸枝さんの投球モーションがタイミングが遅いのは解るのですが―――変化球が初球から来ない気がします―――理由は解りませんが打者の勘ですかね?)
星川がそう思った刹那―――戸枝の指先からボールが離れる。
外角やや低めにボールが飛んでいく。
星川がタイミングを合わせて、スイングする。
打席手前の変化しないストレートをバットで捉える。
カキンッと言う金属音と共にセンター方向に飛んでいく。
三塁でリードを取っていた紫崎が走る。
星川が一塁にバットを捨てて、走る。
センター手前でボールがバウンドする。
「ジェイク! よっつだ!」
捕手が叫ぶ。
(ホームベースに中継せずに投げるだと?)
九衞が三塁に向かって走りながらそう思う。
「オーケーヨ! オカチマチ!」
捕球したその瞬間―――ボールを持った腕を振り上げる。
そして鉈のように素早く振り下げると―――ジェイクがレーザービームの様な返球をする。
弾丸のようにボールがセカンド上空を越えて飛ぶ。
「早い―――間に合うか!?」
中野監督が声を漏らす。
紫崎がスライディングするのと同時に捕球した捕手がタッチするのがほぼ同時だった。
ジェイクの投げた球は紫崎の足より早かった。
だが捕手が上から下にいる紫崎にタッチするモーションまでが僅かに遅い。
「―――セーフ!」
審判が宣言する。
観客席から普段以上の歓声が上がる。
大森高校に7点目が入る。
スコアブックを書き終えた古川が中野監督に話す。
「センターのジェイク君。データ以上に凄い肩してますね。あとちょっとで紫崎君がアウトでした」
「そうだな。これでセンター付近には迂闊に打てなくなった。バッテイングコントロールが出来るのは錦を除いてハインと九衞だけだ。紫崎はまだ厳しい。そして朋也様は当てることから始めるべきだ」
「中野―――さりげなく心に来ること言うな。三倍働いてんだから仕方ねぇだろ」
ネクストバッターサークルに移動する灰田がガッカリと肩を落とす。
「灰田~。ネクストバッターサークルに移動するのはちょっと早いかな~?」
ネクストバッターサークルに立っている松渡がバットを持って、灰田に話しかける。
「―――はじめん、そりゃ何でだよ? 星川打ったんだから、次はじめんだろ? はよ、移動しろって」
「そうだけど~、相手の捕手がタイム取ってる~」
「えぇ……」
困惑した灰田がマウンドを見る。
捕手がタイムを取って、マウンドに選手が集まっている。
「伝令も来ているようだな」
中野監督が腕を組みなおす。
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