第246話 アンナさんVSお父さんです

 はらはらと雪が降っていた。

 地面も屋根も白く染まっており、そこに足跡をつけて歩くのが楽しい。

 太陽の光が、雪と湖に反射してキラキラと輝く。


 ローラは冷たい空気を吸い込み、体が内側から冷える感触を楽しむ。

 とても幻想的な朝だった。


 しかし、その美しい風景を焼き尽くすように放たれる、荒々しい光があった。


雷の魔法剣ケラウノス風の魔法剣アネモイ!」


 赤毛の少女アンナが双剣の名を呼び、抜剣する。

 と同時に、剣から低音が響き渡り、冷たい空気を震わせた。

 そして稲妻と竜巻がアンナを中心に吹き荒れ、周辺の雪を融解させる。


 すさまじい熱量だが、これは魔法の双剣が持つ力の一部に過ぎない。

 それを握るアンナと向かい合うブルーノは、少しも臆することなく、むしろ楽しげに口の端を歪ませ笑った。


「すげぇ雷と風だな。近くにいるだけで肌がビリビリしてくる。だが、雷魔法や風魔法くらい何度も喰らったことがあるぜ。その程度じゃ俺は倒せんぞ」


「分かってる……これはあくまで準備体操みたいなもの。本当の力を今から見せる」


「それは楽しみだ。前にその風の魔法剣に意識を乗っ取られたが、今日はそうはいかんぞ!」


 ブルーノもまた剣を構える。

 かつてブルーノは、妻のドーラに叱られたショックで精神的に不安定になり、その隙に風の魔法剣アネモイに意識を乗っ取られたことがある。

 しかし今は気合い十分だ。

 一流剣士の迫力は、ただそこに立っているだけで、アンナが放つ雷と風よりも威圧感があった。

 こうなったブルーノの意識を乗っ取るのは不可能だろう。


 それに、雷の魔法剣ケラウノス風の魔法剣アネモイはいまや完全にアンナのコントロール下にある。

 勝手に動き回って人の意識を乗っ取ったりはしない。

 第一、アンナは自分の技がどれほどのものになったのか確かめるためにここに立っているのだ。

 意識を奪うような勝ち方では本末転倒。

 たとえできたとしても、やるわけがない。


「じゃあ、師匠……行くよ!」


「応よ!」


 アンナは電気を自分の体に流し、筋力を限界まで引き出す。それに加え、突風で己を加速させた。

 その合わせ技により、尋常ならざる加速を実現。アンナの体格からは想像できないような初速でブルーノに迫る。


 流石のブルーノも一瞬、目を見開いて驚いた。

 が、やはり流石のブルーノ。

 アンナの剣が迫る刹那の時間に平常心を取り戻し、恐るべき剣速で迎撃した。


「――ッ!」


 アンナが振り下ろした雷の魔法剣ケラウノスが弾かれる。

 しかし、まだ風の魔法剣アネモイが残っている。

 片方が防がれても、もう一本で追撃可能なのが双剣の利点。

 ところがブルーノの剣が凄まじすぎて、アンナは姿勢を崩す。倒れないように踏ん張るのがやっとで、追撃どころではない。


 だが、それでもアンナは不安定な姿勢から、強引に風の魔法剣アネモイを横一文字に振った。

 それは電流による筋肉の強制稼働。

 アンナは激痛に顔を歪ませる。

 自分に自分でダメージを与える不条理な技だ。


 しかし、だからこそ。

 その人体構造の限界を超えるかのような一撃は、ブルーノにとって理外のはず。

 経験豊富な剣士だからこそブルーノは、アンナがその姿勢から剣を振ってくるとは思わない。


「なっ!?」


 自分の脇腹に迫ってくる刃を見て、ブルーノは虚を突かれた表情を浮かべた。

 見事な奇襲だ。

 普通なら、これで決着。


 そして無論、Aランク冒険者は普通とは程遠い。

 奇襲のタイミングは完璧だった。

 ブルーノが虚を突かれたのは事実だろう。

 それでもなお、ブルーノの防御を突破できない。


 奇襲がどうしたのだと言わんばかりの神業じみた速度で、ブルーノの剣が動く。

 結果、風の魔法剣アネモイの横薙ぎは、ブルーノの服すら傷つけることなく、甲高い金属音を響かせるだけで終わった。

 読み合いで負けたくせに、単純な反射神経だけで防御を成功させてしまう。

 ああ、何という不条理か。

 それこそがAランク冒険者。

 それこそがブルーノ・エドモンズという剣士。


 古代文明の魔法剣を使いこなせるようになった?

 絶え間ない鍛錬を積み重ねてきた?

 その程度のことで突破できるほど甘くはないのだ。


「くっ――」


 アンナは悔しそうに呻く。

 が。


「やるじゃないかアンナ。つい本気を出してしまったぞ」


 ブルーノは褒め称える。

 それは慰めやお世辞ではない。

 なぜなら彼の体から、シュワシュワと魔力が吹き出しているからだ。

 それを『気合いの本気モード』とブルーノは呼んでいる。


 実際はただの強化魔法なのだが、ブルーノは長らく、それが魔法だとは知らず、気合いをいれると強くなると信じていた。


 強化魔法だとローラに指摘され、魔法嫌いのブルーノはショックを受けていたが……そんな間抜けな顛末とは裏腹に『気合いの本気モード』は強い。

 ブルーノが真剣勝負をするときだけに現われる状態だ。


 教科書に名前が載るほどの剣士ブルーノが、まだ十四歳であるアンナの剣を防ぐのに本気を出さざるを得なかった。

 それは確かに褒められるべき偉業。


 なのにアンナは少しも嬉しそうではなかった。


「……師匠に本気を出させたくらいで満足してるようじゃ、いつまでたっても超えられない!」


「くくっ……欲張りな奴だな。いいぞ、冒険者はそうでなくっちゃつまらない。さあ、向かってこい。全て跳ね返してやるぞ」


「望むところ」


 アンナは雷と風を身に纏い、超高速の斬撃でブルーノに襲いかかる。

 先ほどの攻防で、アンナの手の内は知られてしまった。

 ゆえに奇襲はもう不可能。

 ここからは純粋な剣技での真っ向勝負。


 その分野でブルーノは無類の強さを発揮する。

 正面から打ち破るのは困難を極める。

 だが、その困難を乗り越えたいからアンナは向かっていくのだ。


 冬の町に雷電が走る。

 剣と剣がぶつかり火花が花畑のように無数に広がっては散る。


 そんな二人の戦いを見つめていたローラは、心の中でアンナにエールを送った。


 もともとはローラこそがブルーノの剣技を継承するはずだったのだ。

 それがギルドレア冒険者学園に入学してから、すっかり魔法使いになってしまった。

 ローラはそのことを申し訳なく思っていたので、アンナが代わりにブルーノと剣を交えてくれていることを感謝していた。

 もちろんアンナ自身は、ローラの代わりにやっているという意識はないだろう。彼女は自分のためにブルーノに弟子入りしたのだ。


 だが、それでも。

 ローラが剣よりも魔法を優先させてしまったことに、ブルーノは本気でショックを受けていた。そのブルーノが元気になったのは、アンナのおかげなのだ。


 アンナの剣技はどんどん冴え渡っていく。

 いずれは本当にブルーノを超えてしまうだろうと思えるくらいに。


 ローラとて、自分には魔法があるからと油断していると、きっと追い抜かれてしまう。

 だから――。

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