第249話 ドラゴン襲来です

 実家に帰ったローラは、父親と母親に「モンスターの咆哮みたいなの聞こえなかった?」と聞いてみた。

 しかし二人とも聞こえなかったと言うので、やはり空耳だったようだ。


 ローラたち三人と一匹が同時に空耳を聞くというのも変な話だが、きっと風の音がそういう風に聞こえたのだろう。


「ねえねえ。皆で釣りするから、釣り竿貸して」


「あら。それはいいわねぇ。沢山釣って、晩ご飯のおかずを確保してね。釣れなかったらパンだけよ」


「ええ!?」


「うふふ。冗談よ。でも、晩ご飯を考えるのが面倒だから、頑張って釣ってきてね」


 何ということだろう。

 ドーラの頭の中で、今日の晩ご飯は焼き魚と決まってしまったらしい。

 これは是が非でもワカサギを釣らないと、とても質素な晩ご飯になりそうだ。


「ローラ。船はどうするんだ? 陸地から糸をたらしても釣れないぞ?」


「大丈夫。空を飛んで行くから」


「お前たち、便利だなぁ」


 呆れた声を出すブルーノから釣り竿を受け取ったローラたちは、まず釣具店に行き、餌になる虫を買う。

 瓶の中でうにょうにょ動く虫は気持ち悪いが、これがないと釣れないので我慢するしかない。

 気合いを入れて湖に向かった。

 そしてスィスィーと空を飛び、湖の真ん中まで移動する。


「よし。ここで釣りましょう」


「ああ~~やっぱり氷に穴を開けたいですわぁ」


「だから駄目ですって」


「悲しいですわ、悲しいですわ」


「……私たちの足下だけ凍らせたら、町に迷惑はかからないんじゃない?」


 半べそのシャーロットを見かねたのか、アンナが画期的なアイデアを出してきた。

 その手があったか、とローラとシャーロットは膝を打つ。


「アンナさんは天才ですわ。この方法を『天才アンナ式ワカサギ釣り術』として後世に語り継いでいきますわ」


「恥ずかしいからやめて」


「謙虚ですわ~~。それではアンナさんの偉業はわたくしたちの胸にソッとしまっておくことにして……えいっ、凍るがいいですわ!」


 シャーロットは真下の水に向かって魔力を放つ。

 瞬間、放射状に氷が広がっていき、教室一つ分ほどの面積になった。


「このくらいの大きさなら湖全体には影響がありませんし、広々としていて快適ですわ」


「ナイスです、シャーロットさん。でも広さはいいとして、厚さは大丈夫ですか? 乗った途端、バリンと割れたら風邪を引いちゃいますよ」


「大丈夫ですわ。ちゃんと調整しましたわ」


「本当ですか? そんなに自信たっぷりなら、まずシャーロットさんが乗ってくださいよ」


「ローラさん、わたくしを信じていませんの!?」


 シャーロットは悲痛な叫びを上げる。

 が。


「シャーロットが作った氷の船なんだから、シャーロットが責任を持って確かめるべき。さあ、乗った乗った」


 アンナも信じていないらしく、真剣な顔で促した。


「うぅ……分かりましたわ! そんなに言うなら、このシャーロット・ガザードの実力を証明して見せますわ!」


 シャーロットは大げさに言ってから、氷の上に降りていく。

 その様子を、ローラとアンナは固唾を飲んで見つめた。

 色々と言ってみたが、おそらく氷は割れないだろう。

 だが、万が一ということもある。

 そのときはシャーロットが真冬の湖でずぶ濡れになってしまうので、急いで引き上げ、暖炉のある部屋まで持っていかねばならない。


 シャーロットのつま先が、氷に触れる。


「「ごくり……」」


 そして、かかとまでが降ろされ、飛行魔法が解除された。

 今やシャーロットの全体重が氷の船に乗っている。

 それでも割れなかった。


「やりましたわ! わたくしはやり遂げたのですわ! どうですローラさん、アンナさん。わたくしの勝利ですわ!」


 シャーロットは嬉しそうにピョンピョン跳びはねた。

 そして着地に失敗し、つるんと滑って尻餅をついてしまう。

 ドスンとかなり勢いよく落ちた。


 シャーロットの顔に恐怖が浮かぶ。

 ローラとアンナも息が止まる思いだった。


 しかし、それでも氷は無事だった。


「割れませんわ~~」


 シャーロットはにっこり。

 ローラとアンナはホッと息を吐く。


「ふぅ……脅かさないでくださいよ、シャーロットさん」


「無事でよかったよかった。これだけやっても割れないなら、皆で乗っても大丈夫」


「ぴー」


 ローラたちは安心して氷の上に降り立った。

 アンナが剣で氷を円柱状にくりぬく。

 そして釣り針にエサをつけて、三人で糸をたらした。


「ぴーぴー」


 ハクは興味深そうに氷に空いた穴を見つめる。


「ハク。落ちたら危ないので、穴にはあんまり近づかないでください」


「ぴぃ」


「暇なのは分かりますが……ハク用の釣り竿がないので……しばらく我慢してください」


 ローラはハクの頭を撫でる。するとハクは気持ちよさそうに目を閉じたのだが。


「グォォォォォォォォンッ!」


「うわっ! 釣り竿がないからって、そんなモンスターみたいなうなり声を出さなくてもいいじゃないですか! というか、どこからそんな声を出したんです……?」


「ぴぃ?」


 しかしハクはいつものように可愛い声で首を傾げるだけ。

 はて。

 では今のうなり声はなんだったんだろう。


「違いますわ、ローラさん! ハクの鳴き声ではなく――」


「本物のドラゴン!」


 シャーロットとアンナが目を丸くしながら、遠くの空を見つめていた。

 ローラもそちらに視線を向けると、本当にドラゴンがいた。

 真っ赤な血のような色をしたドラゴン。

 それも三匹も。

 空の向こうからこちらに飛んで来るではないか。


「わわわっ! 本物です! ドラゴンって珍しいモンスターなんですよね!? それがどうして三匹も一緒に? 凄い!」


「よ、ようやく生で見ることができましたわ……あれを一人で倒せばAランク冒険者……燃えてきましたわ!」


「え、ちょっと……どうして二人とも喜んでるの……? あんなのに襲われたら、勝てたとしても町が大変なことになると思うんだけど……」


 興奮しながらドラゴンを見上げていたローラとシャーロットは、アンナの言葉で我に返る。


「わぁぁぁっ大変です! この町に来る前に倒さないと!」


 ドラゴンと戦ったら校則違反になってしまう。

 だが、そんなことを言っている場合ではない。


「もう遅いかも……」


 ドラゴンは高度を下げてくる。

 標的はミーレベルンの町か――と思いきや、少し違った。

 確かにミレーベルン湖の湖畔に降りたが、町ではなく、さっきローラとシャーロットが戦っていた場所に降りていった。


「ああっ、私とハクが作った雪だるまが壊されちゃいます!」


「何でドラゴンはあんなところに行ったんだろう……」


「わたくしとローラさんがさっき戦ったので、その魔力の気配に引き寄せられたのかもしれませんわ」


「と、とにかく、ドラゴンが町に直接来なかったのは不幸中の幸いです。今のうちにやっつけましょう!」


 ローラたちは釣り竿をその場に置き、ドラゴンに向かって飛んでいった。

 ほんの数秒で到着したのだが、すでに雪だるまは蹴飛ばされ、無残な姿になっていた。


「ああ、何てことを……」


 間近で見たドラゴンは、確かにハクに似ていた。

 しかし、顔つきがまるで違う。ハクのような愛らしさはなく、相手を威圧することしか考えていないかのような凶暴な目をしている。

 そして大きい。

 頭の高さは確実にローラの実家の屋根よりも高い。尻尾まで含めた全長や、翼を広げたときの面積はどれほどになるのだろう。


「雪だるまの恨みです。ハク、やっておしまい!」


「ぴぃぃぃ!」


 ローラの頭の上にいたハクが、口からオレンジ色の光線を吐いた。

 それは岩や鉄すら切断してしまう威力を持っている。

 が。


「グォォォォォン!」


 ドラゴンの一匹が地を揺らすほどの咆哮を上げた。

 それと共に、ドラゴンの前方に魔力の障壁――防御結界が発生した。

 ハクの光線はそれに阻まれ防がれてしまう。


「ぴぃ!?」


「なんと。そういえばリヴァイアサンも氷魔法を使っていましたね……ドラゴン系は大きいだけでなく魔法を使えるとは、流石は最強のモンスターと呼ばれるだけあります」


「じゃあ、古代文明の魔法剣ならどう?」


「アンナさん、わたくし、同時攻撃させて頂きますわ」


 アンナは二本の魔法剣を手に持ち、そこから魔力を吸い上げた。

 剣士である彼女自身が有している魔力は正直、大した量ではない。

 だが雷の魔法剣ケラウノス風の魔法剣アネモイの中には底知れぬ魔力が眠っており、アンナはそれをまるで自分のもののように操ることができる。

 特に雷と風の魔法に関しては、魔法剣たちの補助のおかげで、一流魔法使いと遜色ない威力で撃つことが可能だ。


 まず右手に持った風の魔法剣アネモイの刃から竜巻が放たれ、ドラゴンの一匹に向かって伸びていく。

 と、ほぼ同時に、右手の雷の魔法剣ケラウノスから眩い閃光が放たれた。それは高エネルギーを秘めた稲妻だった。稲妻は竜巻に沿って進み、ドラゴンに襲いかかる。


「光よ。我が魔力を捧げる。ゆえに契約。敵を粉砕せよ――」


 アンナが魔法剣で攻撃している最中、その隣でシャーロットは呪文を詠唱していた。

 彼女の手のひらから光の槍が放たれ、アンナに負けじとドラゴンを強襲する。


 二人の同時攻撃により、ドラゴンの防御結界は貫かれた。

 素晴らしい威力だ。

 シャーロットとアンナが力を合わせれば、Aランク冒険者に匹敵する実力があるのだ――とローラは感心したのだが。


 攻撃が直撃し、爆発が起き、煙が晴れたあと……ドラゴンは健在だった。

 もちろん無傷というわけではない。

 攻撃が当たった首の部分はウロコが剥がれ、肉が露出し、血が流れている。

 しかし、逆に言えばそれだけ。


 ギルドレア冒険者学園で屈指の実力を持つ二人の同時攻撃を受けても、ドラゴンは表面が傷ついただけだったのである。


「そ、そんな……わたくしたちの攻撃が通用しませんの……?」


「かなり強くなったつもりだったのに……」


 二人はショックを隠せない。

 ローラだって、自分のことではないのに驚いていた。

 実のところ、いくらドラゴンが強いと言ったってシャーロットとアンナなら一人でも倒せるのでは、なんて考えていた。

 甘かった。

 最強のモンスターの称号は伊達ではない。

 

「「「グォォォォォンッッッ!」」」


 今度はドラゴンが三匹同時に吠えた。

 その口内に、膨大な魔力が集中する。

 来る。

 今のシャーロットとアンナですら勝てない最強モンスターの攻撃が、一気に三発。


「私が迎撃します!」


 ローラは眼前に三つの光球を作り出した。

 色は白に近い水色。

 大きさはメロン程度しかないが、それぞれ学園を氷で覆い尽くせるだけの魔力が詰まっている。


 ドラゴンの口から真紅の光線が伸びる。

 全く同時にローラは光球を発射。

 空中で激突し、全てが完全消滅。


「相殺ですわ!」


「やっぱりローラは凄い……」


 えっへん、と威張りたいところだが、そうもしていられない。

 学園を氷で覆い尽くす光球と相殺したということは、つまりドラゴンの光線は、学園を焼き尽くすだけの火力を持っているのだ。

 そんな奴が三匹も町の近くにいては困る。早く倒さないと、流れ弾一発で大惨事だ。


「ハクをお願いします」


 ローラは頭上の神獣をシャーロットに託し、ドラゴンに向かって走った。

 そしてジャンプし、跳び蹴り。

 狙いは先ほどシャーロットとアンナが傷を負わせたドラゴンだ。

 ウロコが剥がれたところに、両足を揃えてぶちかます。

 ただの跳び蹴りではない。飛行魔法による加速で音速を超えている。更に足の裏に防御結界を張ったので、堅さも抜群。


「うりゃぁっ!」


 気合いのかけ声で更に加速。

 ローラのキックは見事ドラゴンの首に命中。

 その衝撃でドラゴンは吹っ飛び、ひっくり返って地面に落ちる。


 大きいだけあって、とてつもない轟音が響き、地面もかすかに揺れた。

 それだけドラゴンのダメージも大きいはず。

 その証拠に、ビクビクと痙攣していた。


「どんなもんです!」


 ローラはグッとガッツポーズを作った。

 無論、まだ二匹残っている。

 油断は禁物――。


「甘いぞローラ!」


「この程度じゃドラゴンは死なないわよ!」


 そのとき両親の声が聞こえてきた。

 そしてローラが蹴飛ばしたドラゴンから激しく血が噴き出した。

 ブルーノの大剣が喉元を切り裂き、ドーラの槍が心臓を貫いていたのだ。


「お父さん、お母さん! 来たんだ!」


「当たり前だろう。自分の住んでる町の近くにドラゴンが出たのに指をくわえてみていたら、Aランク冒険者失格だぞ」


「むしろ、あなたたちこそ来てたのって感じよ。Cランク以上のモンスターと戦うのは校則違反じゃなかったかしら?」


「そ、それは……正当防衛だよ!」


 ローラは苦し紛れに言い訳してみた。

 すると以外にも両親は頷いてくれた。


「そうねぇ。こんな近くにドラゴンが出てきたら、戦うしかないわよね」


「ぼんやりしていたら殺されるからな。正当防衛だ。うむ」


「そっかぁ……本当に正当防衛なんだ」


 ローラはしみじみと頷く。

 三学期からはモンスターと遭遇したら、全て「正当防衛」だと言って倒すことにしよう。

 これならエミリアも怒らないはずだ。


「ローラ。騙されちゃ駄目だよ。普通はドラゴンが出てきたら逃げるから。自分から近づいて正当防衛は変だよ」


「アンナさん……そんな夢のないこと言わないでください……」


「正当防衛に夢を見たらエミリア先生に怒られる回数が倍になるよ。本当は高ランクモンスターがいる場所に近づくのが間違ってるんだから……」


 アンナの言うことはとても正論だった。

 というかエミリアの説教と同じ内容だった。

 だが今日に限ってはドラゴンのほうからやってきたのであって、ローラたちが生息地に近づいたのではない。

 正当防衛はギリギリ成立するはずだ。

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