第6話・外交してみよう、俺見学な。
その日。
日本国は、かつてない緊張感に包まれていた。
早朝、石狩湾沖合に停泊していた『機動戦艦アマノムラクモ』は、Dアンカーを回収し、ゆっくりと東京を目指して移動を開始。
それに伴い、アマノムラクモを監視していた中国艦隊からは、機動戦艦に対して降伏勧告を開始。
『機動戦艦の責任者に告ぐ。抵抗をやめて降伏せよ、さもなくば攻撃を開始する』
だが、中国側の勧告を無視するかのように、アマノムラクモは太平洋を南下。
その後方を、アマノムラクモを包囲していた各国の艦隊が付かず離れずの距離を保ちながら、いつでも牙を向けるように、監視しつつ追跡していた。
そして正午。
アマノムラクモは東京湾から上陸、真っ直ぐに国会議事堂上空へと向かうと、石狩湾の時と同じように、上空500mの空間にDアンカーを射出、艦体を空間に固定した。
………
……
…
「話し合いに応じてくれる、親善大使を派遣してくれるということになったのは喜ばしい。だが、よりにもよって、国会議事堂上空に巨大な戦艦を待機させるとは……」
防衛大臣の畠山は、頭上を見て、溜息をついた。
測量班からの報告では、アマノムラクモの最大全長は2500m。国会議事堂上空を中心に考えると、角度によっては皇居の半分ちかくはアマノムラクモの船体によって隠れてしまう。
いわば、アマノムラクモは、国会議事堂と皇居を人質に取ったともいえる状態である。
緊急事態とも取れるこの状況を、自衛隊は黙って見ているだけではない。
いつでもスクランブルできるように、陸海空全ての自衛隊が厳重警戒体制に突入している。
「まあな。それでも、向こうが話し合いに応じるといったんだ、素直に聞くしかあるまいさ」
「浅生さんは、いつも気楽ですね。この対応を間違えたら、支持率は吹っ飛びますよ?」
「それでも小数点以下の野党よりはましだ。口だけしか動かさない、自分たちの気に入らないことがあったら審議拒否。今だって、このアマノムラクモ対策のための追加防衛予算計上については審議拒否だ、あいつら本当に日本人か?」
「はっはっはっ。マスコミの目がないから、好き勝手なこと話していますね。中にはまともな奴もいますよ」
今回の会見については、完全に報道陣はカット。
最悪のケースを恐れてのことであるが、この政府の対応についても、マスコミや野党は否定的である。
──キラッ
そんな中、アマノムラクモから何かが飛び出した。
「ん?」
「なんだありゃ?」
上空を見上げる浅生と畠山。
その視界内に、だんだんと近づいてくる存在。
そして、二人は驚愕した。
いや、上空でカメラを回していた日本中の、世界から派遣された報道陣も、その映像を見ていた世界中の人々も。
──ゴゥゥゥゥゥゥ
背部魔導スラスターを左右に展開し、魔力噴射しながら着地する、深紅のボディの一台の大型機動兵器。
まるでアニメや漫画の世界から飛び出したかのようなシルエットは、その映像を、姿を見たものに恐怖を、驚愕、羨望と憧れを抱かせた。
子供心に憧れていた人型兵器、ロボット、その実物が姿を表したのである。
続いて、深紅の機体の前後左右を固めるかのように、銀色の機体が次々と着地すると、前方の機体と中央の深紅の機体の胸部が開き、中から黒いパイロットスーツのようなものを身につけた人物が姿を表した。
──シュタッ
高さ9mほどのコクピットから飛び降りると、まるで何もなかったかのように地面に着地する。
「キャプテン・ミサキの命により、この度、使節として参りましたヘルムヴィーケです」
「同じく機動部隊隊長を務めるロスヴァイゼです。私はヘルムヴィーケの護衛として同行します」
ヘルメットを外した顔は人間そのもの。
西洋風の顔つきの女性であり、言葉もしっかりと日本語を話している。
「ようこそ日本へ。我が国は、機動戦艦アマノムラクモを歓迎します。では、こちらへどうぞ」
緊張した面持ちで、浅生は頭を下げながらそう伝える。
そして二人を伴って、国会議事堂の中へと向かう。
このために、徹夜で、会談のための場所を設けたのである。
来賓ならば首相官邸を使えばいい。
だが、相手が未知の存在であるため、万が一のことを考えてもそこは使えない。
そういう配慮が、裏で行われていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
機動戦艦アマノムラクモでは。
「ふぅ。どうにか間に合ったよ」
今朝方だけど、俺は使節として送り出すメンバーにカメラを持たせようと思ったんだよ。
だけど、万が一にも拒否されたりしたら困るよなぁと思ってさ、ヘルムとロスの二人の体に『魔導カメラ』を組み込んだんだよ。
一つじゃなく、二人の視線に対応するように両手に一つずつ、周辺確認用にパイロットスーツの前後左右に三つずつ。
音声も拾えるようにと、二人の耳の聴覚センサーも拡張してある。
『ピッ……さすがです。さすがは世界最強の錬金術師です。さすがの部分は大切なので2回いいました』
「はいはい、ありがとさん。グリムとヒルデ、センサーでの周辺警戒はしっかりとな。最悪の事態も想定しておいてくれ」
「最悪の事態ですか?」
「ああ。このアマノムラクモを欲している奴らがしでかす、最悪の事態。他国にくれてやるなら破壊するって、攻撃を仕掛けることだよ」
ここ重要。
本当にやらかしかねない国なら、いくつもある。
それこそ、日本が機動戦艦を手に入れたり友好条約を結んだなら、外交で奪い取ろうとかいう奴らも含めてね。
「ご心配なく。たとえ東京が焦土となろうと、このアマノムラクモには傷ひとつつけられません」
「だ〜か〜ら、東京が焦土になったらまずいの。フォースシールドの積層展開準備。一つは艦隊表面、もう一つは最大半径2kmまでいけるか?」
『ピッ……全く問題ありませんが、その範囲ですと、ミサキさまが生前勤めていたブラック企業の本社も守りますが?』
「そこだけ外して」
『ピッ……了解です』
「……冗談が通用しないのも、問題なんだが」
『ピッ……そう思って、外してません。まだまだ詰めが甘いです』
うるさいわ‼︎
このスーパー魔導頭脳め。
本当に、人間のような反応をするから怖いんだわ。
「ミサキさま、ヘルムとロスの二人が会議室に通されました」
「了解。全ての角度の映像をモニターに展開して。さて、日本国政府はどうくるか?」
『ピッ……オラ、ワクワクが止まらない、ですか?』
「なんで、そのセリフ知ってるの?」
『ピッ……日々、勉強です』
「そっか、まあ、疲れるから突っ込まないわ」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
国会議事堂内、特設会談室。
そこに、アマノムラクモの使節の二人は案内された。
この部屋には、浅生総理大臣と畠山大臣、各党派の代表たち8名、各代表のSP、そして報道官としてKHK(国民放送協会)が集まっている。
「では、さっそく話し合いを始めますか。私たちは、すでにこの世界の情報は集め終わっています。ですので、最初は、そちらの質問に対する質疑応答という形でよろしいですか?」
ヘルムヴィーケがまず口火を開く。
これには、日本国政府側も想像をしていなかった。
おそらくは、宣戦布告あるいは似たようなことを突きつけられ、そこからの交渉が始まるかと予感していたのだが、先制権は日本側に譲渡されたのである。
「わかりました。では、私が代表として質問させてもらいますが、よろしいですか?」
集まっている党代表に浅生が確認するが、野党は渋い顔である。
「そちらに都合のいい質問ばかりされても困ります。一度、どのような質問をするのか、別室で話し合いを行いませんか?」
「そうですね。我々としても、今後の日本の行く末を決定してしまうような重大な問題でもありますから」
「私としては、日本だけでなくロシアや他国の代表にも参加してもらいたいところではありますが」
点でバラバラな意見を述べる代表たち。
これには、ヘルムヴィーケも驚いた顔である。
「この世界の、この国の代表であり責任者であるにも関わらず、彼は決定権を持たないのですか?」
「私の国は民主主義といいまして、国民の代表である議員及び議会が決定権を持ちます。ですので、このような事態では、まず、意思の統一を行わなくてはなりません」
「話になりませんね」
そう告げて、ヘルムヴィーケとロスは立ち上がる。
「意思の統一、私たちは、昨日、ここにくると話をしていました。今朝方から移動を開始し、正午にここにくるように時間の調整もしました。意思の統一というのなら、時間は十分にあったのではないですか?」
「ま、まあ、落ち着いてください。私たちは、現行政府が暴走しないように監視するのが役目なのです。そのためには、代表が何を考え、どういう方向で話し合いをするのか、それを決定しなくてはならないのです」
「へぇ。この国の政府は、そこまで無能なのですか? 代表が暴走しないように監視しなくてはならないとは。先程、民主主義と申しましたけど、そちらの責任者の方は、国民に選ばれて国の代表となったのですよね?」
ロスヴァイゼが、クセの強そうな女性党首に問いかける。
「ええ。ですが、私たちは、それが民意を反映しているとは思えないのです」
「民意? 彼は、この国の選挙システムで勝ち、国の代表となったということですよね? つまりは、それが民意なのではないのですか? あなたのおっしゃった民意とはなんですか?」
「私たちを信じている国民の意思、それが民意です」
「都合のいいことを。この国のシステムは狂っています。では、話し合いを続けます。私たちは、この国の代表とだけ話をします、傍聴は認めますが口を挟まないでください」
ロスヴァイゼが叱責するように告げ、さらにヘルムヴィーケが話を締める。
そのヘルムヴィーケの声のトーンはひとつ下がり、魔力が乗せられた声に、その場の全員の背筋が凍りついた。
先程までは強気であった党代表も、コクコクと力一杯頭を上げ下げして背筋を伸ばした。
その光景を見て、ヘルムヴィーケとロスヴァイゼは笑顔で『よろしい』とだけ告げると、もう一度、椅子に座り直した。
………
……
…
この会談は、テレビには中継されていない。
この場での話し合いは全て録画されており、必要と判断したら、放送される。
その決断は正解であり、ある意味では失敗でもあった。
「まず、機動戦艦アマノムラクモが、我が国、日本に姿を表した理由はなんですか?」
「理由はありません。次元潜航を解除したら、偶然、あの場所にいただけです」
「我々の問いかけにすぐには応じてくれなかった理由は?」
「まだこっちの世界の言語体系の解析が終わっていませんでした。また、情報も不足していたため、それらを集めるのに時間が掛かっていたのです」
「我々に対して敵意はありますか?」
「簡単にお答えします。私たちに敵対するのならば、敵とみなします。攻撃行為、欺瞞行動などは、敵対意思と取ります」
「今回、我々の世界に来た目的は?」
「……旅行、のようなものです」
「旅行ですか? あのような巨大な戦艦で?」
「我々のマスターにとっては、あれが家であり乗り物であり家族です。マスターを守るのに適切な乗り物であると認識してください」
ここの時点で、浅生は困り果てている。
どこまで踏み込んで良いのか、どこから危険なのか。
「それでは、あなたのおっしゃるマスターとは、あの機動戦艦の責任者であり所有者であるということですか?」
「はい。それで間違いはありません」
「あなたのマスターは、どこの国の所属ですか? いえ、この地球ではないのは、あの機動戦艦を見て理解しています」
「そうですね……国、というのであれば、所属はしていません。機動戦艦アマノムラクモが国であり、我がマスターは国家元首です」
ヘルムヴィーケの言葉を受けて、その場も一瞬ざわつく。
「そ、それでは、友好条約などを結ぶのなら、我が日本国とアマノムラクモの間で、ということになるのですね?」
「ええ。付け加えますと、どの世界からきましたか? という質問もあるかと思いますが、それにつきましては秘密とします。ですので、アマノムラクモを開発した世界に行ってみたいとか、そのような考えはお持ちにならない方がよろしいかと」
先手を打つヘルムヴィーケ。
この世界の文学の一つに、そのように異世界に憧れる人々の物語が溢れているのは調査済み。
そこから考えるなら、あの機動戦艦を作り出した世界に行きたい、その世界と技術提携を組んでみたい。
さらには、新天地を異世界に求めようとするかもしれない。
だが、それは不可能。
「もしも、私たちが皆さんと友好に付き合いたいと思えば、あの機動戦艦の技術などは公開して貰えますか?」
「不可能です。では、私達があなたたちと友好に付き合いたいので、そちらの兵器全ての図面を提出してくださいと申したら、受けてくれるのですか?」
「失言です。我々としても、そちらと対等に付き合いたいという意思はあります。このことについて、一度、そちらでも検討していただけると助かります。日本国政府としても、協力できるところは助力したいと考えています」
「ありがとうございます。話を締め括られましたので、これでこの場の『国家代表との正式な話』は終了しましょう」
ヘルムヴィーケも話を締め括ると、各党派代表もようやくホッと胸を撫で下ろした。
「それでは、ここから先は非公式な話し合いということですか?」
「私は構いませんが、今の話以上に、何があるのですか? そちらの代表は、一度戻って検討するとおっしゃいましたが?」
「そ、それはそうなのですが……」
「では、そういうことで。これで失礼します」
ヘルムヴィーケとロスヴァイゼは立ち上がり、部屋から出る。
あとはアマノムラクモへ戻ればいい、私たちの仕事は終わった。
でも、二人の意思とは裏腹に、様々な思惑が走り始めていることには、まだ気づいていなかった。
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