第95話
陸雄が学校の授業で先生に指名されて、立ち上がり問題を答える姿勢になる。
真伊已が腰に手を当てて、答える。
「今日そちらとは別の市民球場で一回戦突破しました」
「おおっ! おめでとうっす」
「…………」
(あっ、やっべ! スマホ見てねーけど、そろそろ清香が家に来てる時間かな?)
「あ、あはは……じゃあ、そろそろ帰りますね」
「想像とは違いますね」
「えっ?」
「あの芝原咲高校(しばはらさきこうこう)の乾丈が目にかけている選手が貴方だとは―――イメージに合いませんね」
その言葉で陸雄の表情が固まる。
「―――乾を知ってるのか?」
陸雄が真剣な表情に変わる。
真伊已は星の綺麗な夜空を見上げて話す。
「今の高校野球界において、兵庫県内で彼は今大会でも注目を浴びるほどに強い。その証明として、前年度に一年生ながらに春夏連覇した県大会でどちらも一年ながらにレギュラーとして活躍していた程ですからね」
(やっぱり乾は凄い奴だったんだ。ここでもその話が聞けるとは―――)
「開会式が終わった後で、何やらそんな彼と話をされていたようですが?」
「ああ、あれ見てたんだな。あいつに開会式の意味と背番号の重さを知っているのかって言われたな」
「成程、背番号の重さですか。どうやら課題を与えるほどに今後期待できる投手と言うことですか」
真伊已は夜空を見上げるのを止めて、陸雄に顔を向ける。
「―――二回戦か三回戦で負けて気づければ良いですね」
まるでそうなるのが当然と言った口調でそう言った。
陸雄がムッとする。
「なんだと? まるであんたは次の二回戦に勝てるような口ぶりだな」
「ええ、勝ちますよ。貴方達が三回戦に上がっても俺達が貴方を敗戦投手にしますよ。……ああ、安心してください」
「……安心だと?」
「貴方は一年生ですから、これから先の未来―――また甲子園に行く機会があるのです。これから渡す敗北で今後の成長において、良い教訓になりますよ。上には上がいたという教訓ですけどね」
「慇懃無礼って、こういう時に使うんだな。あんた、言いたい放題だな」
真伊已は無視するかのように両手を空に上げて、伸びをする。
(舐められてるな。さっきの態度よりもリラックスしてやがる!)
「そんなに自信があるなら、俺達に試合で勝てる理由を言ってみろよ」
伸びを終えた真伊已が腕を組む。
「自身の力量が解っていない―――か。乾は本当にこの男をライバルとして見ているのか疑問に思えてきましたねぇ。
あまりに稚拙な野球選手だ」
陸雄がその言葉にイラっとする。
表情が顔に出ているのを真伊已は察していた。
「ごちゃごちゃ言ってないで訳を話せよ。いい加減な当てつけだったら、俺はあんたを野球選手として一生軽蔑するぞ」
すまし顔で真伊已はため息をつく。
「やれやれ、それではご清聴を……結論として、貴方は監督と選手五人しか頼りになる要素がない。控えも含めて二十人いる俺達が勝つのは当たり前です」
頼りにならない選手の顔が二人浮かび上がる。
駒島と大城の顔だった。
(くぅ! 言い返せない)
陸雄が悔し気に拳を握る。
「図星ですか?」
「違う、そうじゃない。二人は見当がつくが、残りを言ってみろよ」
「ああ、もしかしてご自分もその人数に入っていると?」
「違う。その二人は三年生だよ。今日の試合のレギュラーだった」
「ああ、一回戦の公式試合動画で配信された―――あの場違いなゴミ二人ですか」
真伊已はへらっと笑って、答える。
それは明らかに相手を侮辱する行為だった。
「ここ十年間の弱小である大森高校野球部を象徴する選手達でしたね」
「…………頼りになる五人は誰だよ? 勿体ぶらずにさっさと話せ」
「失礼、話を続けましょう。監督はもちろん、前年まで赴任していた兵庫四強の一つである赤弐寺高校(あかにでらこうこう)の名将―――中野砂夜監督。投手は埼玉名門シニアのサウスポー、松渡一」
(一回戦で登板してもいないはじめんを挙げやがった? 投げたのは俺なのに……舐めやがって!)
拳を強く握る。
そんなことを気にせずに真伊已は話を続ける。
「兵庫県代表選手の一人として中学の全国大会に行った紫崎隆。ああ、彼の場合は兄の方が有名でしたね。だが、兄の影に隠れているとはいえ、強力な選手であることに変わりはない」
(紫崎の兄貴? 確か俺が小学生の頃に公式試合で負けちゃって直接会えずに戦えなかったな。そんなに強いのか?)
陸雄は思わずポカンとする。
(ってか、紫崎の兄貴って野球上手いんだ)
陸雄の気の緩んだ顔を見て、真伊已は冷たそうな表情で少し睨む。
「人の話を聞く集中力も無いんですか?」
「紫崎のことで考えてただけだ。き、聞いているよ」
「それでは話を続けますよ。残りの選手ですが、中学野球界で有名になっていた和歌山県の名野手にして安打を叩き出す九衞錬司」
(やっぱあいつって口悪いけど、はじめんと同じでこんなところまで知れ渡ってんだな)
「そして兵庫不遇の天才球児、錦睦己」
(確かにみんな強い。それは練習を一緒にしている俺が一番知っている。相手校の選手にさえ、これほど注目されているのか―――)
真伊已は少し間をおいて、認めたくないかのような態度で―――最後の選手の名前を言う。
「後はアメリカ人の一回戦で、機械のように冷静な配球を行ったあの捕手ですかね。確か、今大会のデータを見ると名前は……ハイン・ウェルズでしたっけ?」
(ハイン……)
顔を上げた陸雄がハインの顔を夜空に描く。
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