第170話・とってもハードな大統領

──スッスッ


 音もなく天井裏をゆっくりと移動。


 作業用の入り口から入ったものの、その高さは人が屈んでも移動できるものではない。


 そこを腹這いになりつつ、且つ、建物内部の鉄骨フレームの位置を確認しながら、フーディン大統領は進んでいく。




(……指揮系統を確認するか……)




 エレベーター室の近くまで移動し、静かに作業用ハッチを開いて下を見る。


 音を確認し、近くには人気がないことも確認。




(……ワイヤーとフック。あとは……)




 細い空間でトラップを作り作業用ハッチに仕掛ける。


 そこからワイヤーを伸ばしつつエレベーターから少し離れた場所に向かい、そこにも仕掛ける。


 いくつかの仕掛けを行ってから、ちょうど中心の位置に移動すると、一本目のワイヤーを引く。




──コトン


 わずかの作業用ハッチの隙間から、ボルトが床に落ちる。




『ん? 何か音がしたな?』


『向こうの部屋だ、フーディンの可能性があるな』




 声の位置、そことボルトの距離。


 長さにして10mほど。


 建物の内部は音が反響するとはいえ、絨毯敷きの床に落ちたボルトによく気がつくものだ。




(……さすがはロシア親衛隊ロスグヴァルディヤだな。よく訓練されているが)




 警戒してボルト近くまでゆっくりと近づく親衛隊。


 その背後のハッチへと向かい、隙を窺うフーディン。


 やがて親衛隊員がボルトまで近寄ると、すぐさま銃を抜いて天井に向けて撃ち始める‼︎




──ダーンダーン‼︎


「走れ、囮だ‼︎」


「まさかだろ?」




 そう叫んで走り始める親衛隊の頭上から、フーディンが落下して肩車のように乗っかると、そのまま頭を押さえてから首を捻って折る。




──ゴギッ


 さらに倒れそうな親衛隊員の身体を抑えて、もう一人の親衛隊員に向かって蹴飛ばすと、すぐさま銃を引き抜いて二人まとめて撃ち抜く。




「ふぅ。このまま放置するのもなぁ……」




 ガサゴソと手榴弾を取り出すと、火薬の量を少なくし、死体を使ったブービートラップを仕掛ける。


 誰かが死体を動かした時点で爆発する仕掛けだが、この程度のものに引っかかるような親衛隊員は必要ないなぁと、思わず苦笑する。




 そしてエレベータールームまで移動すると、そのままエレベーターに乗り、その天井裏に移動、通信機を取り出して何処かに暗号通信を送り出すと、次の一手のためにエレベーターシャフトを上り始めた。






 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯






「まだか、相手は一人だぞ。どうして見つからないんだ‼︎」




 赤の広場に待機している移動式指揮車両。


 そこに詰めていた地球防衛軍の司令官の一人、アーレン・マグギャランは、未だに消息不明のフーディン大統領に腹を立てている。


 一刻も早く捕らえ、軍事クーデターまで持ち込まなくてはならない。


 現時点での戦力では、ロシアの全域を掌握することは不可能。


 指導者であるフーディンの死を以って、ようやく作戦の半ばまで到達する。


 それ以外の根回しはとっくに終わっており、フーディン大統領の死を持って、ウクライナを始めとした周辺諸国が反旗を翻す算段になっている。




「未だ不明。なお、現時点での損失は親衛隊6、兵士14。しかも、可能な限り建物には損失がないように仕留められています」


「たった一人でか、映画じゃないんだ、相手は普通の人間だろうが? それともあれか? スターゲイザーが後ろで手引きでもしているのか? 賢人機関のアドバイザーでもついているのか?」




 同士の不甲斐なさに憤慨し、あまり構わず怒鳴り散らす。


 だが、報告を受けていた兵士が一言だけ、こう告げた。




「マグギャラン司令。フーディン大統領は、恐らくは『黄昏の戦士』です」


「……馬鹿な? 奴の出自から『我々の血族』である可能性があるというのか?」




 異星からの古代の移民者たち。


 アララト山脈の裾野に住んでいた彼らから袂を分ち、旅立った戦士たち。


 その中でも、彼らの血を強く受け継ぐものが『黄昏の戦士』と呼ばれる存在。


 今の時代には、黄昏の戦士は存在しない。


 あまりにも強い血筋ゆえ、子孫を残すことが不可能と言われていたから。




「お忘れですか? 我々の血の系譜を最も強く受け継ぐのは、マリアの血族です。異端と思われながらも、この伝説は覆すことのできない真実です。そして、そのマリアの名を持つものこそ、黄昏の血族であることを」




 アララトから旅立った戦士たちの子孫。 その中には、世界的に有名な偉人や伝説の人物などが存在する。


 だが、その全てが強い戦士の血を受け継いでいたのではない。


 最も強い始祖の血脈は世界中に広がり、ある時を境に『マリア』という名前の女性に集まる。


 それ以後、マリアの名の下に血は集まり、そして戦士が覚醒する。




「まさか……フーディンの先祖にマリアが?」


「違います‼︎ 祖母の名がマリアなのです‼︎」




 その言葉を聞いて、すぐさまマクギャランは通信回線を開く。


 一般的な回線ではない、戦士の血を持つものの中に流れる、生体ナノマシンに送られる言葉。


 それはまるで、神託のように聞こえるかもしれない。


 血が薄まった現在は、通信としての役割を持ってはいないものの、これを使うことによりある程度の思考誘導を行うことが可能である。




 だが。


 予想を反するかのように、通信に声が届く。




『ああ、本部はそこか。ようやく大統領庁舎の掌握が終わり、敵本部隊を探そうかと考えていたところだよ』




 声が聞こえてくる。


 いや、そんなことはありえない。


 こちらから送り出した声も、言葉として聞こえているはずがないのだ。


 送り出した言葉は命令となり、ナノマシンを介して対象者の思考を自然のままに誘導する。


 ましてや、声として返答が返ってくるなとありえないのだ。




「……フーディンか?」


『そうだな。その声は、私の親衛隊の副隊長であったマクギャランか。ちょうどいい』




──ゾクッ


 マクギャランの背筋に冷たいものが走る。


 やばい、ここにいてはいけない。


 フーディンは必ずここを攻撃する。


 何処だ?


 どこから攻撃してくる?




 マクギャランの心臓がドラムを叩くように激しくなる。




「車を出せ、いや、それだと逃げるのがバレるから狙われる、いいな、ここから動くなよ‼︎」




 そう指示を飛ばして、マクギャランが後部ハッチを開いて外に出る。


 そして見えないワイヤーが首に巻きつくと、そのまま車の外に引き摺り出され、天井上部に釣り上げられた。




「やあマクギャラン。なかなか楽しくない演習だったよ……」




──ダーンダーン‼︎


 無慈悲にマクギャランの頭部を撃ち抜くと、そのまま車両内部に飛び込んでくる。




「さて、通信回線をフルオープンで。全ての地球防衛軍に告げる。作戦は失敗した、すぐに武装を捨てて降伏するように」


「そ、そのようなことはできません。この指揮車両ごと破壊すれば、全て終わります」




 通信兵が叫ぶが、フーディンは軽く指を鳴らして一言。




「ゲームオーバーだよ。すでに連絡はつけてある、つまり、こういうことだよ」




──ゴゥゥゥゥゥゥ


 轟音を上げつつ、ゆっくりと機動戦艦タケミカヅチが降下してくる。


 エレベーターの中で、フーディンは暗号通信を送った。


 送り先は、ホワイトハウス。


 そこに待機しているであろう賢人機関の責任者に、一個小隊を派遣するように頼んだのである。


 取引の代価はかなりのものであったが、それに見合うだけのものを、その場にいたケネディがミサキに打診、タケミカヅチが降下したのである。




「ほらな、全て終わりだ。なかなか勇猛な指揮官であったが、地球防衛軍と手を組んでいたという時点で、国家反逆罪だ」




 速やかに引き金を引き、通信兵の右肩を撃ち抜く。


 この十八分後、タケミカヅチは再び急上昇を開始、サーバントの精鋭部隊が鎮圧作業を始めた。

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