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 しかし。


「あ、あれ……?」


 下を見た巧也は、拍子抜けする。


 救難ヘリは未だに空中でホバリングしていた。墜落したのはヘリではなかったのだ。


「だったら……何が墜落したんだ?」


「シェラ・リーダーよりデータリンク要請が来ています。承認しますか?」アイだった。


「シェラ? なにそれ?」


 それがアルファベットの”S”を意味するのは巧也も分かるが、そんな飛行隊は聞いたことがなかった。


「かつてタイプSと呼ばれていた機体です。今は味方です」


「……!」


 衝撃だった。かつて彼らの前に何度も立ちはだかった敵機、タイプS。だがそれは自衛隊があらかじめ用意していたものだった。それが味方になってやってきた、というのか……?


 とても信じられない。そう思いつつも、巧也はアイに応える。


「アイ、データリンク承認」


「了解」


 次の瞬間。


『タク師匠! ご無事ですか?』


 アイとはまた異なる萌えボイスだった。


「し、師匠……?」


『勝手ながらお助けさせていただきました! 無断で敵を撃墜してしまって申し訳ありません!』


「え、え……?」


 すっかり混乱していた巧也も、だんだん状況がつかめてきた。


「ちょっと待って、それじゃさっき墜落したのは君らが撃墜した敵機なの?」


『そうです! 師匠、私たちが来たからにはもう安心ですよ! 私たちが師匠を全力でお守りしますから!』


「えええっ!?」


 いつの間にか、巧也の機体の左右に二機のタイプSが並んでいた。HMDに表示されているコールサインは、右がSierra01、左がSierra02。


『スカルボ01フライト、こちら指揮所オペラ


 無線に町田二尉の声が入る。


「町田さん!」


『どうやら間に合ったようね。シノのコードのおかげでようやくタイプSの完全自律飛行が可能になったの。元々タイプSは有人機とチームを組んで運用するための無人機だった。そして、それを実戦で鍛え上げたのが君たちってわけ。実は、それが君たちのメインミッションだったのよ』


「……」巧也は絶句していた。


 やられた。そこまでは気づかなかった。ぼくらは町田二尉たちが隠していた秘密を全て暴いたつもりだった。だけど、どうやら彼女たちの方が一枚上手うわてだったようだ。


 町田二尉は続ける。


『だからシェラ……コードネーム『心神』は君たちを師匠と呼んでいるの。君らの大バカな必殺技も全部心神に実装しといたからね。さあみんな、これからが本番よ。今そちらの空域に展開している心神は6機。ちょうど君たち一人に2機ずつ割り当てられるわ。今まで苦しんだ分、ヤツらに百倍返ししてやんなさい!』


 巧也は思い出す。かつて宇治原三佐が言っていた。


 ”AIと人間が一つになると、AIを越えたパフォーマンスを示すことがある”


 と。だとすれば、今のぼくらはAIを完全に越えているのかもしれない。


「……了解!」


 無線を切って、巧也はデータ通信にマイクを戻す。その声には生気と自信が蘇っていた。


「シェラ01はぼくと共にヘリと同高度で周回援護カバー、シェラ02はその上空、高度3千を維持して哨戒パトロール命令を受領したかドゥ ユー コピー?」


『シェラ01、了解コピー!』

『シェラ02、了解コピー!』


---


 それからはあっという間だった。


 シェラたちは飢えた狼のように敵機に襲いかかり、瞬く間に全てを片付けてしまった。敵には逃げる余裕すら与えられなかった。敵機が全て撃墜されるのに3分もかからなかったのだ。しかも味方の損害は、ゼロ。完璧な圧勝だった。


 町田二尉の言った通り、シェラたちはみな巧也としのぶの必殺技である「リコシェ」や、譲の「乱気流アタック」、絵里香の「セカンド・インパクト」を見事に会得えとくしていた。実際にそれを目の当たりにした巧也は驚いたが、譲は「ふん。俺の技に比べたらまだ少しキレが足りねえな」と不満そうだった。


 ただ、確かにシェラたちは空中戦に入れば有能だが、どの敵を目標にしたらよいのか、といった戦術的な判断は難しいようだった。それはやはり人間がすべきことなのだろう。巧也はそう感じていた。


 加藤三佐の引き上げも終わり、ヘリは基地に向かう。その上空を、機数が一気に3倍に増えた戦闘機隊、スカルボ+シェラ合同飛行隊が旋回しながらパトロールする。ヘリが無事千歳基地に到着したのを見届けて、シェラたちは巧也たちに別れを告げ、東の空に飛び去っていった。どうやらシェラたち専用の秘密の基地が、道内のどこかにあるようだ。


 巧也たちは滑走路上空を通過した後、コンバット・ピッチ(戦闘速度から着陸速度に一気に速度を落とすための機動)で急減速し、オーバーヘッド・アプローチ(滑走路を長辺に含む長方形のトラフィックパターンを描く着陸法)のコースを辿って着陸。駐機場エプロンへと機体を導く。


 エプロンはお祭り騒ぎだった。巧也たちの大戦果が伝わったためか、まるで基地の全てのスタッフがそこに集まっているかのようだ。巧也たちがエンジンを止め機体から降りると、一気に人並みが押し寄せてきた。


 しかし。


 その人並みが左右に分かれ、その中を一人の人物が左足を引きずりながらゆっくりと歩いてくる。


 しのぶだった。


「シノ!」


 駆け寄ろうとする譲の腕を、絵里香がつかまえる。振り返る譲に向かって、彼女は首を横に振ってみせた。


「ヤボなことしないの」


 それを見た譲はバツの悪そうな笑顔になるが、やがてそれが寂しげに変わる。


「……」


 絵里香はそのまま譲の腕を自分に引き寄せる。驚いた顔で譲が振り向くと、彼女は優しく微笑んでみせた。私がいるじゃない、と言わんばかりに。


 しのぶは真っ直ぐ、巧也に向かって歩いていた。


「シノ……!」


 巧也は思わず駆け寄る。


「タク……ごめんね、心配かけて……」


 しのぶの両眼から、涙が溢れる。


「よかった……シノが無事で、本当によかったよ……」


 巧也の目からも涙がこぼれる。


 そして。


 そのまま、彼はしのぶを抱きしめた。


「!」


 しのぶもおずおずと巧也の背中に両手を回し、彼を抱き返す。


 拍手と口笛がエプロンに響き渡る。群衆の中に、手を握りながらピタリと寄り添う加藤三佐と町田二尉の姿があった。


 澄み切った青空の下、いつまでも抱き合う二人を暖かく見守るように、陽光が降り注いでいた。

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