第30話・悪夢の再来・緊急事態と、侵食と

 アドルフ・ヒトラーの復活。

 いや、ぶっちゃけると、なんで今って感じなんだが。

 諜報員が消息不明になって以来、アマノムラクモは緊急事態に突入。これからの対策について色々と考えているんだが、いかんせん、素人知識じゃ相手の動きに対してのカウンターしか思いつかない。

 潜伏先を調べる、敵戦力を調べるなど、やらなければならない事は多いのだけれど、相手は異世界転生者であろうから、迂闊に踏み込む事はできない。

 

「参ったなぁ。オクタ・ワン、何かいい作戦はないか?」

『ピッ……この惑星ごと破壊するのがよろしいかと。データ上のアドルフ・ヒトラーがなんらかの理由で転生したとするのなら、チートスキルでドイツ第三帝国を再興、世界を征服するぐらいはやらかします』

『……トラス・ワンより。惑星破壊はさておき、ミサキさまとしては、何をどうしたいのですか?』

「なにをどうって……ヒトラーだよ? 戦争になったら、大勢の人間が死ぬんだぞ? それこそ、世紀の大虐殺とか平気にやらかすんじゃないか?」


 普通に人間同士が争うのなら、そんなに動揺もしないし勝手にやればいいと思う。

 双方の主義主張はあるだろうから、そこに第三者であるおれが顔を突っ込む事はない。

 でも、今回のアドルフ絡みは別だ。

 チート持ちが、この世界に帰ってきたのなら、誰が、アドルフを止めることができる?

 それこそ、俺のようなチート持ちじゃないと止めることなんてできやしないだろう。


『ピッ……可能であれば、他国の協力があると良いかと思いますが、難しいでしょう。仮にアドルフ・ヒトラーが転生したとして、それを誰が信じるか、です』

『……他国に協力を求めるとすれば、必ず代価を請求されるでしょう。それこそ、アマノムラクモのテクノロジーとか』

「マスター。最悪の場合、こっちの話は適当に流して、アマノムラクモの技術だけを請求される恐れもあります。各国の代表とは、戦争に関する外交ならば、その程度です」

「それじゃあ、アドルフが本格的に動き出すまでは、何もしないほうがいいのか‼︎」


 思わず声を荒げたけど、それもたしかにある。

 他人事でも、自分たちが被害者になったら慌てて対応するのが人間。

 でも、人が困っているのなら、手を差し伸べるのは人間だよ、甘いと言われようと俺は信じているから。



『ピッ……我々は、ミサキさまの決定には従います。ただ、各個の意見として申し上げたまでです』

『……是。いっそ、ミサキさまが世界を統一すれば、誰も逆らいません』

『ピッ……それは無策です。独裁者に対しては、反抗勢力は必ず牙を剥きます』

「全ては、ミサキさまの御心のままに。私たちは、ミサキさまの決定には全力を尽くします」


 自我はあるけど、俺には従う。

 俺の舵取り加減で、この先の歴史が大きく変わるかもしれない。

 けれど、茶番は大きいほうがいい。

 

「国連事務局に回線を繋げ、ミサキ・テンドウが、国連事務総長に話があると伝えてくれ」

『ピッ……了解です……回線繋ぎます』


 すぐさま国連本部に通信回線を繋ぐと、ヒルデガルドが国連事務総長を呼び出している。

 向こうはまさか俺から直接連絡が来るとは思っていなかったらしく、慌てて通信に出たようだ。


『……ご無沙汰しています、国連事務総長のマーティン・ヘンダーソンです。本日は、どのような話があったのですか?』

「単刀直入に問いかける。あなたは、魂の輪廻転生を信じますか?」

『宗教、哲学的に輪廻転生を信じると言い切る事はできません。ですが、長い歴史の中、キリスト教に輪廻転生の話がなかったわけではありません。可能性があるのなら、という事です』


 言葉をうまく濁すヘンダーソン。

 まあ、そういう返答が返ってくることぐらいは想像がつく。


「それなら、ここから話す事は俺たちアマノムラクモにとっては真実。これをそちらに押し付ける気はないが、意見の一つとして聞いてくれ」


 俺たちの意見を押し付けるのではなく、話として聞いてほしいと念を押す。

 俺たちだって、まだ確定したわけじゃないが、少なくともオリハルコンを素手で砕く存在があるのは事実だから。


『了解しました。それで、どのような意見ですか?』

「アドルフ・ヒトラーが復活した可能性がある。我がアマノムラクモの諜報員がアドルフ・ヒトラーらしきものと接触し、破壊された。現代の技術では傷一つつけられないうちのサーバントが、だ」

『……』


 言葉を失うとは、このような事なのだろう。

 少しの間、暗黙が続いた。

 この会話自体も録音されてあるのだろうけど、それを聴いている奴も同じような感じなのだろう。


『テンドウさま。それが事実である可能性は?』

「アマノムラクモとしては、まだ80%もない。送られてきた映像では、アドルフ・ヒトラーの顔をした存在に破壊された画像が残っているだけだからな」

『破壊されたサーバントの強度は、信頼性がありますか?』

「アマノムラクモの外装甲材と同じ強度だ。視察団の持ち帰ったデータや、東京湾での戦闘記録ぐらいはあるのだろう?」

『……場所はどこでですか? 可能ならば、教えて頂けると助かりますが』

「アルゼンチン、アルゼンチン・チュブ州。コモドーロ・リバダビア郊外までは、最後の連絡のあった座標として割り出してある」

『……了解です。ヒトラーの説話はいくつもありまして、その一つが生存説でして、南アメリカに逃げ延びたというものがあります。輪廻転生ではなく、生き延びていたものの子孫という可能性も捨てきれません。ご意見、ご忠告として受け取っておきます』


 事務的な返答が返ってくる。

 まあ、国連に対しての忠告にはなったので、ここから先は、そっちでやってくれるといいさ。

 

「以上だ。では、失礼する」

『お待ちください。もしも、テンドウさまのおっしゃったアドルフ・ヒトラーが復活したと仮定します。それは世界の脅威として、国連が動くことになるでしょうけれど、その場合は、アマノムラクモの協力は頂けるのですか?』

「その時になったら判断する。今の時点では、それしか言いようがない」

『わかりました。その時が来たら、手を貸していただけると信じています』


 これで話し合いはおしまい。

 アドルフ復活なんて、御伽噺や映画でしか見ない娯楽番組の世界だよなぁ。

 まあ、映画や漫画とかでも、よく使われるネタだから、ヘンダーソンとしても、今更感はあるんだろうと思う。

 けど、用心に越した事はないと思うが。

 

『ピッ……回線切れました。会話の向こう側で、軽い失笑が聞こえていましたが』

「そこまで報告しなくてもいいよ。俺だって、笑い話ならいいと思っているレベルだからさ」


 艦橋のキャプテンシートから飛び降りると、ぐいっと体を伸ばす。

 次に打てる手はないか?

 なんでもいいから、とにかく対策はしたい。


「オクタ・ワン、アドルフに破壊されたサーバントの頭部フレームの強度と、映像から解析できるアドルフの握力を計算してくれるか?」

『ピッ……センサーシステムが作動していなかったので、フレームの歪みと時間から計測することしかできませんが』

「それでいいから頼む。それに伴って、すべてのサーバントとワルキューレの強度を引き上げるから」

『ピッ……最優先でおこないます』


 指示は出したので、俺はオリハルコン合金の再製錬だな。

 とにかく軽く、それでいて粘りがあって強い合金の開発……錬金術師として、どこまでいけるかやってやるさ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「ミサキ・テンドウの狂言……いや、そのような雰囲気ではない。あの声には信憑性がある……だが、アドルフ・ヒトラーの復活など、茶番でしかない」


 ミサキとの通信を終えてから、ヘンダーソンは室内をウロウロと、まるで檻の中のクマのように徘徊していた。

 彼女が嘘をついたり、狂言で我々を混乱させるようなことがあるのか? 彼女が現れてからの動きを一つずつ思い出しながら、ヘンダーソンは結論を出す為に考えた。

 しかし、もしもアマノムラクモの声明としての話であったら、すぐさま各国に通達ができたかもしれない。

 ミサキ・テンドウの話として、信憑性80%であるが故の忠告であるのだろう。


「ふぅ。危険は覚悟で、一部公表に切り替えますか」


 ヘンダーソンは電話を取り、国連安全保障理事会の常任理事国代表を緊急事態として呼び出した。


………

……


 国連安全保障理事会。

 予めスケジュールが組み込まれている議会ではなく、本日は、ヘンダーソン自らが代表達を呼び出した。


「非常任理事国の方たちはいないのですか。どういうことですか?」

「緊急事態というのに、参加しているのは我々だけというのは、よほど外に聞かせたくない話なのですね?」


 フランスと中国の代表が、席に着きながら話している。すでにイギリス、アメリカ、ロシアは着席しており、この二国が最後だったようである。

 そこにヘンダーソンもやってくると、通訳を通して話を始めた。


「ミサキ・テンドウから連絡がきました。まず、これからの話はここだけの話として、心に留めておいてください。外に出すのは、各国責任者に対してのみにとどめておくと助かります」

「随分と慎重だな。まあ、それだけ秘匿情報が入ったということか」

「単刀直入に申します。テンドウ氏によりますと、アドルフ・ヒトラーが復活したと……アマノムラクモの諜報員が偶然接触し、破壊されたという報告を受けました」


──シーン……

 さまざまな国の代表とも互角に渡り合えるだけの精神力を持つ代表たちでも、この言葉には言葉を失うしかない。


「それは誤認情報ではないのか? アドルフに似たものに殺されたとか?」

「まさか、この現代世界でアドルフ復活の話を聞くとはなぁ……」

「くだらない……と言いたいのだが、アマノムラクモからの情報ということか。確率はゼロではないということだな?」

「テンドウ氏曰く、確率は80%。被害者でもあるので多く見積もっている可能性もありますが、その半分としても40%です。アマノムラクモの諜報員については、サーバントと同じ戦闘能力はあるかと推測できますが」


 ヘンダーソンが淡々と説明する中、各国代表も手元の資料を確認する。

 視察団が持ち帰った『アマノムラクモ文書』と名付けられた報告書であり、そこにはサーバントの説明も記されている。

 現代世界に存在しないオリハルコン合金、それを内蔵フレームとして使用していると。

 強度的には、現代では破壊不可能。溶鉱炉に落としても、サムズアップしたのちにクロールで泳げるレベルであると。


「今、アドルフが蘇ったとして、その目的は?」

「アメリカ代表、そんなのはわかりきっているではないか? あ奴らの目的は終始一つだけ、『第三帝国再興』以外はないだろうが?」

「確認だ、それよりも、そんなことになったら、ロシアが一番危険じゃないのか? それとイギリス、フランス、中国の連合軍だった国もだ」

「ドイツに喧嘩を売ったのはイギリスとフランスじゃないか‼︎ 我が中国は被害者だ‼︎」


──パンパン‼︎

 いきなり古い戦争の歴史を突きつけあって揉める代表たちたが、ヘンダーソンが手を打ち鳴らして止める。


「今は、過去の話をするときではない。それに、アドルフの復活を信じているからこそ、可能性があると感じたから、そのように動揺しているのですね?」

「信じられない。けど、あのアマノムラクモのテクノロジーを見た以上、可能性がゼロではないのなら、信じていいと思っている」

「我がアメリカはアマノムラクモと外交を行う準備もしている。信じないわけにはいかないだろう」

「アマノムラクモが、自分たちに向けられた矛先を躱すための狂言とも取れる。が、そんな意味のないことを話し始めるとは思えない」

「……わ、我々フランスとしては、先日のアマノムラクモ近海での交戦状態についての話し合いは終わっていない。それを踏まえても、ロシア代表の話した『矛先を逸らす』という意見に賛成だ。アドルフの復活など、アマノムラクモの狂言だ」


 イギリス、アメリカ、ロシアは可能性はあるので、注意が必要ですと判断したが、フランスは拒否。

 頑ななまでに、アマノムラクモの意見を信じようとはしない。

 そして中国はというと。


「それなら、我が国はどちらでもない、を取ります。戦うならアマノムラクモで勝手にやれ、我々に擦り寄るな。いるかもしれないのなら、それはそれで。けれど、我々が対処する必要はないのではないですか?」


 ことなかれ宣言を行う中国。

 確かに、アドルフの目的が第二次世界大戦の復讐ならば、真っ先に矛先が向くのはヨーロッパであろう。

 その次がロシア、そして南下して中国だと代表は予測する。

 それなら、アドルフが本格的にヨーロッパに対して攻撃を開始してから、アマノムラクモに擦り寄るなり、日本やアメリカと協力するなりと、いくらでも『対策を取るための時間稼ぎ』は可能であると考えた。

 さすがにフランスやイギリスは渋い顔で中国代表を睨みつけるが、中国代表は涼しげな顔でニコニコと笑っている。

 

(本当にアドルフが復活しても、時間が稼げると思っていやがるな?)

(我々ヨーロッパを盾に使う気か……)


 二国はすぐに、中国の思惑を理解したが、言葉に出ているわけではないので反発もできない。

 

「決議があったとするならば、フランスの反対、中国の無投票となりますが、これは動議を決める場ではありません。あくまでも、情報の交換、そう捉えていただきたい」


 そう前口上を述べてから、万が一にもアマノムラクモのテンドウ氏の告げたことが真実であったなら、その時は、国連平和維持軍の派遣も検討しなくてはならないと告げて、その場を締めくくった。


 そして各国代表は、事務室へと戻り本国へと連絡を入れる。

 今の話について、大統領や主席に報告しなくてはならないから。


 

 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 とある日の夜。

 アルゼンチン大西洋戦隊司令部のあるマル・デル・プラタでは、非常事態が起きていた。


 軍港の潜水艦ドックに係留されていたTR1700型

サンタクルス級潜水艦の三番艦『サンタフェ』が、突然、消息を断った。

 軍港に停泊し、次の航海の準備を終えた直後のことであり、乗組員ともども、突然、姿が消えたと軍司令部に報告が届いた。

 数年前に二番艦サンファンを事故で失ったばかりにも関わらず、今回は、港の真前で消えたのである。


 すぐさまアルゼンチン海軍基地反対厳戒態勢に突入し、侵入者がいないか調査を開始、同時に海上ではサンタフェの捜索も開始された……。

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