第37話・太平洋攻防戦・反撃の狼煙と、殺す覚悟

 怖い。

 俺は普通のサラリーマンだったんだ。

 それが、いきなり事故死して、間違いだということで生き返って、そのお詫びというわけじゃないが、未知の機動戦艦を貰った。

 それを使って、のんびりと楽しく生きようとしたんだよ。

 でも、世界がそれを許さなかった。

 だから国として独立したんだ。

 そうすれば、つくってしまえば、あとはのんびりできると思っていたさ。


 まあ、それが本当に続くのかなんて分からないけど、アマノムラクモがあれば、そこでのんびりと生きていけると思ったさ。


 国として機能するには、もっと多くの人が必要。

 だから、できることをやろうとしたんだよ。

 幸いなことに、俺は錬金術師だ。

 頭の中には、さまざまな薬品知識もある。

 現代医学で治療不可能な病気や怪我も、これで癒すことができる。

 それに、アマノムラクモの医療用ポットは、入って寝ているだけで病気を自動で診断し、適切な処置を施してくれる。


 これなら、医療国家としての立場を表明すれば、多くの人を救うことができる。


 現実は、非情だった。

 アドルフ・ヒトラーに似た男によって、俺の作った諜報用サーバントが破壊された。

 オクタ・ワンやトラス・ワンに確認しても、人間には破壊不可能という結論が出たんだよ。


 そのあたりから、怖くなった。

 自分の持つ力、それを上回る存在。

 それでも、こっちから手を出さなければ平和を維持できると思っていた。


 甘いだろ? そうだよ、危機感がないと言われてもおかしくないけどさ、アマノムラクモの中で生活すると、感覚が鈍ってくるのは認めるよ。

 そんな時に、アドルフは巨大な飛行船を建造して姿を現した。

 ぶっちゃけると、大したことはないと思っていたんだよ。アマノムラクモなら負けるはずが無いって。


 でも!

 たった一発の砲撃が、俺の自信を打ち砕いた。

 もしも、あの砲撃の角度が僅かに上だったら、最悪は艦橋を打ち抜いていたかもしれない。


 怖い、いやだ、死にたくない。

 なにもしたくない、平和な場所に逃げたい。

 もう沢山だ、何処かに逃げたい…。


………

……


──パチッ

「夢……か」


 俺はどうなっていたんだ?

 あ、そうか、アドルフの砲撃で意識を失ったのか。


「このガラスは、医療用ポットか? オクタ・ワン、俺の声が聞こえるか?」

『ピッ……ご無事で何よりです。バイタルは弱いですが、危険域ではありません。今は、ゆっくりとお休みください』

「そうか! あの砲撃で意識を失ったのか……オクタ・ワン、外の状況はどうなっている?」

『ピッ……連合艦隊のいくつかの艦艇が拿捕されました。結果、各国艦隊は一時戦線を下げて、監視体制に入っています』

「了解。今から艦橋に戻るから、そこで今後のことを考えるとしようか」

『……今後のことですが、ミサキさまの留守を守るため、アドルフにはこの世界からのおかえりをお願いしようかとおもいます』


 オクタ・ワンが言葉を詰まらせていると、トラス・ワンが詳細説明を行ってくれた。


「帰ってもらう? どこに、どうやって?」

『ピッ……正確に伝えます。対第三帝国作戦を、間も無く開始します。現在は次元潜航を行っていますが、ここから一旦浮上、のち戦闘用サーバントとワルキューレで敵艦隊に突入します』

『……艦隊のコントロールを掌握、のち巨大飛行船から離れたところで、アマノムラクモは海底から仰角九十度での魔導パルスカノンによる斉射を開始します』

「……俺の許可なく、いや、違う……俺のために、か?」

『是』

『……肯定』


 心配かけたか。

 そりゃそうだ、いきなり意識が途切れたんだから、当たり前だよな。

 すぐさま医療用ポットから飛び出すと、病衣から制服に換装して、艦橋へと向かう。


「作戦の一時停止。俺が艦橋に着くまではまだ動くな、そこで改めて指示を出す。俺の手を汚させない、俺のためにというのはありがたいが、これが運命なら……全て、受け入れるさ」


 弱っていた心の声は、もう聞こえない。

 どうせやるのなら、しっかりと責任を取るよ。

 異世界から来たのか、はたまたこっちの世界で蘇ったのか知らないけど、同じチート持ち同士、しっかりとケリをつけようじゃないか。


『ピッ……オクタ・ワンよりアマノムラクモ各位に通達。ミサキさまが艦橋へと帰還なされます。作戦は一時中止、命令があるまで待機』

『……緊急浮上を停止します』


 艦内にオクタ・ワンの声が響く。

 これが、本物の戦争の空気なんだなぁと今更ながら理解したよ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「アマノムラクモが消えたか。さて、次はどう来るかな?」


 膝に置いてあった右手の指先を、まるで指揮棒を振るかのように動かしているアドルフ。

 最大の脅威であったアマノムラクモが姿を消してから、すでに六時間は経過している。

 この間に、眼下の艦隊のコントロール掌握も終えてあり、次の指示をどうするのか考えていた。


「……衛星回線の掌握は完了しています。今こそ、我が第三帝国の存在を、世界に知らしめるべきではないでしょうか?」


 クラウス・ゲーレンが静かに進言する。

 すると、アドルフも静かに頷き、マイクを手に取った。


「全世界に対して通信回線を開け」

「……完了です」

「よろしい。では、始めるとしようか」


 ヒトラーは叫んだ。

 第三帝国の再興を始めると。

 我こそは、アドルフ・ヒトラーである。

 これより、戦争を始めよう。

 我に、第三帝国に従うなら、国の首都に、政治の中枢にて我らが旗を掲げよと。

 それが降伏の合図であり、我は、従った国には、民には手を出さないであろうと。


 その声が届いた国は、どのような判断を下すのであろうか。



………

….



 アドルフの声明は、アメリカやロシア、中国の首脳陣の元にも届けられる。

 国連では急遽、安全保障理事会が開かれ、アドルフの対応についての協議が始められている。

 いや、正確には、アドミラル・グラーフ・シュペーが姿を表した時には会議は始まっていた。


 アドルフ対策として、国連は自ら下がることはないと。


 国連平和維持軍の派遣が決定し、速やかに各国の軍関係は準備を進めていた。

 その上で、一つでも多くの情報が必要であると、常任理事国の代表をはじめとした各国の代表たちは、一つでも新しい情報が届いたらすぐに議論が始められるようにと、会議場近辺で待機していた。


 そこに新しく届けられたのが、アマノムラクモの消失という絶望と、アドルフによる全世界降伏勧告である。


 第三帝国に対して、負けを認めるのか?

 世界が第三帝国の指揮下に入るのか?


 答えはNOである。

 だが、明確な回答を、対策を唱える代表はいない。

 本国に連絡を行い、指示を待つしかなかった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……本当に、電撃作戦だよね。でも、それしかないか」

『ピッ……腹を括ったのですか?』

「ん? ちょっと違う。けどまあ、似たようなものだよ。先に説明するけど、アドルフを処分しないと世界が終わるような気がする。それで、対抗策を考えてみても、他国じゃアドルフ対策なんて不可能だろ?」

『是』


 オカルトを組み込んだオーバーテクノロジー。

 そんなものに対抗できるものは、あるとしてもアメリカが極秘裏に接触していると噂されている宇宙人程度だろう。

 そんなものはないとわかっているから、対抗できるのはアマノムラクモだけ。


「作戦はそのまま遂行してくれ。俺は艦橋で待機しているけど、最悪の場合は、マーギア・リッターで俺も出るから」

『ピッ……危険です。鹵獲される可能性があります』

「確率が五%とかでも、オクタ・ワンは安全マージンがない作戦は否定するんだよね?」

『是』

「それなら大丈夫だよ。俺の持つ力と、マーギア・リッターの力、あとは、みんなを信頼しているから」

「イエス、マイロード。私たちは、ミサキさまの信頼を守るために、あの不敬なる男を処分します」


 ヒルデガルドが嬉しそうだ。

 まあ、艦橋に戻ってきた時の、泣きそうな笑顔は生涯忘れないだろう。

 もう二度と、そんな顔をさせたくないからさ。

 俺の家族だからね。


「作戦開始のカウントダウンを頼む」

『ピッ……30、29、28……』


 艦内にカウントダウンが響く。


「トラス・ワンは浮上後、マーギア・リッターの出撃直後に全世界にメッセージを頼む」

『……内容は?』

「アマノムラクモは単独で動く。それだけでいいから」

『……了承』


 トラス・ワンの返答と同時にカウントがゼロになる。


「急速浮上開始‼︎」

『ピッ……浮上完了まで二分』

「マーギア・リッターの出撃準備、次元潜航解除と同時に、電撃作戦を開始‼︎」

『ピッ……出ます‼︎』


──ズザザザザザザザ‼︎

 次元潜航を始めた時と同じように、空中で波が唸り始め、そこからアマノムラクモが姿を表す。

 それと同時に、正面中央カタパルトが展開し、高起動型マーギア・リッターが出撃した‼︎


「通信網は第三帝国に乗っ取られています‼︎」

「そんなもの、ぶった切れ‼︎ 出力最大で飛行船に対して妨害電波をぶちかませ‼︎」

『……ハイパージャミング開始。同時に衛星の通信システムを掌握‼︎』

「回線開きました、メッセージ送ります」

『マーギア・リッター、あと二分で敵艦隊と接触。降下部隊の準備完了です』


 一つ一つの歯車が、かっちりと回っていく。

 そうだよ、恐れることなんてない。

 恐怖は人の足を止めるけど、希望は背中を後押ししてくれる。


「俺は恐れない‼︎ 正面、フォースバルカンカノン展開、目標はあのグラーフツェッペリンの偽物‼︎」

『ピッ……出力を絞っても、海上に残っている人々を巻き込みます‼︎』

「砲門を向けるだけで構わない、78口径・三連装魔導パルスカノンも全て開放して向けろ‼︎ 脅しには十分に使えるだろうからな」

『……ミサキさま、キレましたか?』

「クライアントの無理な注文に比べたら、あのちょび髭親父一人に怯える必要なんかないわ‼︎ 提出締め切り四時間前のシステム変更を請け負った部長に比べれば、修正は間に合わないと説明したら上にねじ込んで、俺の休暇を奪ったあの電装屋の課長に比べれば」

『ピッ……そっちの方が怖そうです』

『……お悼み、申し上げます』

「お、おう……」


 モニターをじっくりと観察する。

 画面では、グラーフツェッペリンの直下、艦隊の頭上をマーギア・リッターが突破した。

 そのタイミングで戦闘用サーバントとワルキューレが降下を開始、ちょうど敵艦隊に取りついて殲滅戦を開始している。

 可能な限り殺すなと命令は出してあるが、多分、無理だろう。

 ワルキューレたちのキレッキレな動きを見ている限りはね。

 

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