第94話



 午後八時半。

 辺りがすっかり暗くなった夜道でランニングする学生がいる。

 河川敷まで走っていた陸雄だった。


(乾を倒して、全国に―――甲子園へ行くんだ! 今の俺には県大会優勝とその先にある甲子園しか見えねぇ!)


 汗を流しながら、河川敷までフォームを崩さずに走り続ける。

 河川敷までの距離は約二キロ半。

 額に流れる汗が片目に入る。

 陸雄が片目を瞑って、再度開く。


(そろそろ河川敷が見えて来たな。その前に近くの駐車場前のジュース買って休憩するか)


 河川敷近くの駐車場前にある自動販売機に向かう。

 自販機前で立ち止まり、休憩する。

 ハァハァっと息を荒げながら、財布を取り出す。

 百三十円を取り出して、自販機に入れる。

 硬貨を投入して、赤く光る商品ランプを見る。

 ボタンを押して、アクエリアスを購入する。

 取り出し口にガシャンと音を立てて、アクエリアスが落ちる。

 自販機前のランプルーレットが音を立てる。


(ああ、そういや当たりが出たらもう一本タダで買えるんだっけか?)


 取り出し口からアクエリアスを持つ。

 ルーレットはハズレだった。


(まぁ、中学の時から当たったこと一度もねーけどな。しかし、このアクエリアスは小学校時代の紫崎との公式戦からずっと飲んでるなぁ)


 そのままアクエリアスのフタを外して、ゴクゴクを音を立てて飲む。

 五百ミリリットルのアクエリアスはあっという間に空になった。


「ふぃ~。生き返るわぁ~」


 ペットボトルをゴミ捨て場に捨てる。

 そしてハンカチサイズのミニタオルで顔を拭く。

 一通り吹き終わった後にミニタオルをポケットにしまう。

 

「さて、河川敷の階段を上って足腰鍛えるか」


 陸雄はまた走り出す。

 数分もしないうちに河川敷に着く。

 そのまま河川敷の階段を上っていく。

 上り終えて、河川敷の景色を見る。

 コンクリート道路の周りに生い茂る草原。

 釣りが出来そうな大きな川。

 陸雄が走っていた反対側は町が光を灯している。

 空気の良い涼しい夜風に当たる。

 川の先には大森高校の方面で、夜の街が見える。

 立ち止まった陸雄が息を整える。


「中学時代はここは夕方ばっか走ってたけど、夜は夜で雰囲気が全然違うんだな。なんか新鮮」


 体力を戻した陸雄が階段を降りようとすると、一人の少年を見つける。

 少年は見た感じでは高校生のようだ。

 マンバンヘアの髪型の高校生らしき少年は陸雄と眼が合う。

 汗を流したジャージ姿から察するにランニングをしていたのだろう。

 何も話さないのも気まずいので一言声をかける。


「ども、こんばんは。深夜になる前に運動切り上げて、帰った方が良いですよ。警察の方に注意されますし」


 少年は陸雄の言葉を聞いていないのか、すまし顔で見ている。

 つぶらな瞳だった。


(無視って訳じゃなさそうだな。い、威圧感あるな。ガタイも良いし)


「―――失礼ですが、大森高校の方ですかね?」


 少年のどこか圧のある低めの声に陸雄が不安そうに見る。


「ええ、まぁ……そうですが。貴方は?」


「俺は淳爛高等学校(じゅんらんこうとうがっこう)の真伊已誠也(まいのみせいや)です」


「その学校、どっかで聞いたような……んー? あっ! 抽選会の時に聞いたな」


 陸雄が思い出したように手を叩く。

 やはり同じ高校生だと知ったのか、少し安堵する。


「なんでウチの高校だと知ってたんですか? ここって結構高校ありますよ?」


「今日のネットニュースと高校野球公式試合専用チャンネル動画で知りましたから―――投手でしたよね? 岸田陸雄さん」


「えっ? 俺の名前まで知ってるんですか? いやぁ、どうもー。今日の試合をネットで見ててくれてありがとうございます」


 照れくさそうに頭を掻く陸雄に真伊已は無表情で見ている。


「もしかして野球好きなんですか? 俺達の高校を応援しててくださいね」


 能天気そうに陸雄が質問する。

 真伊已は淡々と答える。


「俺は二年生で、野球部の投手です」


「え? あ、すいません。敬語使うべきでしたね。野球部の方でしたか」


「敬語は使わなくて、構いませんよ。同級生と同じように話していただければ」


「アッハイ。失礼しました。そっちの公式試合はどうなったんっすか?」


 やや砕けた口調になるが、緊張が少しだけあった。


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