第125話


「―――プレイ!」


 審判が宣言する。

 捕手がサインを出す。

 戸枝が頷いて、セットポジションで投球モーションに入る。

 そのまま指先からボールが離れる。

 外角高めにボールが飛ぶ。


(一流はバットを振らない。ワシの野球哲学だ)


 打者手前で左に曲がりながらボールが落ちていく。

 ミットにボールが収まる。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに101キロの球速が表示される。

 ベンチの古川が中野監督に話す。


「スローカーブを初球から投げて来ましたね」


「遊び球は無いにしても警戒しているんだろう。変化球の投げ過ぎで後半からコントロールが落ちれば良いのだが―――」


 そう言った中野監督はサインを送らずに座り込んでいる。

 戸枝がボールを受け取る。

 捕手次のがサインを出す。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛ぶ。

 そのまま左に曲がりながら深く落ちていく。

 捕手が捕球する。


「―――ストライク!」


 球審が宣言する。

 中野監督が相手の配球を分析する。


(二球目はシンカーか―――随分と変化球に頼るリードだな)


 捕手が返球する。

 戸枝がボールを受け取る。

 スコアボードに113キロの球速が表示される。

 捕手がサインを出す。

 戸枝が頷いて、投球モーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛ぶ。


(ぬぅん! これは変化球じゃな。ワシには解る)


 ただのストレートだった。

 変化しないままミットにボールが収まる。 


「―――ストライク! バッターアウト! チェンジ!」


 球審が宣言する。

 スコアボードに109キロのが記録される。

 戸枝が安堵する。


「どうやら8番と9番打者は打者としても穴みたいだな」


「戸枝、長い一回をよく投げた。休んでおけ!」


 捕手がベンチに向かう際に戸枝に声をかける。


「解りました、先輩! でも俺、六番打者なんで走らされると思いますよ」


 戸枝もベンチに向かいながら先輩捕手に答える。


「命拾いをしたことに相手の投手は気づいていないとは浅はかなことよ」


 そう呟いた駒島は目を瞑って、ニヤリとする。


「おい! 長野のキモオタデブ! ニヤけながら千鳥足で歩いてんじゃねぇぞ! さっさとベンチ戻って守備の準備しろ! 殺すぞ!?」


 灰田が怒鳴る。

 駒島は早口で気持ちの悪い宇宙人じみた言葉にならない意味不明な言語を叫ぶ。


「ちょけらけぷよしよ! みやこじま、ほんほんこーつおん!?」


 顔が真っ赤だった。


「―――あ?」


 灰田がガンを飛ばしたので、駒島は顔を背けて無言で小走りになる。



 メンバーが守備位置について、二回表になる。


「二回表―――西晋高校の攻撃です。四番―――センター、ジェイク君―――」


 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。

 ジェイクが左打席に立つ。


「ドーモ、ヨロシクネ」


 ジェイクが一礼する。

 ハインが横目で見て、ミットを構える。


(来たか、ナカノ監督とアヤネマネージャーの情報にあった強打者か―――)


 ハインがサインを送る。


(おっけ~! 初球は早い奴ね~)


 松渡が頷いて、投球モーションに入る。

 独特のテンポが解り難いフォームで投げ込む。

 ジェイクがバットを動かさずにじっと見る。


「アウトコース……」


 ジェイクがハインに僅かに聞こえるようにぼやく。

 その瞬間―――。

 外角低めのストレートの方向にジェイクがフルスイングする。


(―――何っ! タイミングも合わせてきただと! さっきのぼやきは間違いなく―――!)


 ハインが表情には出さずに眉毛がピクリと動き、驚く。

 バットの芯にボールが当たる。

 ジェイクが力を振り絞って、ボールを引っ張る。

 カキンッと言う金属音と共にボールが上空に飛ぶ。





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