第5章 初陣

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 翌日は、06:00 起床。支給されたダークグリーンの飛行服フライトスーツに着替え、歯磨きを済ませて 06:30 に宿舎の玄関前でラジオ体操。その後部屋に戻り、掃除をして 07:00 から朝食。ご飯に味噌汁、納豆、海苔、サケの塩焼きといった、いたって普通の純日本的メニューだったが、ちゃんとした調理師の人が作ったものだという。その後は08:00より、町田二尉に連れられて施設見学。管制塔から小会議室ブリーフィングルーム格納庫ハンガー、整備ショップを見て回る。


 空は快晴。今日も暑い。北海道でもこんなに暑いんだ。巧也は額の汗をぬぐう。また、緑色のフライトスーツが分厚い生地のツナギで長袖のため、余計に暑さを増しているようだ。一応みんな腕まくりをしているが、それでも暑そうにしている。


 施設見学ツアーの最後、町田二尉は四人を大きな格納庫の前に連れてきた。機密区画と書かれたドアをカードで開け、四人をその中に入れる。


 広さは中学校の体育館の十倍、高さは二倍くらいだろうか。ジェット燃料や潤滑油の匂いが漂うそこは薄暗く、窓から差し込む太陽の光だけでは様子はわからない。


 いきなり、パチンと音がして照明が点灯する。巧也が振り返ると、町田二尉が壁のスイッチに手を伸ばしていた。


「これが君たちの乗る機体、F-23Jよ」


 町田二尉が右手を上げて指し示した方向に、巧也は視線を戻す。そこには黒いつや消し塗装の真新しい五つの機体が並んでいた。


 全長、20メートル。翼幅ウイングスパン、13メートル。DFでは見慣れた形だが、肉眼で見るとやはり迫力が違う。


「これが、本物……」と、巧也。


「思ってたよりも大きいんだ……」と、絵里香。


「やべぇ……かっこいいじゃん!」と、譲。


「……すごい」と、しのぶ。四人とも目が輝いていた。


「君らがこれに乗るのは、まだしばらく先だけどね」


 町田二尉が苦笑気味に口元を歪める。


「俺はどれに乗るんですか?」一機ずつ見渡しながら、譲。


「それは決まってないの。実際の戦闘機部隊もそうだけど、一人のパイロットに専用の機体があるわけじゃなくて、誰もがどの機体にも乗る可能性があるのよ。ただし、アシスタントはパイロット一人につき専用だけどね」


「アシスタント?」四人の視線が町田二尉に集中する。


「あ、それについては後で詳しく説明するね。そろそろお昼だから、食堂に行きましょう」


 その町田二尉の言葉に、四人とも空腹を思い出す。


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 隊員食堂は、見たところ二百席はあるほどに広かった。四人は予め渡されていたチケットで定食を注文する。


「カレーはないんですか?」巧也が聞くと、町田二尉が吹き出した。


「あはは。昨日食べたってのに今日も食べる気なの? 君は本当にカレーが好きなのね。でも、残念だけど今日はカレーの日じゃないから。金曜日まで我慢して。ね?」


「はぁ……」返事ともため息ともつかない声を、巧也は漏らす。


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 定食の副菜は鶏の唐揚げだが、ガーリックの効いた絶妙な味付けだった。町田二尉によると、唐揚げならぬ「空上からあげ」という名前で各地の空自基地食堂の名物になっているという。ボリューム満点で四人は大満足だった。

  


 昼食の後、四人はシミュレータ室に案内される。シミュレータはF-23Jの操縦席コクピットの装置、機器類が忠実に再現されていた。シミュレータは二台しかないが、本物のF-23Jのコクピットにもシミュレータモードがあるので、それらも同時に使えば四人が一つのシミュレーションに参加することも出来るという。


「ちょっと、試してみる?」


 四人の中に、町田二尉のこの提案を断れるような人間がいるはずはなかった。


「じゃ、最初にやりたい人!」と町田二尉が言った瞬間、


「「「はい!」」」と、絵里香、巧也、譲の手が勢いよく上がる。一瞬あとに、


「……はい」と、しのぶも手を上げた。


「それじゃ先着順で、まずはエリーとタクね」


---


 シミュレーションはDFと同じようにHMDを装着して行う。ただし、実際にF-23Jで使われているヘルメット一体型の本格的なものだ。だから同じHMDといっても、ヘッド・マウント・ディスプレイではなくてヘルメット・マウント・ディスプレイということになる。


 画面はDFより少しリアルになった、という程度で、絵里香も巧也も特に問題なく操作することが出来た。離陸し、左旋回して滑走路と平行に飛ぶ。そしてまた左旋回して、着陸。巧也としてはもっと飛んでいたかったが、譲としのぶをあまりに待たせるのも悪い気がして、すぐに帰ってきてしまったのだ。絵里香も同じように考えていたようで、巧也と同じようにあっさりと着陸した。


 HMDを外して、巧也はシートを譲に明け渡す。絵里香が座っていたシートに、代わってしのぶが座る。


 ところが。


「……タク、これ、どうやって操作したらいいんだ?」


 譲が戸惑とまどいの表情で巧也を見つめていた。


「ええっ? DFと一緒だよ?」


「って言っても……コントローラー、ないし」


「コントローラー?」


 譲の言葉の意味が、巧也には全く分からなかった。コントローラーなんて戦闘機にあるわけないじゃないか。ゲーム機じゃないんだから。


 ……ゲーム機?


 その瞬間、巧也の脳裏に閃きが走る。


「ジョー、もしかして、君さ……DFを、コントローラー使ってプレイしてたのか?」


「当然だろ?」即答だった。「お前はそうじゃねえのかよ」


「ぼくはジョイスティックとスロットル、ラダーペダルを使ってたよ」


「なにぃ!?」


「私もそう」と、絵里香。


「え……じゃあ、シノは?」譲は隣のシミュレーターに座っているしのぶを振り返る。


「あ、あの……わたしも……」


「そ、それじゃ、コントローラー使ってたの、俺だけ……?」ぼう然とした顔で、譲。


「てか、ジョー、コントローラーだけでランカーにまで上り詰めたって……逆にすごいよ」と、巧也。


「いや、だってさ、俺んち……母子家庭で貧乏だから、ゲーム機買うので精一杯でさ……ジョイスティックとか買う金無くて……しょうが無いから、付属のコントローラーでプレイするしかなかったんだ……」


「……」


 譲にそう言われると、誰も何も言えなくなってしまう。


「そっか……そうなると、ジョーには特別に機種転換過程が必要ね」


 今まで黙って話を聞いていた町田二尉が、おもむろに口を開いた。


「宿舎の食堂に、簡易的なシミュレータが動くパソコンとジョイスティック、スロットル、ラダーペダルを用意するから、空き時間に君はそれで練習しておいて。他の人が使ってもいいけど、あくまでこれはジョーのためのものだから、彼が最優先で使えるようにしてあげてね」


「マジッスか! 町田さん、ありがとうございます! やっぱ町田さんは女神ッス!」


 町田二尉に向かって、譲はペコペコと何度も頭を下げた。


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