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「……!」


 まるで金縛りにかかったかのように、しばらく四人は凍りついていた。それを最初に解いて口を開いたのは、絵里香だった。


「理由を、教えてください」


「我が国を取り巻く状況が変わったから、としか、今は言えない」


「はっきり言ってください。戦争になるから、ですか?」


「!」


 ピクリ、と宇治原三佐が眉をひそめる。


「なんで、それを……」


 だが、三佐はすぐに思い当たったようだった。彼は町田二尉に視線を走らせる。


「君か」


「……申し訳ありません」町田二尉が彼に向かって深く頭を下げる。


「ま、隠してもいずれ分かることだ」宇治原三佐は四人に向き直る。「今、仮想敵国と我が国との間の緊張が非常に高まっている。第三国を介して交渉は続けているが、どうやら不調に終わりそうだ。このままでは向こうが宣戦布告し、我が国に攻撃をかけてくることになるだろう。まず狙われるのは、ここ……北海道だ。だから、君らはすぐにここを離れ、自分たちの家に帰らなくてはならない」


「で、でも……そんなこと、いきなり言われても……」


「迷っている時間はない」ピシャリ、と宇治原三佐が絵里香の言葉を遮る。「おそらく、明日にでも戦争が始まることになる。そうなったら、空港は封鎖され旅客機は飛べなくなるだろう。今まで……よく頑張ってくれた。君らには本当に感謝している」


 宇治原三佐は四人に向かって深々と頭を下げる。その姿を、四人はただ呆然と見つめることしかできなかった。


「……」


 その時だった。


 突然、サイレンが大音量で鳴り響く。それとほぼ同時に部屋の内線電話も鳴り始めた。一番近い町田二尉が電話に出るが、


「宇治原三佐に、です」


 と三佐に受話器を渡す。


「もしもし」


 そう言ったきり、宇治原三佐の表情が凍り付く。


「……わかった。それじゃ」


 受話器を置いた三佐は、辛そうな顔で深くため息をついた。


「遅かったよ。向こうが宣戦布告してきた。もう戦争が……始まってしまったんだ」


---


「そ、それじゃ、ぼくらは……」ようやく巧也が声を絞り出す。


「すまん。すぐには帰れなくなった。もう空路と海路は封鎖されている。あとは鉄道だが……どこの駅もパニック状態になっているらしい。だけど、君らは自衛隊権限で、何とか電車に乗れるようにするよ」


「待ってください」譲だった。「北海道は攻撃される可能性が高い、って話ですけど、俺らの地元は本当に安全なんですか? 俺らの家族は……大丈夫なんですか?」


「そりゃ、百パーセント安全とは言えない。弾道ミサイルに狙われるかもしれないからね。だけど、北海道はロシアにもアメリカにも近い。戦略上重要な拠点なんだ。狙われる可能性も高くなる。だから、日本中のどこだって北海道よりは安全だと思うよ」


 宇治原三佐がそう答えた、その時だった。


 雷鳴のような低音が部屋の空気を揺るがす。それがなんであるかはその場の全員が分かっていた。アフターバーナー全開で離陸していくF-15の排気音。地上で聞くそれはとてつもない爆音だが、地下室の中では遠くで鳴っている雷のようにしか聞こえなかった。


「201SQスコも203SQスコも、ほぼ最高の警戒態勢だ。戦争になったら真っ先に狙われるのはこの基地だからな。でも、この部屋にいる限り君らは安全だ。ここなら核ミサイルの直撃にも耐えられる。だから……安全が確認されるまで、しばらくここにいてくれ」と、宇治原三佐。


「……」


 沈黙。それを破ったのは加藤三佐のひょうひょうとした声だった。


「ってことは、俺も帰れなくなっちまった、てことかぁ」


「……ふん」宇治原三佐が鼻を鳴らす。「何言ってんだ。最初からそのつもりで来たんだろうが。ええ、カーシー?」


「へへっ、まぁな」宇治原三佐に向かって、加藤三佐はニヤリとしてみせる。


「あ、あの……カーシーさんは、どうしてここに来たんですか?」と、巧也。


「ん、ああ、実はな」事も無げに加藤三佐が応える。「情勢が緊迫してる、っていうんで、ロールアウトしたばっかりのF-23J、006号機を空輸フェリーしてきたのさ」


「え、それじゃ……」


「ああ。これでこの基地には、秘密兵器の F-23J が六機そろったってわけさ。実戦にギリギリ間に合ってよかったぜ」


「でも……パイロットが……」


「いるさ。一人はもちろん俺。そして、もう一人は……コブラ」


「コブラ?」


「あれ、知らないのか? 宇治原のTACネームだよ」


「ええっ!」巧也は仰天する。「宇治原三佐って戦闘機パイロットだったんですか?」


「それも知らなかったのかよ!」加藤三佐はすっかり呆れ顔になっていた。「いいかい、こいつと俺とは防大同期からの腐れ縁で、何度か組んで飛んだこともあるが、こいつは小松基地の飛行教導隊アグレッサーに引き抜かれた、ってくらいの凄腕なんだよ。F-23J 開発プロジェクトでも実機に何度も乗ってもらってる」


「ええーっ!」四人が同時に声を上げる。


 飛行教導隊は自衛隊の中でも選び抜かれたエリートパイロットの集まりだ。空戦訓練では常に敵役を担当し、対戦するパイロットを徹底的にしごくという……


「ほら、君らもシミュレーションでCPU機を相手に戦ったりしたことあるだろ? あのCPU機の動きは、まんま宇治原のそれだからな。なかなか手ごわかっただろ?」


「……そうだったんですね」


 確かにDFのCPU機に比べたらこの基地のシミュレーターのそれは強さが段違いだった。それもそのはず、間接的であるにしろ、彼らは飛行教導隊出身のパイロットに稽古を付けられていたのだ。


「ってわけで、とりあえず機種転換訓練なしに F-23J に乗れるのは、今のところ大人では俺とコブラの二人だけなんだが……おっつけ201SQか203SQのパイロットにも乗ってもらうことになるだろうな」


「……」


 なんだか納得できない。少し考えて、巧也はその理由に思い当たる。


 もともとあの機体は、Gに強い無人機と戦うためにパイロットもGに強い人間でなくてはならなくて、それで体の小さい彼ら彼女らが選ばれたのではなかったのか。それなのに大人が乗ってしまったら……本当に耐えられるのだろうか。


「宇治原三佐、私たちは……戦わなくてもいいんですか?」絵里香だった。


「当たり前だ。君らを実戦に参加させるなんてことはできない。もう今までとは違うんだ。我々の敵は本物の軍隊だからな。飛んでくる戦闘機も有人機でないとは限らない。君らは人に向かって引き金を引けるのか?」


「!!」


 その宇治原三佐の言葉は、とてつもなく重かった。絵里香だけではなく、その場の四人全員が完全に言葉を失っていた。


 これは本当の戦争なのだ。戦えば人を殺すことになる。そんな当たり前のことを、四人とも今まで深く考えたことは一度だって無かったのだ。しかし今、それが厳しい現実となって四人の前に立ちはだかっていた。


「そう、我々だって君らに人殺しはさせたくないんだ。人殺しの十字架を負うのは大人のプロの軍人である、我々だけでいい」そこで宇治原三佐が笑顔を見せる。「だから、君らは我々大人に全て任せてくれ。いいね」


「……で、でも」絵里香はなおも食い下がる。「F-23Jは体の小さい私たち用の機体だ、って以前町田二尉から聞きました。それに大人の人が乗って……大丈夫なんですか?」


 巧也は驚く。どうやら絵里香も彼と同じことを考えていたらしい。


「大丈夫さ」と、宇治原三佐。「我々だって、訓練でそれなりにGに耐えられるようになっている。君らのレベルには追い付かないかもしれないが……その分君らにはない経験があるからな。それでなんとかカバーできると思うよ。だから……君らは何も心配しなくていい」


「……わかりました」絵里香はうなずく。


「それじゃ我々は行かなくてはならないが、君らはとりあえず連絡があるまでここで待機。これは命令だ。いいね」と、宇治原三佐。


「了解」四人は同時に敬礼する。


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