第248話 シャーロットさんとの冬の決戦です

 お昼ご飯を食べ終わったローラたち三人と一匹は、家の前に集まって午後の予定を話し合う。


 ローラとシャーロットは予定通り『傀儡回しの魔法』で勝負だ。

 アンナの剣の修行は午前中で終わりで、午後は自由時間らしい。


「シャーロットさん。雪だるまは完成しましたか?」


「うふふ。わたくしは雪だるまではなく、ゴージャスな雪像ですわ!」


「ゴージャスなんですか。シャーロットさんらしいですねぇ。それで、どこで戦わせます?」


「言うまでもなく町中は駄目ですわ。町の外でどこか分かりやすい待ち合わせ場所はありませんの?」


「うーん……雪に覆われているので、目印になりそうなものがないですねぇ」


 と、そこまで話してから、ローラはいいことを思いついた。


「そうだ! 雪原の真ん中で、アンナさんが雷を空に向かって放ち、ピカピカ光らせていればいいんです。それなら遠くからでも分かりますよ!」


「画期的なアイデアですわ!」


 シャーロットは絶賛してくれた。


「なんてこった」


 しかし、ローラの案を実行するアンナは「無茶ブリされた」という反応だ。

 もっとも、本気で嫌がっているわけではないだろう。

 アンナの表情は分かりにくいが、ローラはもう長いこと友達をやっているので、微妙な変化を感じ取れるのである。

 今のは「ちょっと嫌だが、まぁいいか」という顔である。


「というわけで、アンナさんは雪原のどこかでピカピカ光っていてください。私とシャーロットさんは、そこに自分の雪だるまと雪像を運びますから」


「ピカピー」


 アンナはいかにも電気を放っていそうな呟きを残し、雪原に向かって歩いて行った。


「ぴぴー」


 ハクはなぜかアンナの真似をしようとしていた。が、ハクは電気を出せない。残念。

 ローラはシャーロットと別れて、雪だるまを取りに行く。

 そして大型雪だるまの頭の上に立ち、ハクは自分が作った小型雪だるまの隣に立つ。


「家の屋根より高いので、何だか自分まで大きくなった気分です。空を飛ぶのとはひと味違いますね」


「ぴー」


 なにせ雪玉一つで二階建ての実家より大きい。それが二つ分だから、五階建てくらいの大きさだ。

 これほどの高さの建物は王都でも珍しい。


「では、雪だるま発進です!」


 ローラは傀儡回しの魔法を使った。

 するとローラの意思に従い、雪だるまは歩き出す。

 もっとも雪だるまに足はないので、正確には歩いているのではない。

 見えない何かに引っ張られるように、ズズズズと雪原を削りながら滑って進むのだ。


「あっちで雷がピカピカ光ってます。目印のアンナさんですね」


 地上から空に昇る雷を目印に、雪だるまを進ませる。


「アンナさん、やっほー」


 ローラは雪だるまの上からアンナに手を振った。

 するとアンナは雷の魔法剣ケラウノスごと腕を振って応えてくれた。

 雷がブワンブワンと揺れて危ない。


「ローラ。雷を出し続けるの疲れるんだけど。もうやめていい?」


「シャーロットさんが来るまで頑張ってくださーい」


「なんてこった」


 そうぼやきつつ、アンナは顔色を変えず雷を放つ。

 こんなに長時間ピカピカし続けても疲れを見せないとは大したものだ。


 とローラが感心していると、遠くから高笑いが聞こえてきた。


「おーほっほっほ!」


 完全に悪役の笑い方だ。

 その笑い声とともに歩いてくる大きな雪像が一体。


「な、なんて凄い雪像……というかそれ、巨大なシャーロットさんじゃないですか!」


 ローラが指さした雪像は、まさにシャーロットの形をしていた。

 複雑な形をした髪のウェーブも、大きな胸も、自信に満ちた顔立ちも、忠実に再現されている。

 違うのは色。それから大きさだ。

 ローラがこれでもかと大きくした雪だるまに匹敵する高さなのだ。


「シャーロットさん……そんな大きな自分の雪像を作るなんて……どれだけ自分が好きなんですか!?」


「な! それではまるで、わたくしがナルシストみたいですわ。自信があると仰ってくださいな」


 自分を模した雪像の上に立ったシャーロットは、ローラの言葉に反論した。

 しかし、あまり反論になっていない。結局、言葉を換えただけで言っていることは同じようなものだ。


 が、それはそれとして。

 あの雪像は技術的には凄い。どうやったらこんなにソックリに作れるのだろう。しかもこんな大きさで。


「シャーロットさん。どうやって、こんなにソックリに作ったんですか? しかもこんな大きさで」


「ふふふ……このシャーロット・ガザードにかかれば朝飯前ですわ!」


「いや、そんな髪をふぁさぁってかき上げてないで教えてくださいよ。あと朝飯前とか言いつつ、一緒に朝ご飯を食べてから作業に入ったじゃないですか。正しくは昼飯前ですよ」


「簡単な話ですわ。まず大きな大きな雪のブロックを作るのですわ」


「ふむふむ」


「そして、それを……あの手この手で削って形を仕上げていくのですわ!」


 シャーロットは胸を張って叫ぶ。

 説明はそれで終わりだった。


「えっと、つまり……特別な方法を使わずに作ったってことですか……?」


「そうですわ。わたくしの芸術センスが爆発ですわ!」


 シャーロットは再び「おーほっほっほ!」と高笑いする。

 それに合わせて、石像も高笑いするような仕草をした。


「うぅ……ツッコミを入れたいのに、本当に凄い技術で褒めるしかありません……」


 ローラはもやもやした気持ちで肩を落とした。


「でも絵はあんなに下手なのに、立体物だと上手に作れるなんて不思議」


 アンナは雪像を見上げながら、ぽつりと疑問を発した。


「ああ、でもシャーロットさんって私服のセンスはいいので、別に感性が悪いわけじゃないんですよね。きっと絵と立体物では、脳の使う場所が違うんですよ」


「つまりシャーロットの脳は、絵を描くところが弱い」


「人の脳を弱いと言わないでくださいまし!」


 ローラとアンナで冷静な分析をしていたら、シャーロットが嫌そうに叫んだ。


「それにローラさん。そんな雪だるまで戦えますの? まさに手も足も出ないという形状ですわ。まあ、足は初めからないようですが」


「見た目で判断しないでください! この雪だるまは、私とハクが力を合わせて頑張って作ったんです! 無敵ですよ! シャーロットさんの雪像なんてケチョンケチョンです!」


「まあ、ローラさん。そんな強気でよろしいので? いくらローラさんの魔力が凄くても、この勝負はあくまで傀儡回し。傀儡の出来映えはわたくしの圧勝ですわぁ!」


 シャーロットの言うことは一理ある。

 ローラは自分とハクが作った雪だるまが駄目だとは思っていないが、シャーロットの雪像は美術館に飾っても恥ずかしくないほどの完成度なのだ。

 ここまで歩いてきたときの動きから見ても、本物の人間のようにしなやかに動くのだろう。


 しかし、だ。

 この勝負はあくまで『先に原型が無くなったほうが負け』というルールだ。

 動きの繊細さや複雑さを競うのではない。

 よって、雪だるまが単純な動きしかできないからといって、負けると決まったわけではない。

 むしろ構造がシンプルな分、頑丈なはず。

 ぶつかり合いではむしろ有利だ。


「シャーロットさんの鼻をへし折ってやります! アンナさん、合図をお願いします!」


「分かった。じゃあスタート」


 アンナのやる気のない合図とともに、ローラの雪だるまとシャーロットの雪像が同時に動き出す。


 雪だるまはズズズズと地面を滑って進む。

 一方、シャーロット雪像は、スタタタタと軽快に走って近づいてきた。

 速度が違いすぎる。


「先手必勝ですわ!」


 シャーロット石像の跳び蹴りが雪だるまの顔面に迫る。


「そう簡単にはいきませんよ! 大回転!」


 雪だるまは確かに素早く移動できない。

 しかし、その場から、、、、、移動せずに動く、、、、、、、なら話は別だ。


「なっ!」


 雪だるまはコマのように回転をはじめる。

 そして腕の代わりに突き刺した針葉樹の先端で、シャーロット石像の跳び蹴りを弾き返した。


「おお~~」


 横で見ていたアンナが感心した声を出す。

 勝負とは無関係な傍観者なので気楽なものだ。


「まさかそんな高速回転をするなんて……それでこそローラさんですわ!」


「言ったはずです。私とハクが作った雪だるまは無敵だと。しかしシャーロットさんの雪像も頑丈ですね。今ので少しも壊れていません」


「全体を防御結界で包んでいますもの。当然ですわ」


「それを計算に入れても、です。さて、次は私の番です。行け、ロケットパンチ!」


 ローラのかけ声と共に、雪だるまから二本の針葉樹が分離し、シャーロット雪像に向かって飛んでいった。


「こんな攻撃は予想外でしたわ! ですが叩き落として見せますわ!」


 針葉樹ロケットパンチは、シャーロット雪像の素早い蹴りで跳ね返されてしまった。

 空中で錐もみ回転する針葉樹を、ローラは魔法で回収し、再び雪だるまにドッキングさせた。


「ぐぬぅ……ロケットパンチが通じないとは……やりますねシャーロットさん!」


「この雪像のしなやかさは、わたくし自身が驚くほどですわ。そんな針葉樹が飛んできたところで、どうということはありませんわ!」


「むぅ……こうなったら私自身が攻撃魔法を撃って雪像を解かすしか……」


「そ、それは反則ですわ!」


「えー、そうなんですか?」


 細かいルールを決めていなかったのに急に反則と言われても困ってしまう。

 誰か第三者に審判をやってもらわないと。


 とはいえ、この場にいる第三者はハクとアンナだけだ。

 ハクに審判は無理なので、必然的にアンナにやってもらうしかない。


「アンナさんはどう思います?」


「私もローラが直接攻撃するのは反則だと思う。これは雪で作ったものを動かして戦う勝負なんでしょ? だったら、本人が戦うのはなし」


「むぅ……分かりました。審判がそう言うなら従うしかありません」


「私、審判だったんだ……」


「たった今から審判になりました! というわけでシャーロットさん。仕切り直しです!」


「おほほほ。どこからでもかかってくるがいいですわ!」


 シャーロットは余裕の表情だ。

 実際、ローラの直接攻撃が禁じられた以上、この勝負はシャーロットに分がある。


「ぴー」


 ローラが悩んでいると、ハクが小さい雪だるまの上で跳びはね、何やらアピールしてきた。


「ハク。今は勝負の最中なので遊べませんよ……」


 と、そこまで言ってから、ローラは素敵な戦術を思いついた。


「そうだ! 小さい雪だるまだって立派な戦力です! ただの飾りじゃありません! ハクのおかげで勝てそうですよ!」


「ぴー」


 ハクは満足げに頷いた。


「おほほほ、ローラさん、ハクとおしゃべりしている余裕がありますの!?」


 シャーロット石像がパンチとキックを次々と打ち込んでくる。

 ローラは雪だるまを後退させつつ、針葉樹の腕を振り回し、それらを防ごうとする。

 が、速度が違いすぎて、ほとんどを喰らってしまう。

 雪だるま全体に防御結界をかけているから壊れはしないが、グラグラと揺れるのは防げない。

 このままではいずれゴロンと後ろに転んでしまう。

 そうしたらきっとシャーロット雪像は馬乗りになって殴ってくるに違いない。


 雪だるまの表面は防御結界で頑丈にしているが、しょせんは雪玉を二つ重ねただけの構造なので、接合部を集中的に狙われたら首がもげてしまう可能性が高い。

 首が取れたらもう雪だるまではないので、ローラの負けだ。


「さあ、あと一押しでローラさんの雪だるまはすってんころりんですわ!」


 シャーロットは完全に勝利を確信した顔だ。

 しかし、その油断が命取りになる。


「甘いです、シャーロットさん!」


「えっ!?」


 そのとき、すでに雪だるまはシャーロット雪像の後ろに回り込んでいた。

 ただし、ローラが作った大型雪だるまではない。

 ハクが作った小さい雪だるま。

 こっそり分離させ、移動させていたのだ。

 その全身は、強固な防御結界でカチコチに固めてある。

 シャーロットが気づいたときにはもう遅い。

 小さい雪だるまは弾丸のように地面からジャンプし、シャーロット雪像の片足を貫いた。


「ああ!」


 片足を失ったシャーロット雪像は、バランスを崩し、なすすべなく仰向けに倒れてしまう。


「とどめです!」


「ああ、ローラさん、お慈悲をぉ!」


 ローラは巨大雪だるまに魔力を集中させ、ぴょんとジャンプさせた。

 一軒家を二つ重ねたよりも大きな雪だるまが跳びはねる光景は、大迫力だろう。

 ましてそれが自分を押しつぶそうと落ちてくるとなれば――。


 雪だるまは、自分の防御結界でシャーロット雪像の防御結界を相殺し、その胴体を大質量で押しつぶした。


 衝撃で弾き飛ばされたシャーロット雪像の頭部が、コロコロ転がっていく。

 本物のシャーロットも、それにしがみついたまま転がっていた。


「ローラの勝利」


 審判のアンナが、やる気のない口調で戦いの終わりを告げる。


「やったー! 私たちの勝利ですよ、ハク!」


「ぴぃ」


 ローラとハクは、雪だるまの上で喜びのダンスを踊る。

 だが、負けたシャーロットは納得がいかないようだ。


「反則ですわ! 後ろからの不意打ち、あれは何ですの!?」


「小型雪だるまによる体当たりですよ」


「雪だるまを二つも使うなんて反則ですわ!」


「二つじゃないです。小型雪だるまと大型雪だるまはもともと一つなんです。戦闘中に分離しただけです。だから反則ではありません」


 ローラは自分の言葉に説得力を持たせるため、小型雪だるまを誘導し、元の場所に戻した。

 ガシャーン。

 合体である。


「審判!」


 シャーロットはキッとアンナを睨みつける。

 するとアンナは「うーん」と悩んだあと、


「確かに戦いが始まる前はくっついてたから、反則じゃないと思う。おっけー」


「おお、流石はアンナさん。公平なジャッジです」


「そんな……その理屈が通るなら、いくらでも数を増やせるではありませんか!」


「そうは言いますけどシャーロットさん。雪だるまを二つ同時に動かすのは難しいんですよ。シャーロットさんにできますか?」


「ローラさんにできるなら、わたくしにだってできますわ! 明日、分離機能を搭載した新型雪像を作ってリベンジしますわ!」


「ほほう。望むところです!」


 ローラは勝負そのものよりも、シャーロットがどんな雪像を作ってくるか、そっちのほうが楽しみだった。

 きっともの凄いギミックを仕込んでくるに違いない。


「……勝負が終わったなら、他のことして遊ぼう。次は私も混ざれるやつ」


 アンナはぼけーっとした顔で呟く。

 今の勝負だって審判という形でかかわったはずだが……どうやらアンナ的に楽しくなかったらしい。


「うーん、皆でできる冬の遊び……あ、そうだ。湖で釣りでもしますか?」


「今は何が釣れるの?」


「そうですねぇ。やはりワカサギですかね」


 湖畔の町で生まれ育っただけあり、ローラは何度か家族と一緒に釣りを楽しんだことがある。

 魚がかかると楽しいし、晩ご飯のおかずにもなるので一石二鳥だ。


「ワカサギ釣りなら知っていますわ。凍った湖に穴を開けて釣り糸をたらすのでしょう? 前から一度やってみたかったのですわ!」


 シャーロットが食いついてきた。

 しかし。


「もっと寒波がきたときは氷が張ったりしますが……今のミーレベルン湖は全然凍ってませんけど……」


 それに仮に凍ったとしても、人が歩けるほどに厚くはならない。

 シャーロットが足を乗せた途端、バリンと割れて真冬の湖に飛び込むことになる。


「そ、それならば魔法で凍らせるのですわ!」


「町の人に迷惑がかかるのでやめてください。まだボートとか浮かんでるんですよ」


「うぅ……氷に穴を開けてみたかったですわぁ」


 シャーロットはがっくりとうなだれる。

 その落ち込みっぷりを見ていたら、ローラも氷に穴をあけてみたくなった。

 とはいえ、やはり湖を魔法で凍らせるのは駄目だ。

 そんなことをしたら、町の人たちに怒られるだけでなく、どこからともかくエミリアが現われて説教するに違いない。


「そのうち凍っている湖に行きましょう。今日のところは普通の湖で我慢してください。さ、家に釣り道具を取りに行きましょう」


 ローラたちは雪だるまと雪像の残骸を残して、家に向かってテクテク歩いて行く。

 そのとき、遠くから咆哮が聞こえたような気がした。

 大型モンスターが放つような咆哮だ。

 しかし、周りを見渡しても、それらしいモンスターの姿は見えない。

 この雪原で大型モンスターが姿を隠すのはまず無理なので、気のせいなのだろう。


 あるいは、とてつもなく遠くから聞こえてきたか――。


 ローラたち三人と一匹は顔を見合わせてから「ま、いいか」と呟き合い、再び歩き出した。

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