5

「……」


 地下教室に取り残された四人は、自分たちのいつもの席に座ったまま、しばらく誰も口を開かなかった。


 無理もない。状況が目まぐるしく変化して、理解が追いついていないのだ。


「なんだか、色んなことが一気に起こりすぎて、実は俺結構パニクってるんだよな……」


 譲のその言葉は、今の全員の気持ちを代弁していた。


「君だけじゃない」絵里香だった「私もよ。いきなり戦争になってしまうなんて……一体、どうなっちゃったんだろう……私たち、これから……どうなっちゃうんだろう……」


「少なくとも、ここにいれば安全だって宇治原三佐も町田二尉も言ってたよね」と、巧也。


「そうね……でも……」と、絵里香。


「でも……なに?」巧也が聞き返す。


「私たちだけ安全な場所にいるのが……なんだか申し訳ない気がして……」


「……」


 それも、その場にいた誰もが多かれ少なかれ感じていたことだった。


「それはわかる」と、巧也。「でも……だからと言って、今のぼくらには何もできないよ……ぼくらのカードじゃ、ここからは出られないし……」


「そうかな……」


「!」


 全員の視線が一気にしのぶに集中する。少し驚いたような表情になった彼女は、それでもゆっくりと続けた。


「わたしたちがここにいても……できることは、あると思う……」


「って、何ができるっていうの?」と、絵里香。


「うん……例えば、ね……」


---


 警戒態勢が解かれたのは 19:00 過ぎだった。地下室のドアのロックを解除し階段を降りてきた町田二尉は、明らかに顔色が悪かった。


「お待たせ。ご飯にしましょう。もう用意してあるから上がってきて」


 そう言って二尉が作った笑顔には、疲れがにじみこんでいた。


「町田さん……大丈夫ですか?」思わず巧也は聞いてしまう。


「ん? 何が?」


「なんか……すごく疲れてるみたいですけど……」


「……!」町田二尉はギクリとしたようだった。「そっか……みんなにも分かっちゃうか……でも、疲れてるのは私だけじゃない。今、この基地の全員がすごく大変だからね。それでも、休むのも軍人の仕事だから……今日はこっちに帰らせてもらったの。君らの世話もしないとだからね。さ、さっさと食べてしまいましょう」


「は、はい……」


---


 食堂に上がると、そこには既に一人先客がいた。加藤三佐だった。


「あれ、カーシーさん……」と、巧也。


「お、みんな来たな。俺も今日からここに泊まることになったんだ。101号室を使わせてもらうよ」と、加藤三佐。


「そうなんですか。よかったです、頼りになりそうな人が増えて……」


 そう言って巧也が周りを見ると、他の三人も嬉しそうな表情を浮かべていた。


 やはり、みんな不安なのだ。


 いきなり戦争がはじまり、しかも基地が攻撃されるかもしれないという状況で、そばにいてくれる大人が増えると、とても心強い。


「そうか。そう言ってもらえるのは嬉しいね」加藤三佐が人懐こそうな笑顔になる。


---


 食事をしながら、四人は町田二尉と加藤三佐が話す現在の状況に耳を傾けていた。


 一番衝撃的だったのは、奥尻島おくしりとうが占拠されたことだった。まず、航空自衛隊 奥尻島分屯ぶんとん基地のレーダーサイトがミサイルで破壊され、続いて近くの海に潜んでいた敵潜水艦から多数の特殊部隊が上陸し、あっという間に占領されてしまったらしい。住民はみな軟禁状態にあるという。


 それを阻止するために千歳基地のF-15の飛行隊が出撃し、奥尻島上空で敵無人機と空中戦になった。その結果F-15が3機撃墜されたが、敵は1機しか撃墜されていない。ただ、幸いなことに撃墜された3機のパイロットは全員脱出し、また全員無事で連絡が取れているということだった。


 しかし、状況はあまりにも悪かった。奥尻島が敵の手に渡ったため、敵は北海道攻略の重要な拠点を手に入れたことになる。しかも奥尻島には空港があり、それも敵の手に落ちたという。それが敵の無人機の基地として使われることは、容易に予想できた。


 北海道庁は奥尻島に近い函館半島の住民を優先して、本州に疎開させることを決定した。とは言え、今本州に通じるルートはJRしかないのだが、まず最初に乳幼児から小学校低学年の児童とその保護者1名から本州に疎開させることになったという。今は昼夜問わず列車が往復して、物資や疎開する人たちを運んでいるらしい。


「こんなことを言うのはとても心苦しいんだけど……」町田二尉が辛そうな顔で言う。「小さい子供たちばかりのところに君らくらいの中学生が加わると、すごく目立ってしまうよね。そうなると……君らに危害が加わる恐れが出てくる。だから……せめて小学校高学年の児童が疎開できるようになるまで、待ってもらえないかしら……本当にごめんなさい」


 そう言って町田二尉が頭を下げると、あわてて巧也は右手を振る。


「ちょ……やめてください、町田さん! 大丈夫ですよ。ぼくらは地元に戻れなくても全然かまいませんから。むしろ、ぼくらはここで、少しでもみなさんの役に立ちたいって思ってるんです」


「え……どういうこと?」町田二尉が怪訝な顔で頭を上げる。


「シノ、説明してくれる?」


 巧也がしのぶを振り返ると、彼女は二尉を真っ直ぐに見据えた。


「町田さん……わたしたちに、F-23Jを遠隔操縦させてもらえませんか?」


「……!」町田二尉の両目が、真ん丸になる。


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