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「よし、これでどうかな」
加藤三佐はしのぶの左足首のテーピングを終える。
「はい……ちょっと試してみます」
しのぶは立ち上がり、左足首に体重を乗せてみる。相変わらず痛いが先ほどよりは和らいだようだ。ただ、足首が動かないのでかなり歩きづらい。それでもさっきよりはだいぶマシだった。
「ちょっと痛いけど……歩けます。ありがとうございました」しのぶはペコリと頭を下げる。
「よかった。だけど……これから少し斜面を登ることになるからな……結構足に負担がかかるかもな」と、加藤三佐。
「下山は……ダメなんですか?」
「ダメだ。山は下山の方が危険なことが多い。まあ、コンディションが良ければ下山してもいいけど、もうすぐ雨が降ってくる。この時期に山で雨の中長時間歩くのは自殺行為だ。ここから一番近くて雨をしのげる場所は避難小屋しかない。実は俺もそれを目指して歩いてたんだ。そうしたら上空から爆発音が聞こえてきて……パラシュートが降りてきたから、誰だろうと思ってやってきたら……まさかのしのぶちゃんだった、ってわけさ。もしかして……俺を探しに来たのか?」
「う……」口ごもるしのぶを見て、加藤三佐は察したようだった。
「そうか。ごめんな。ミイラ取りがミイラになっちゃったな。この辺って俺の携帯じゃつながらなくてさ……しかも電池も切れちまったし。そうだ、しのぶちゃん携帯持ってる?」
「いえ……基地に来るときに、携帯は持ってきちゃいけない、って言われたんで……」
「そうか……」加藤三佐が眉根を寄せる。「それじゃ連絡できないな……基地のみんな、心配してるだろうなぁ……」
「そうですね……あ、そうだ、救命ビーコンの電波が基地に届けばこちらが無事だって知らせられるかも」
胸のポケットからビーコンを取り出そうとしたしのぶの手を、加藤三佐が掴む。
「ダメだ」
「……え? どうして?」
「ここはもう敵の制空権内なんだ。そんなところでビーコンの強力な電波を発信したら、見つけてくださいって敵にお願いしてるようなもんだ。味方の救難隊が近づいている、って分かってる時じゃなければ、使わない方がいい」
「……」
真顔の加藤三佐の言葉に、しのぶは自らの甘さを思い知らされる。
緊張した雰囲気を和らげるように、加藤三佐は笑顔になった。
「さ、グズグズしてたら雨が降ってくるぞ。出発しようか」
「はい」
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「さあ、着いた。しのぶちゃん、大丈夫かい?」
額の汗をぬぐいながら加藤三佐が振り返る。空は今にも降り出しそうな程に灰色の濃さを増していた。
「……はぁ……はぁ……」
ぺたん、と地面に腰を下ろしたしのぶは、息が切れて応えにならない。だが、彼女の前には三角屋根の木造の小屋があった。
「カーシーさん……これじゃ……入れませんよ……」
ようやくしのぶは落胆しきった顔で言う。が、加藤三佐は何か考え込んでいるようだった。
「いや……一階入り口が閉鎖中でも、たぶん……」
三佐は壁
「ああ、やっぱりはしごがあった。二階に冬山登山者用の入り口がある。きっとあそこから入れるぞ。でなきゃ避難小屋の意味がないからな」
三佐が嬉しそうに言った、その時だった。
ポツリ、と雨の粒がしのぶの顔に当たる。
「……まずい! 降ってきた! しのぶちゃん、立てるか?」
「は、はい……」
立ち上がり、左足を引きずりながらしのぶは加藤三佐の後を追う。
右側面のはしごは地上まで届いておらず、1メートルくらいの高さから下は途切れていた。
「しのぶちゃん、これ
「……」
しのぶは無言で首を振る。
雨脚はだんだん強まってきた。このままではずぶ濡れになってしまう。
「わかった、しのぶちゃん、俺が引きあげてやるよ!」
言うが早いか加藤三佐がはしごの最下段に踏み上り、しのぶに向かって手を伸ばした。
「……」
「ほら! 早く!」
「は、はい!」
三佐の手を握った瞬間、しのぶの体はふわりと浮き上がる。彼女をぶら下げたまま、三佐ははしごを一段上った。
「ほら! 右足を一番下の段に引っ掛けて!」
「はい!」
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避難小屋の中は、外に比べたらずいぶん暖かく感じられた。しのぶは部屋の中を見回す。建物はまだ新しく、木の香りが立ち込めていた。真ん中に木の板の床があり、その左右に壁伝いに板で区切られた上下二段の寝床が並んでいる。照明はないようだが、まだこの時間は窓から差し込む太陽の光で十分明るい。
「毛布があったよ」
一階から、加藤三佐の声。
「ほんとですか!」
「ああ、管理人室の鍵無理やり開けてパクってきた。ま、文字通り緊急避難だからしゃあないってことで」
「……」
それ、本当に大丈夫なんだろうか。しのぶは心配になる。
「ああそうそう、電話もあったから基地に電話しといた。マッちゃんが出てさ、君が無事だって伝えたら、すごく喜んでたぞ」
「そうですか!」しのぶの顔がほころぶ。
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