8
「アイ、”リコシェ”をやるよ。タクの機体のコントロールは任せる」
「了解、シノ」
アイの応答を聞きながら、しのぶは無線のスイッチを入れる。
「タク、アイにコントロールを渡して」
『了解。アイ、ユー ハブ コントロール』巧也の声。
『I have control』タクの機体のアイが応答する。これで”リコシェ”の準備は整った。
”リコシェ”はDFで巧也としのぶが生み出した技である。射程外や死角の敵を銃撃するために、機関砲弾を跳ね返らせて射程外まで届かせる、というもので、フランス語で「跳弾」――発射後何か硬いものにぶつかって跳ね返った弾丸――を意味する"ricochet"からその名がついている。
射撃が得意なしのぶが射手を担当し、巧也の機体に弾丸を跳ね返らせる。と言っても、角度が少しでも深すぎれば弾丸は跳ね返らずに彼の機体を破壊してしまう。一歩間違えば
それでも、今の二人はかつての黄金ペアの呼吸を取り戻している。アイのサポートも加えればきっとうまくいくだろう。しのぶは心を決める。
彼女の機体は巧也の機体とほぼ
『ノブ、
HMDの中で銃撃の
重力に引かれて下降を始めた機関砲弾が、巧也の機体上面で跳ねて再び上昇。その中の3発を真正面から叩き込まれた敵機は、黒煙を吹いて墜落していく。
「やった! すごいよノブ……あっという間に2機撃墜じゃないか」
嬉しかった。やっぱりノブは頼りになるパートナーだ。巧也は実感する。ぼくはまさにこれを望んでいたんだ。ノブと一緒に空を駆ける、この瞬間を……
インメルマン・ターン(
『タク、機体は大丈夫かい?』と、しのぶ。
「ああ。たぶん、ちょっと外装がへこんだくらいで中身のシステムには何の問題もなさそうだよ。やっぱこの機体、思ったより頑丈なんだね」
『よかった……久々に”リコシェ”が決まったね』
「ああ、ノブの射撃の腕前も相変わらずだね。ぼくはさ、ノブと一緒に本物の空を飛びたくて……それでJスコに来たんだよ。それがようやく叶って……すごく嬉しいよ」
『……』
「あれ? ノブ、どうしたの?」
『わたしも……タクと一緒に、空を飛びたかった……』
しのぶはシノの声に戻ってしまっていた。しかし、なぜか巧也はドキリとする。
「そ、そう……ええと……今の君は……シノ?」
『ふぇっ!?』
その驚き方は、間違いなくシノだ。巧也は思わず吹き出す。
「あはは。そっか……君はシノであり、ノブなんだな。でもさ……やっぱ空ではノブの方がいいよ。空の君はそっちの方が似合ってる、と思う」
「!」
そう巧也に言われて、しのぶは気づく。
今まで封印していた”ノブ”の仮面を、彼女は今日再びかぶった。だけど……
”ノブ”になってみると、何もかもが自然だった。今まで体が動かなかったのがなんだったんだろうと思ったくらいだ。
しのぶは思う。ひょっとして……逆に今までの空のわたしは、”シノ”という仮面をかぶっていたんじゃないだろうか。空では”シノ”よりも”ノブ”の方が、ほんとのわたしに近かったんじゃないだろうか。
でも、ほんとのわたしって、なんだろう。自分でもよくわからない。だけど……これだけは言える。
シノもノブも、間違いなくわたしなんだ。ほんとのわたしは、しのぶ。シノ+ノブだ。
ようやくしのぶは、町田二尉の言葉の意味を理解できた気がした。
その時だった。
『スカルボ01、スカルボ03、マイク・アルファ』
絵里香の声が無線に入る。「マイク・アルファ」はMission Accomplished……任務達成を意味する略語であり、その一言だけで巧也は絵里香と譲のペアが全ての敵機を撃墜したことを知る。
『
『スカルボ03
「すごいね……やっぱり、エリーとジョー、無敵のペアだね……」しのぶが感慨深そうに言う。
『ぼくらだって負けてないさ』と、巧也。『ぼくとノブなら、黄金ペアだからね。でも……シノは、やっぱノブになるのは嫌なの?』
「……!」
一瞬迷ったが、すぐにしのぶは応える。
「そんなことないよ。これからはわたし……ううん、ボクは空では”ノブ”になることにするよ」後半はノブの声だった。
『ああ、それでこそ、ぼくも安心して君に命を預けられる。まさにマイ・ライフ・イズ・イン・ユア・ハンズだ』と、巧也。
「ああ。ボクもだよ、タク。マインズ・イン・ユアーズ、だ」
応えながら、しのぶは思う。
そう。今はこれでいい。ノブとして、タクのパートナーでいられるだけで十分だ。だけど……
いつか、Jスコの期間が終わったら、その時は……
わたしを、「しのぶ」っていう一人の女の子として見てほしい……
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