第97話


「中学時代って、勉強と野球ばっかだったけど―――他にも思い出あるもんだな~。あれ? もう一件来てる~?」


 大森高校の女子からだった。


『こんばんは、松渡君。突然ですが、私達一年生女子は星川君と松渡君及びハイン君と紫崎君―――四人の男子の為の隠しファンクラブを作りたいと思います! 大森高校美少年野球部保護同盟です! 女子同士の松渡君達への抜け駆け、浮気禁止なのでバレンタインチョコ楽しみにしていてください! 会員の中に好きな子が松渡君の中にいたら、告白してもオッケーです! 大森高校の星川君とハイン君と同じクラスのファンクラブ部長の浜中より』


 浜中は男子の間でスタイルの良いっと噂されている可愛いメガネの女の子だ。

 松渡の野球部以外の同じクラスの友人達から、隠し撮りした画像を見ていたが直接話したことは無い。

 クラスの男子たちの噂では男同士の裸の漫画をよく読んでいるとか、いないとかでガッカリされている。

 松渡が何とも言えない微妙な表情をする。


「紫藤さん……これ見たら、また泣くだろうな~。ってか、灰田と陸雄と坂崎に九衞が居ないのが何気に酷いなぁ~。まぁ、陸雄は清香さんいるからしょうがないか~。本人は気づいてないっぽいんだけどなぁ~」


 そんなことをボヤキながら、自室に移動する。


(なーんで、ただ学校行って、勉強して野球してるだけなのに女の子にモテるんだろう~? カッコいいバイク乗った男の方が絵になるのになぁ~。価値観の違いかな~?)


 そして障子を開けて、自分の部屋に戻る。


「ま、いっか~。さてと、勉強勉強~! そのうち女子も離れて行くんだろうな~」


 机の前に座ると同時に声をかけられる。


「はじめー。今ええかの?」


 松渡が閉じた障子の方向から、祖父の声が聞こえる。


「どしたの~? 入って良いよ~」


 障子を開けると嬉しそうな表情の祖父がやって来る。


「はじめー。はじめの学校がニュースで映ってたぞい。野球勝ったみたいじゃの」


 部屋にやってきた祖父が楽しそうに話す。

 どうやらテレビでのローカルニュースを見て、喜んでいるようだ。


(ああ、あのネットニュースって……テレビのローカルニュースでも取り上げられてたのか~)


 家の帰り道で見ていたスマホのニュースサイトの記事を思い出す。


「ああ、うん~。『兵庫県内で弱小だった大森高校が公式一回戦を16対0の五回コールド勝ちで突破!』でしょ~?」


「そうじゃ、そうじゃ! やっぱり、はじめは野球をしている方が楽しそうじゃわい」


 祖父がいつもより嬉しそうだった。

 松渡が申し訳なさそうに話す。


「でもね、野球は長く続けても今年の九月中だけだよ~。辞めた頃には、アルバイト探すからさ~」


「そうか、残念じゃわい。ばあちゃんもわしも、はじめ達の学校の試合を最後まで見るからの」


 祖父が差し入れに皿にのせたアイスマカロンを机に置く。


「あはは、期待しないで見ててね~。アイスマカロンは食べ終わったら、キッチンで皿洗っとくから~」


 そう言いつつ、マカロンを食べつつ、横目でふと大学生活を考える。


(大学行ったら、安易に奨学金に頼らずに生協とかでバイトしながら通学しないとな~)


「ん? はじめ。真剣な顔してどうしたんじゃ? 考え事か?」


「あはは、気にしないでよ、お祖父ちゃん~。考えてたのは僕の簡易的な人生設計だよ~」


「そうかそうか。困った事があったら、言うんじゃぞ。ところで次の試合から出るのか?」


「僕は基本控えだから、二回戦も陸雄が登板で完投してくれるかもな~」


(甲子園は八月初旬。今の県大会は―――明日が他の一回戦の高校同士の試合だから、休みが続くな~。一回戦が全て終わるころには、半分の高校同士で二回戦か~)


 松渡がアイスマカロンを食べ終わり、考え込む。


「それでも爺ちゃんは次の試合みるからの。楽しみじゃわい。ほっほっほっ!」


「そろそろお祖父ちゃん寝る時間じゃない? お祖母ちゃんはもう寝てると思うよ」


「おおっ、そんな時間か。それじゃあ、邪魔したの。勉強があるとはいえ、あまり遅くまで起きちゃいかんぞ」


「大丈夫だよ~。お父さん帰る頃には寝てるから~」


 頷いた祖父が部屋から出て行く。


「さてと勉強入る前に、ネットで求人に目を付けておくか~」


 パソコンを立ち上げて、ネットでお気に入り登録の求人サイトを検索する。

 高校生アルバイトサイトを見ると、ハインと紫崎の駅近くのバイト先をネットで見つける。 


(新しく出来たコンビニか~。野球が全て終わったら、この辺りの地区でアルバイト始めなきゃな~)


 そしてポストに入っていた郵便局の配達バイトをちらっと見る。

 それは駅前の郵便局の求人ハガキだった。

 

(ここのバイト先って、九月でもやってれば良いんだけどな~。コンビニバイトと違って、学校から許可下りやすそうだしな~)


 ハガキに書かれていた日にち勤労時間は要相談。

 二輪免許有りの方優遇っと書いてある。


(二輪免許か~。コンビニ以外の休日の配達バイトも含めて、大学までにバイクは欲しいし~。免許はもしかしたら来年に取るかな~? )


 松渡が教習所の住所が書かれたサイトを見る。

 通いの夏休みコース料金を見る。


「あちゃ~、普通二輪は全部で十八万か~。この金額なら、まずコンビニバイトとかで貯めないと免許取れないなぁ~」


 サイトを閉じて、パソコンをシャットダウンする。


「居候させて貰ってるお祖父ちゃん達は年金暮らしでお金貰えないし、お父さんは生活費の為に夜までほとんど毎日酒屋で働いているから―――野球辞めたら勉強以外ほとんどバイト漬けだな~」


 松渡が大学の赤本を見る。

 兵庫の大学の赤本が何冊か積まれていた。


(まぁ、塾に行くことは無いかな~。お父さんは僕の受験する大学の学費と自分の最低限の生活費の為にも働いてるし―――兵庫の大学に進学しても学費以外の自分の生活でバイトも続けなきゃな~。楽させたいしな~)


 そしてシニア時代の写真をふと見る。


「野球は九月まで九月まで、っと~。さてと……それもあるけど―――二回戦の後で、次の日に期末テストか~。一年生は九科目を二日間だけだっけか~」


 松渡が学習机の上で勉強道具を開く。


(今頃―――陸雄は走り終えてる頃かな~? 三回戦からは前日には休息を取るためにあまり走れないから、頑張ってほしいなぁ~)


「さてと、僕も僕で無駄に余った体力を勉強に使うかな~」


 松渡は英語の勉強から始める。

 時計の音が鳴る部屋の中で、ノートに文字を書く音だけが聞こえていた。


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