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「……タク」


 その日の出撃後。デブリーフィング(帰還後の打ち合わせ)を終え宿舎に戻ろうとする巧也を、しのぶが呼び止める。明らかにその声には元気がなかった。


「え、シノ……なに?」


 振り返った巧也は、しのぶが沈み切った表情をしているの気づく。


「ど、どうしたの……」


「ちょっと……話があるの……少し、いいかな……」うつむいたまま、ポツリポツリとしのぶは言った。


「う、うん……いいけど」


「それじゃ、グラウンドの方に……いこ?」


 千歳基地の敷地内には野球場やグラウンドがあって、基地のスタッフが時々野球をしたり走ったりしていた。


「え、なんで?」


「うん……ちょっと、ね。誰もいないところで、二人で話したいから……」しのぶは何かをごまかすような笑みを顔に浮かべる。


「……!」


 誰もいないところで女の子と二人っきり……しかも、女の子の方から誘われてしまった。巧也はゴクリとツバを飲み込む。


 もしかして……ぼく、告白されてしまうのか……?


---


 夕暮れのグラウンドには人影が全くなかった。風が冷たい。まだ十月なのだが、気温は10℃を切っていた。


 そこに着くまで、しのぶは思いつめた表情で全く口を開こうとしなかった。そして彼女はグラウンドを見渡せる丘で足を止め、巧也を振り返る。


「タク……これから私の言うこと、信じてくれる……?」


---


 しばらく呆然としたままだった巧也は、ようやく口を開く。


「……嘘、だろ……?」


「ううん。嘘じゃない。証拠もあるよ」


 ここまでしのぶが断言するのは、珍しいことだった。


「……」


 巧也は言葉を失う。彼女の話はあまりにも衝撃的だった。てっきり愛の告白でもされるのか、などと思っていた彼は、冷や水をぶっかけられたような気がしていた。


「そんな……町田二尉や宇治原三佐が、ぼくらを騙していた、なんて……」


「でも、そうとしか考えられないの……」


「……この話、エリーやジョーにも言った方がいいかな」


「わたしは言った方がいいと思う。だけど、リーダーはタクなんだから、タクが決めるべきだよ。タクがリーダーだから、わたしもまず君にだけ伝えよう、と思ってここに連れてきたの。ここならおそらく盗聴マイクや監視カメラもないから」


「……」


 巧也は思い出す。そう言えばあのジャミング事件の時、地下の教室にいた彼としのぶはカメラとマイクで監視されていたのだった。そのような仕掛けがあるのは地下教室だけではないだろう。全ての部屋がそうである可能性も十分考えられる。

 だからしのぶは、こんな何もなく見晴らしもいい場所に彼を連れてきたのだ。


 "シノって、意外に用心深いんだな……"


「わかったよ」巧也はうなずく。「二人にも伝えよう。でも今日はそろそろ門限だから、また明日、二人ともここに連れてきて話そうよ。宿舎とかじゃ盗聴されてるかもしれないから」


「わかった」


---


 それから二日後。


「町田先生」


 宿舎の地下の教室。理科の授業終了後、後片付けをしていた町田二尉を四人がずらりと取り囲む。


「ど、どうしたの……? みんな、怖い顔をして」きょとんとした顔で、町田二尉。


「先生、いや、町田二尉、本当のことを教えてください」とうとう巧也は切り出した。「二尉、ぼくらに隠していること、ありますよね」


「え……何のことかしら……」


「ぼくらが戦っている敵は、何者なんですか?」


「……!」明らかに町田二尉はギクリとしたようだった。「なんで……そんなことを聞くの?」


「シノがエリントELINT電子情報Electronic Intelligence:敵の発する電波などを分析すること)してて気づいたんです。明らかにF-23Jがぼくらに隠れて敵の機体と通信を行っている、っていうことを……」


「……!」


 町田二尉が、両目を大きく見開いて絶句する。


「どうして敵なのに、通信する必要があるんですか?」巧也は二尉を鋭く見据えた。


「……」


 町田二尉は応えない。巧也は続ける。


「それに……もう一つ、よくわからないことがあります。レーダー電波の信号パターンは、同じ機種でも機体ごとに微妙に違いますよね。でも、一度撃墜したはずの敵機と全く同じパターンのレーダー信号が検出されているんです。証拠もあります。これは……いったい、どういうことなんですか?」


「……」町田二尉はなおも口をつぐんだままだった。さらに巧也は畳みかける。


「そもそも、ぼくらが使っているミサイルや弾薬も、敵が使っているヤツも、威力がかなり小さいと思うんです。いくら F-23J が頑丈に作られている、と言っても、ちょっと頑丈すぎますよ。それに、敵もいつも撃墜されるときは煙を吹いて墜落していくだけで、目の前で爆発して粉々になったりしたのを見たことがありません。もしかして……本当は、敵は撃墜されていないんじゃないですか?」


「……」


 相変わらず町田二尉は黙っていた。だが、やがて、


「……ふーっ」


 と大きくため息をついたかと思うと、弱々しく微笑みを浮かべる。


「降参よ。まさか君らがそこまで見抜くとはね。もしかして……全てを見破ったのは……シノかしら?」


「えっ……あ、その……」町田二尉の視線から逃れるように、しのぶがうつむく。


「そう……やっぱり、一番注意すべきなのはあなただった、ってわけね。私のアカウントを盗んで使ったのも、あなたね。さすが、立川技官の娘さんにして全国大会優勝のスーパーハッカーだけのことはあるわ」


 そう言って、町田二尉はしのぶを真正面から見つめた。


「え……シノが……全国大会優勝?」巧也も同じようにしのぶに視線を送ると、彼女はビクンと背筋を伸ばす。


「あ……えと……」


「ああそうか」と、町田二尉。「みんなは知らないのね。シノのお父さんは小松基地の電子情報系の技官なの。すごく優秀なエンジニアなのよ。そして彼女自身も中学生ハッカーコンテストの全国大会優勝者。お父さん譲りでプログラミングの腕もかなりのものだし、電子機器も自分で設計して作ることだってできるのよ」


「「「えええー!」」」


 しのぶ以外の三人の声が、見事に揃った。


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