第85話
「その前に二回戦が終わったら、期末テストだけどな。家の庭でリボルバーが終わったら、しっかり勉強教えてやるから―――留年というクソザコ情けない事態にだけはなるなよ」
その言葉に灰田が忘れていたのか怒りを忘れて、ハッとなる。
「ぐっ―――勉強もお前んちでするから、安心しろよ」
「まぁ、お前の場合そっちが大事だもんな。なんせ今日の試合の野球以上にお粗末になりそうだものな」
その言葉に灰田がブチッとキレる
「てめぇ! やっぱ野球の前に、拳で片付けてやろうじゃねぇか?」
「だ、ダメだよ! け、喧嘩しちゃいけないって、暴力はよくないよ」
坂崎が慌てて立ち上がり、灰田を押さえつける。
「離せ、坂崎! もう我慢ならん! 人をさんざんコケにした和歌山の猿に鉄拳をくれてやる!」
「これで喧嘩にも負けたら、君は何も残らないねー。ププッー! クスクス♪ チンポコ可哀想なチンピラ君~♪」
九衞が口を手で隠して、嘲笑する。
プツリっと灰田の中で何かがキレた。
「ははっ…………もう俺、キレちゃいました。リボルバーの前に、バス車内でバトって死ぬというレアなケースに遭わせてやるよ!」
灰田の目が座っているのを察した坂崎は、押さえつける力を強める。
「だ、ダメだよー!」
錦は灰田を止める坂崎を見て、席から立ち上がる。
「二人ともチームメイトなんだから、喧嘩は駄目だよ。中野監督に罰を貰うことになるよ」
錦の言葉に、九衞は髪を掻く。
「うっす! 解ってますよ、錦先輩! 今日は灰田に檄を入れてやっただけですよ。そんな激渋なカッコいい顔しなくて良いっすよ」
「僕の事はともかく、二人が喧嘩してないなら別に良いんだけど―――ちゃんと休んどくんだよ」
納得したのか、錦が席に戻っていく。
「おいっす! 灰田君も俺様の言葉で、いちいちムキになるなよな。もう高校生なんだから、いい加減大人になろうぜ☆」
九衞が煽るように、灰田に笑顔を見せる
「坂崎…………このバカ、今は殺さねぇから、すぐ離せ。来年になったら、しっかり殺しとくからよ」
「ら、来年もダメだよー!」
中野監督が前の席から立ち上がる。
「朋也様。あんまりうるさいと学校に戻るまで、私の隣の席に座らせるぞ。ついでに膝枕で耳掃除でもしてやろうか?」
「うっ! わーたよ。大人しく座っとくよ。はいはい、俺はどーせガキですよ」
灰田が坂崎に離せっと言って、手を離させる。
そのまま席にドスンッと座り込む。
九衞の顔を見たくないのか窓側とは反対側に顔を向ける。
中野監督の隣に座っていた古川が、スマホから顔を離して―――監督に話しかける。
「監督。高校野球中継の生放送で、次の二回戦の相手校が決まりました」
「そうか、次の試合まで日は少ない。対策を取っておくぞ」
「―――はい。データを調べておきます」
そんな中で、大城と駒島は久しぶりに運動したのか―――最後尾の席でグースカと寝ている。
データはこの二人が集めているが、あくまで文字列の過去のデータ。
実践の全体での細かい動きまでは判明していない。
鉄山先生の運転で、バスは学校の駐車場に着く。
「よーし、残りの時間まで今日の反省点を練習で返すぞ! さっさとバスから降りろ」
中野監督がそう言って、立ち上がり―――メンバーを見る。
一年達は切り替えて、次の試合での緊張感をそれぞれ持つ。
「「ういっす!」」
気合いがこもった大声で、メンバーがバスから次々と降りていく。
※
大森高校がグラウンドで練習の中。
夕日が沈みかけてくる時間帯になっていた。
グラウンドの土に夕日が作り出す影のシュルエットの中で、人型の陰の片足がゆらりと動く。
影の正体である陸雄がセットアップポジションで投げ込む。
指作からボールが離れる。
捕手のハインがミットをあまり動かさずにじっと近づいてくるボールを見る。
ボールが右に落ちながら曲がる。
ミットにパンッと白球が収まる音がハインの耳に響く。
その感触にハインは少しだけ目を瞑る。
(変化球とは言え、そろそろ球威が落ちて来たな。今日の試合がコールドとは言え、疲れが響いて来た頃か)
古川が陸雄の腕の位置などを、手で触りながら―――位置を動かして教えている。
一通りの動作が終わり、説明が済んだのか古川が離れる。
それを見たハインが立ち上がる。
「リクオ。そろそろトモヤに変わってくれ」
その言葉に陸雄は捕球の為に構えたグローブを下げる。
それはハインとの投球練習を終える言葉だった。
「えっ? まだやれるぜ!」
「今日の練習前にナカノ監督からサブポジでセカンドもしろと言われているだろう?」
「ああ、投手が灰田の時にセンターが九衞になって、坂崎がサードをするっていう守備変更の戦法だっけ?」
「リクオもセカンドをするケースも想定してるんだから、練習時間一杯に行え」
松渡が坂崎と投球練習をしている中で、練習を一時停止する。
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