49話
「つまり、家族が帰省したけどおまえはこっちに残ったと……」
「そだねー。 でもさあ、あっちに行ってもやることなくて暇になるだけだから残ったんだ」
玄関で今にも大声で泣きそうな顔をしていた習志野を連れてリビングのドアを開けた。
「ナギちゃんいらっしゃーい」
「深愛さーん! 会いたかったっス!」
先ほどとは正反対の表情を浮かべていた。
理由はこの通り深愛姉に会えたからである。
「で、何で俺の家に来るんだよ……」
来客用のコップを取り出し、冷蔵庫にあるお茶を注ぎ
習志野が座る席の前に置いてから自分の椅子に座る。
ちなみに習志野は自分の定位置だと言わんばかりに深愛姉の隣の椅子に座っていた。
「べ、別にいいじゃんか!」
習志野は顔を真っ赤にしながら俺の顔を睨んでいた
「そうだよ! せっかく遊びに来てくれたらいいじゃん!」
隣に座る深愛姉の援護が入ると水を得た魚のように勢いに乗る習志野。
「さすが深愛さんっス! 同じ姉弟でも陰険な佐倉とは大違いっス!」
俺はため息をつきながらコップに注いだお茶に口をつけていった。
「せっかくナギちゃん来てくれたんだし、食べたいもの作っちゃうよ」
「ま、マジっスか!」
その直後、ぐぅと何かが鳴り出していた
何故か静寂に包まれるリビング。
「あ……」
習志野はバツが悪そうな顔をして自分のお腹を押さえていた。
「……おまえ、まさか」
「ち、ちちちちちがう! 冷蔵庫見たら冷凍食品がなくて!」
体中の血液が顔に集まっているのかと思えるぐらい
顔を真っ赤にした習志野はブンブンと手を振っていた。
「わ、悪かったな! 料理なんか全くできないんだよ! あわよくば深愛さんの料理を食べれたらと思ってきたんだよ、ついでにお泊まりして深愛さんとお喋りしたいって思ったんだ! 悪いか!」
習志野は半ば自棄気味に怒鳴り散らかし、隣に座る深愛姉に抱きついていた。
「もう! 悠弥もこれ以上追求しないの! ナギちゃん可哀想でしょ」
深愛姉は習志野の頭を撫でながら俺の方を向いて叱責をしていた。
「うわあああああん! 深愛さんマジ天使っス! ってかこの胸気持ちいいっス!」
深愛姉の胸元に顔を埋めている習志野を見て俺は再びため息をついていた。
「ごちそうさまでした!」
深愛姉が作った特製カルボナーラパスタを2人前以上よそったにも関わらず
習志野は一番早く平らげていた。
目の前で見ていてこっちの食欲が軽く失せるほどだった。
「もう食べちゃったの!?」
「はいっス! 美味しかったからつい食べちゃったっス!」
「ありがとうー!」
屈託のない笑顔で答える習志野に対して満面な笑顔で答える深愛姉
……何かものすごく居づらく感じるのは気のせいだろうか。
習志野が食べ終わってすぐに俺も自分の分を平らげ、いつものように深愛姉が残したものを食べて今日の夕飯が終わった。
深愛姉は使った食器を洗うために立ち上がると……
「深愛さんお皿なら私が洗うっスよ!」
「大丈夫だよー! ナギちゃんはリビングでゆっくりしてていいよー」
「いやあ夕飯ご馳走になって何もしないのは気がひけるっス!」
深愛姉も習志野も譲ることのない攻防戦が繰り広げられていた。
「……俺がやるから深愛姉もリビング行ってて」
俺は割り込むようにシンクの前に立ってスポンジをとって
大量に洗剤を染み込ませてから食器を洗っていく。
「いいの?」
深愛姉が不安そうな顔で俺の顔を見ていた。
「深愛姉も教習で疲れてるだろ? 食器洗うだけだし、習志野とテレビを見ながら楽しんでな」
「うん、ありがとう!」
そう言って2人はリビングに行き、テレビをつけ始める。
皿を洗ったらさっさと自分の部屋に戻ってゲームでもしてよう。
「ナギちゃん、何見る?」
「何でもいいっスよ! ってCS入っているんスね!」
「うん! 何か見たいのあれば選んでもいいよー」
「ありがとうっス!」
食器を洗いながらなので、何を選んでいるのかわからないが
どうせ習志野のことだから人気俳優が出てるドラマでもみるんだろう
……そう思っていたが
「あ! 野球専門チャンネルがある! 深愛さんこれ見てもいいっスか!」
予想外の選曲に俺は思わず習志野が使っていたタンブラーをシンクに落としてしまった。
「う、うん……いいよー!」
声からして深愛姉も驚きを隠せなかったようだ……
「お、シャイアンツ戦あるし! 相手はドガボンズじゃん!」
聞き覚えのある球団名を口にした習志野はチャンネルを選んだのだろうか
テレビからは観客のざわめきや応援団の演奏が聞こえ、その中で2人の男性の声が聞こえていた。おそらく解説者の声だろう。
『今日のドガボンズ先発ピッチャーは豊田 対するシャイアンツ1番は中原』
『中原は昨日、サヨナラホームランを打ってチームに貢献したからねえ、今日もその勢いで攻めてもらいたいね〜』
「お、まだ始まったばかりじゃん、せっかくのホームグラウンドだし昨日に続いて2連勝としてほしいんだよね〜」
「ナギちゃんシャイアンツのファンなの?」
「そうっスよ! 父親が好きだからその影響もあるっスけど」
それから習志野は深愛姉にシャイアンツのことを話し出していた。
いつもは話す方の側に立っている深愛姉だが今回は聞く側になっていた。
全ての食器を洗い終わり、部屋に戻ろうと思っていたところに
ふと、リビングの方に目をやると深愛姉と視線が合う。
その隣で習志野はというと……
「えー! 今のはどう見ても振るところじゃないっしょ!」
テレビに向かって大声を上げていた。
少ししてバッターが打ったのだろうか、テレビから歓声と解説者の興奮混じりの声が聞こえてきていた。
『中原がキャッチして1塁へ投げてアウト! この回3人でおさえて1回裏へ!』
「何だよ三者凡退じゃん! 1回からこれはどうなの!」
テレビに食いつくように見ており、隣に座っている深愛姉は
何を言ったらいいのかわからない!
と、いった表情をしていた。
俺は深くため息をつきながら、リビングに行くことに
「……おまえは野球が楽しみなオッサンか」
テレビに釘付けになっている習志野に声をかける。
「オッサンって言うな! 私、れっきとした野球好き女子!」
俺の言葉を必死に否定する習志野。
「……別にどっちでもいいけどさ」
「何よ?」
「……隣見てみろ?」
「隣?」
習志野が横を向くと若干引きぎみの深愛姉がソファに座っていた。
俺が何が言いたいのか理解できたのかチャンネルを床に置き
「ごごごごご、ごめんなさいっス!!!!」
即座に正座をして自分の頭を床に擦り付けていた。
「家にいる時の癖と!ソフトの経験がいけないっス!!!」
「ナギちゃん! 大丈夫だから頭をあげてよー!」
深愛姉は習志野に頭を上げるように促すが、習志野は一向に頭を上げることはなかった。
「そ、そうだ! ナギちゃん、お風呂入ろうよ!」
深愛姉の言葉に習志野は恐る恐る顔を上げる
「お、おおおおお……お風呂っスか!?」
「う、うん! お風呂に浸かりながらゆっくりお話ししよ?」
「は、ハイっス!」
習志野は顔をあげると深愛姉を眺めるように見上げていた。
「それじゃ先に言ってるからー!」
そう言って深愛姉は洗面所に向かっていった。
「お、お風呂……深愛さんと一緒のお風呂!?」
習志野はワナワナと震えながらゆっくりと立ち上がる。
「……それじゃごゆっくりどうぞ」
俺は部屋に行くためリビングから出ようとすると
「さ、佐倉!」
「……なに?」
習志野に呼ばれて思わず振り向いてしまう
「……どうした?」
「あ、あのさ……?」
習志野はさっきの勢いはどこにいったのか……
下を向いて体をくねらせていた。
そして顔を上げて俺の顔をキリッと睨むような表情で見ると
「先に謝っておく! 深愛さんと一線越えちゃったらごめん!」
習志野はそう言うとすぐに着替えを持って洗面所に向かって走り出していった
何か言おうとしたが、うまく言葉に出来ず
声付きのため息をすることしかできなかった。
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【あとがき】
お読みいただき誠にありがとうございます。
次回は3/30(水)に投稿予定です
お楽しみに!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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