7

 ”あ、危なかった……”


 巧也はちらりと後ろを振り返る。しのぶの声のおかげで、ミサイルをギリギリ回避できたのだ。だが……既に彼は体力の限界に近かった。目の前がかすむ。


『タク、大丈夫? 無事なの?』しのぶだった。


「あ、ああ……だけど……もう、限界だよ……助けてくれ……ノブ……」


---


「!」


 呟くような、弱々しい巧也の言葉は、しのぶの心の真ん中を貫いた。


 ”呼んでる……タクが、ノブを……”


 しのぶがずっと心の中に封印していた、”ノブ”。だけど今、巧也がそれを誰よりも求めているのだ。とうとう彼女は、心を決める。


 ”わかったよ、タク……今からわたし……ううん、ボクは……ノブだ!”


 深呼吸を一つして、しのぶは……いや、”ノブ”は告げる。


「OK、タク、心配ないよ。ボクが君を、全力で守るから」


---


「……!」


 その低い声を聞いた瞬間、巧也は鳥肌が立つのを覚える。ボイスチェンジャーを通していないにもかかわらず、それは間違いなく”ノブ”の声だった。


「ノブ……!」


『ごめんな、タク、今までずっと助けてあげられなくて……君はだいぶ武器を消耗してるだろ? 今度は君が援護に回ってくれ』


「あ、ああ、ありがとう、ノブ。久々にいつものヤツ、やるか?」


『ああ。マイ・ライフ・イズ・イン・ユア・ハンズ!』


「マインズ・イン・ユアーズ!」


 巧也が応えると同時に、しのぶの機体が後ろから彼を一瞬で追い越す。


 シノの時とは機体がまとうオーラが全く違っていた。あれは間違いなくノブだ。ノブが帰ってきたんだ。巧也は思わず涙をこぼしそうになる。


---


 それまでがまるで嘘のように、体が軽く動く。


 ”ノブ”となったしのぶは、自分自身のあまりの変わりように自分でも驚くほどだった。


 敵がどんな急旋回をしようが、難なくついていける。もともとしのぶはG耐性が4人の中のトップなのだ。後ろの敵は巧也がうまくけん制してくれている。だから彼女は目の前の敵に集中することができた。DFの時の黄金ペアの呼吸を、二人は完全に取り戻していた。


「ノブ、ミサイル発射フォックス・ツー


 ミサイルを発射リリースした瞬間、しのぶはもう一機の敵に向かって旋回を開始する。どうせ命中することは分かっている。さんざん彼女が追い回したせいで、敵は既に回避するためのフレアを全て使い果たしていたのだ。


「敵機の撃墜を確認しました」アイだった。


「ありがとう、アイ。タクの機体の残り燃料を見せて」


「了解」


 データリンクを通じて、アイが巧也の機体の残燃料データを受信、HMDに表示する。


 しのぶの思った通りだった。ほとんど基地に帰るギリギリしか残っていない。おそらくタク自身の体力もほぼ限界だろう。だとすれば、あまり時間はかけられない。残りの一機は速攻で撃墜しなくては。だが……


 残りの一機は彼女から4キロメートルほど離れていた。この距離ではとても機関砲弾は届かない。かと言って、ミサイルはしのぶの機体にも巧也の機体にも残されていなかった。そして、敵機は巧也の機体の真後ろで虎視眈々こしたんたんと狙いをつけている。もはや巧也には回避機動を続ける体力も燃料もない。彼女が敵機を射程に収める前に、彼は撃墜されてしまうだろう。


 どうしたらいいんだ……


 しのぶが唇をかんだ、その時。


『ノブ……”リコシェ”、だ……』


 巧也だった。無線からその言葉を聞いた瞬間、しのぶは思わず聞き返す。


「本当に……いいのかい?」


『ああ』


 即答だった。しのぶは無線に応える。


「了解、タク」


 マスクの中のしのぶの口角が、薄っすらと上がる。


---

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る