第113話・グッバイ異世界、次はどこだろ?
──カーンカーンカーン
小気味良い工事現場の響き。
ミサキが作り出した作業用サーバント24体。
彼らの手により、元軍事施設があった場所は地ならしと基礎工事、上下水道の敷設が完了し、いよいよ地上施設の工事が始まった。
地下空洞へと続く竪穴は閉鎖され、今はツァトゥグァの腹の上に置かれている『フォースプロテクションシステム』により、何人たりとも近寄らなくなっている。
そしてツァトゥグァの直上には、今回の目玉である『大型フォースプロテクション』の設置工事が行われているところであった。
「これが完成したら、いよいよ子機を衛星軌道上に運び出して完了だよ。街の敷設についてはエルフの皆さんに任せてありますけど、あの門から外には建物は作らないでくださいね」
工事現場事務所で、ミサキは集まったエルフの代表たちに説明を行なっている。
今回のプロジェクトのカナメは、エルフたちの魔力。
それを定期的に補充することで、この星を包み込む巨大な結界は維持される。
もっとも、ツァトゥグァから自然に放出される魔力も使うので、実際は補充する必要などないのだが。
それでは緊張感が無くなるので、このことには触れていない。
あくまでも、彼ら自身の手によって守るという意思が必要なのである。
「この門から外には、フォースフィールドとやらは広がらないんだろ?」
「ここまで大規模な結界は、我々の種族にも伝えられていませんからね」
「あの魔力供給用のオーブに、1日に一度、魔力を注ぐのか……横のゲージが一杯になるまでとは、これまた大変だなぁ」
「一人で満タンにする必要はありませんよ。シフトを組んで、皆で順番に行うといいかと思いますので」
ひとつ一つの質問に答えつつ、工事の進行度を確認する。
この調子でいくと、明日の午後にはミサキは衛星軌道上に上がる必要がある。
そして軌道が安定したか確認してから、フォースプロテクションシステムを稼働。
そこで、ミサキの仕事は終わりである。
「しかし、あの異星人がまたくる可能性があるとは……」
「逃げたのもいるからなぁ。っていうか、逃がしたんだけどさ」
「こっちの戦力を見せつけるためですか。それで引くのなら良いのですが」
「侵攻してきたとしても、相手が神代の兵器を使ってこない限りは、星に降り立つことなんて不可能。あの結界中和システムもかなり強力だけどさ、魔力依存型兵器だから」
そう。
あの隊長機が使っていたエネルギーハルバード。
あれは魔力をエネルギーとして稼働していたシステムであり、ツァトゥグァの結界をも切り刻んでいた。
家族を人質に取られたエルフの術師から、結界切断術式を聞き出して作り出した兵器であり、その図面は持ち逃げされた可能性がある。
そもそも、あの兵器のエネルギーはエルフを麻薬漬けにして魔力を絞り出したものなので、魔力を持たない人間では使うことができない。
まあ、魔力カードリッジなどというふざけたものを作り出したのは、かなりの科学力だと認めよう。
「つまり、もう恐れるものはないと?」
「そうだなぁ。油断はしないほうがいいけどね。このあとは、皆さん次第、俺はたまたま辿り着いただけの|異邦人(フォーリナー)だから」
「それでも、この星の恩人であることに変わりはありません。感謝します」
改めて頭を下げられ、困った顔になるミサキ。
そしてすぐに作業を再開するように伝えると、皆が持ち場へと戻っていった。
………
……
…
月影は、狼狽している。
彼が見たままの報告を里長に報告し、里の再興のためにミサキの持つ鍵を回収しに戻ると説明した。
静かに月影の報告を聞いていた里長は、満足そうに髭を撫でつつ天を仰ぐ。
「そうだなぁ。月影よ、そのミサキとやらを捕らえよ。我が一族秘伝の薬で、奴を傀儡とするのだ」
「何故ですか? 我らが必要なのは彼女が持つ鍵のみ。捉える必要などありません」
「いや、これは我が一族の悲願である。我ら忍びの一族による世界の統一。そのためにも、ミサキとやらの知識は必要だ……」
なんだ?
里長は何を言っている?
今必要なのは、死した我らが同胞の再生ではないのか?
忍びとは、決して表に出てはいけない。
我らが仕える帝のために、己が命を散らすのが本望ではなかったのか?
「里長、何をおっしゃっているのですか?」
「月影よ。其方が留守の間にな、帝から勅命が降りたのだ。稲穂之国が、世界を支配すべきだと……我らが一族は、そのために動く。そして、世界を統べた暁には、帝にも退場願おうではないか‼︎」
──ニイッ
口元に下卑た笑みを浮かべる里長。
「そ、それは……」
「帝の勅命なるぞ? 我らが一族は、帝の為にある……まあ、鍵など後からでも構わん。今必要なのは、ミサキだ。報告にあったエルフの里の魔導具も、我らが管理しようではないか。以上だ、下がれ」
これ以上は話ができない。
里長の命令は絶対。
帝の勅命も、絶対。
だが、月影は、考え始める。
何が正しいのか、何が間違っているのか。
帝と共にある、それは間違いない。
だが、帝が、そのようなことを命じることはない。
歯車が、ゆっくりとズレ始めてあることに、月影は気がつき始める。
だが、月影は真実には到達できない。
帝から里長が勅命を与えられた時。
その勅命は『稲穂之国を、侵略者から守るよう』であった。
しかし、里長はその場で、帝を傀儡と化した。
帝からの勅命は、他人に知られてはいけない。
絶大な信頼を持つ里長との、二人きりの会見。
そこで帝は油断が生じた。
何百年と忠誠を誓っていた忍びの里の里長が、まさか反旗を翻すなど考えていなかった。
結果として、帝は里長の傀儡となった。
表面上は何ら変わることなく、ただ、里長の意のままに操られるだけ。
………
……
…
「ふむふむ」
全ての調整が完了し、フォースプロテクションシステムが稼働して三日。
衛星軌道上から監視を再開した異星人たちは、このプロテクションを突破できずにイラついている。
まあ、そんなことは知ったことではなく、ミサキは最後の調整を終えて、システムの全てをエルフたちに引き継いだ。
「これで完了です。あとは皆さんが管理してください。それと、彼らは、このシステムを維持整備するために残りますので、何か困ったことがありましたら、彼らに尋ねてください」
ミサキに紹介された五人のサーバントたち。
彼らはミサキの命令で、この星でシステムをメンテナンスするのに残ることになった。
「ありがとうございます」
長老が深々と頭を下げるが、湿っぽいのは嫌いなミサキ。そのまま笑いながら、手を振る。
「そんじゃ、俺は帰るからさ。運がよかったらまた逢えるし、困ったことも彼らである程度は対応可能だからさ、そんじゃ」
ヒラヒラと手を振りつつ、外で待機しているカリヴァーンの元に向かう。
そのままコクピットに搭乗すると、すぐさまバックウェポンシステムを近接格闘型に切り替えた。
システムの引き継ぎを始めた時から、結界の外から殺気が溢れている。
それが月影のものであることに気が付いたのものの、朧月の攻撃程度では、ミサキの本気の結界など破壊できるはずがない。
「カリヴァーン、全力でいくからな」
『了解』
すぐさま外に向かい移動する。
ミサキの作り出した結界は、カリヴァーンには効果がない。
あっさりと結界を通り過ぎると、目の前に純白の朧月が待機している。
「まだ鍵を寄越せってか?」
「いや、帝の勅命を先に行う。ミサキ、貴様を生捕りにし、我が一族で傀儡のように使う‼︎」
「薄い本のようにか? ニンジャ組織に売り飛ばされて、娼婦のように使い潰すのか‼︎」
そう叫びつつも、左右の腕に魔力を集める。
「ふん。貴様の体など興味はない。欲しいのは知識、そしてその神代の遺産・カリヴァーンだ」
「あ〜、そういう事かよ。いきなりの軌道修正ご苦労さん。だけど、俺も次の世界に向かう必要があるのでね」
──ギン、ガギン
神速で間合いを詰める二機。
忍者刀による乱撃を|神の左手(ゴットレフト)で弾き飛ばし、かえす刀で|悪魔の右手(デモンズライト)で乱打を打ち込む。
その攻撃により忍者刀が砕けるが、朧月の左胸部が輝くと、砕けた忍者刀が再生した。
「な、なんだぁ?」
『霊子光器による再生です』
「化け物かよ、その魔導具は」
『イスカンダル曰く【二十四の伝承宝具】の一つと推測したそうです』
「はぁ。効果は?」
『サクリファイズとウィッシュ』
「生贄と願い。やつは、何を生贄に願いを叶えたっていうんだ?」
『さぁ? 少なくとも、以前よりも朧月の出力は上がっています』
たしかに、以前よりもキレがいい。
けど、それはこちらも同じ。
「カリヴァーン、神力回路を解放。俺の神力を魔導ジェネレーターに直結‼︎」
『オールライト。カリヴァーンG、稼働します』
亜神の俺の魔力、すなわち神力。
それをカリヴァーンの魔導ジェネレーターに直結する事で、カリヴァーンは神威型カリヴァーン、【カリヴァーン|G(ゴッド)』となる。
こうなると、たとえ相手が神のマーギア・リッターであろうとも、止めることはできない。
ようやく実戦稼働が可能になったので、ここでお披露目である。
「いくぞ、ワンハンド神魔滅殺!!」
以前なら|神の左手(ゴットレフト)と|悪魔の右手(デモンズライト)を重ねて初めて発動した神魔滅殺。
それを右腕のみで発動すると、朧月目掛けて打ち下ろす。
──ドゴォォォォォ
一発。
高速で交わそうとした朧月だが、コクピットを守るのが精一杯。
一撃で左肩から右腰まで右腕で抉り破壊すると、そのまま後方に吹き飛ばした。
『霊子光器の反応、消失』
「よし、Gモード解除」
──プシュゥゥゥゥゥ
全身から残存魔力を放出し、機体を冷却する。
「悪いが、これでおしまいだ。俺はあんたらの傀儡になる気はない。貴様の霊子光器も破壊した、これで俺を追いかけることはできない」
頭部コクピットで血まみれになっている月影に叫ぶ。
「そ、その力があれば……何故だ」
「知らん‼︎ あえて告げるなら、俺が嫌なだけだ」
そのまま地面を見る。
『ツァトゥグァ、俺の用事は終わった』
(良いのか? やつは放置するのか?)
『霊子光器は破壊したからな。もう、あの強さはないから』
(よかろう、かよわきものよ、次の鍵へと送ろう)
カリヴァーンが光に包まれる。
そして一瞬で、カリヴァーンは星から消失した。
「任務失敗……それどころか、霊子光器を失った…」
月影は呆然とした。
これで、同胞たちを目覚めさせることができなくなった。
その目的も、存在意義も、何もかも失ったのである。
何故、こんな事になったのか。
鍵を奪えば、それで良かったのではないか?
何故、帝は世界を欲した。
その野望を、里長は利用した。
その結果、同胞たちの再生は不可能となった。
「……任務失敗……報告せねば」
かろうじて残っていた霊子光器のカケラ。
それを懐に収めると、月影は、ヨロヨロと力なく歩き出した。
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