第245話 時間移動魔法です?
ドラゴンの尻尾のステーキは、牛のステーキに比べて少し硬かった。
しかし、その歯ごたえが逆に美味しく感じられた。
脂身が少なく、身体にもよさそうだ。
噛めば噛むほど肉の旨みが口の中に広がっていく。
「ビーフステーキの上品な味も好きですが、ドラゴンは野生の荒々しさがあって、これはこれで素敵ですわぁ」
「学食のハンバーグをよく食べてるけど、ステーキなんて久しぶり。とても美味しい」
「お母さんのオムレツの美味しさを百としたら、ドラゴンステーキは九十三くらいです。ハイスコアですよ。星三つです」
ローラたち三人にとっては初めてのドラゴンの肉だったが、とても口に合った。
こんなに美味しいなら、食べるためにドラゴンを探し回って仕留めてもいい。
どうして皆そうしないのだろう……と一瞬思ったが、よく考えてみると、普通の人はドラゴンを倒せないのだ。
ローラだってドラゴンを倒したことはない。
冒険者学園を卒業したら、皆でドラゴン退治に行き、その場でバーベキューをしたら楽しそうだなぁ――なんてローラは空想した。
「ぴー」
ハクも美味しそうにドラゴンステーキを食べている。
以前、ハクは『食べ過ぎ&運動不足』によって太ってしまったことがある。
なのでその体の大きさに合わせて小さなステーキだ。それを食べやすいように更に細かく切ってある。
ハクは小さなドラゴン肉を、前足で器用に持ち上げ、口に運んでモグモグしていた。
「これって共食いということにはならんのか?」
ブルーノはハクを見つめながら疑問を口にした。
「大丈夫だよ、お父さん。ハクはドラゴンの形をしているけど、ドラゴンじゃなくて神獣だから」
「ぴ!」
「そうか。なら大丈夫だな! イルカは魚に似てるけど、魚じゃないから魚を食べても共食いにならないしな!」
ブルーノは納得したらしく、自分のステーキを食べるのに集中した。
そしてドラゴンのステーキを食べ終わったあと、皆で後片付けをする。
ローラ、シャーロット、アンナ、ハクでお風呂に入り、前に来たときのようにローラのベッドで川の字になる。
「むむ……今回もベッドのスペースに余裕がありますね……」
ローラのベッドは、ブルーノの手作りだ。
『俺の娘だから大きくなるに違いない』という理由でとても大型のベッドになっている。
そのおかげで、三人で一緒に寝転がることができるのだ。
しかし、シャーロットとアンナを初めてこの家に連れてきたのは夏休み。もう五ヶ月も前の話だ。
ローラの予定では、もうかなり背が伸びていて、三人で寝ると大型ベッドでも狭く感じるはずだったのだが。
ところが予定はくるい、ベッドは余裕綽々であった。
「ふふふ……ローラさんが小さいままなのはいいことですわぁ」
「そのとおり。ローラはずっとそのままでいなきゃ駄目だよ」
「もう! どうして二人は私を小さいままにしたいんですか!? それにベッドに余裕があるということは、私だけでなく、シャーロットさんとアンナさんも成長してないってことですよ」
「あら。それは仕方ありませんわ。わたくしたち、ローラさんと違って育ち盛りを過ぎていますもの。数ヶ月で急に伸びたりはしませんわ」
「一応、私は夏休みからちょこっとだけ伸びたはず」
「ぐぬぬ……私だって今から急に伸びますよ。なにせドラゴンの肉を食べましたからね。冬休みが終わる頃にはシャーロットさんよりも大きくなって見せます」
「流石にそれは無理ですわ」
「あんまり大きくなると『ローラ』じゃなくて『ローラさん』になるよ。アイディンティティにかかわる」
アンナは深刻そうに言う。
「私のアイディンティティって小さいことなんですか!?」
「それが全てとは言わないけど……八割くらい占めてると思う」
「ええ!? そんなことないですよ。大きくなっても私は私です。ね、ハク?」
「ぴぃ?」
布団の中に潜り込んでいたハクは、ぴょこっと頭を出して首を傾げた。
「ほら。ハクも大きくなってはいけないと言っていますわ」
「言ってませんよ! ぴーって鳴いただけです。ハクの鳴き声を都合よくねつ造しちゃ駄目ですよ。さ。今日はもう寝ましょう。明日から遊びまくったり、修行したりするんですから」
「そう。修行。
アンナがそう呟くと、壁に立てかけていた二本の魔法剣からブゥゥンぶぅぅんと低いうなり声のような音が聞こえてきた。
この二本は古代文明の遺物であり、意思を持った魔法剣なのである。
アンナは
その成果を師匠にぶつけようとしているのだ。
アンナの師匠とは、ローラの父ブルーノのこと。
ローラの両親は、どちらも教科書に載るほど強いAランク冒険者だ。
Aランクの条件は一人でドラゴンを倒せることだが、そのAランクの中でもブルーノとドーラは最上位であるらしい。
なにせ二人とも、ドラゴンが三匹くらい同時に襲ってきても余裕で倒せるとか言っていた。
アンナは確かに強くなった。
だが、まだブルーノには到底、勝てないだろう。
それでも、いや、だからこそ挑む。
今の自分がどのくらいの強さか知るために。今の自分より明日、強くなるために。いつか師匠を超えるために。
「では、アンナさんがブルーノさんと戦っている間、わたくしはローラさんと勝負しますわ!」
「え、私とシャーロットさんとでですか? うーん……ほどほどにしないと街が火の海になっちゃいますよ……」
「そんな物騒な戦いはしませんわ。もっと平和的な勝負を思いついたのですわ」
「へえ! どんな勝負なんです?」
「ふふ……それは明日まで秘密ですわ」
「むー……気になります。明日が待ち遠しいです……」
ローラが唇を尖らせると、
「寝て起きたら自動的に明日になると思うけど」
アンナが画期的なアイデアを口にした。
「凄い発見です……数多くの魔法使いが時間移動の魔法にチャレンジして、いまだに誰も成功していないと授業でならいましたが……アンナさんは戦士学科なのに時間移動の方法を見つけ出しましたね!」
「いや、別に時間移動はしてないと思う」
「ローラさん。そんな興奮してると眠れなくなりますわ。ほら、いつものように抱きしめて差し上げますから、早く寝るのですわ」
「むむ? まるでシャーロットさんに抱っこされたら、私は一瞬で寝ちゃうみたいな言い方ですね?」
とローラは抗議しようとしたのだが。
「すぴー」
「もう寝てる!? 一瞬で寝ちゃうのはシャーロットさんのほうでしたか……」
シャーロットはローラの右側に抱きつきながら、早くも寝息を立てていた。
そして左側からも。
「すー……すー……」
「アンナさんも私に抱きついて寝てます……ありゃ、ハクも?」
「ぴゅぃ……」
ハクはローラの胸でうつ伏せになり瞼を閉じている。
「うーん……こんな皆にくっつかれたら寝にくいですね……はたしてちゃんと眠れるでしょうか……」
と、ローラは不安を口にしてみた。
その五秒後、見事に熟睡した。
ふと目を覚ますと、朝になっていた。
「時間移動魔法の完成です!」
ローラはカーテンを開け放ちながら、喜びの声を上げる。
するとアンナがもぞもぞと起き上がり、
「ローラ……それ魔法じゃないから」
朝から冷静なツッコミをしてくれた。
一方、シャーロットはまだ目覚めず、ベッドから消えたローラの代わりにハクを抱きしめていた。
「むにゃむにゃ……ローラさん、相変わらず小さいですわぁ……」
「ぴー……」
シャーロットとハクは仲良く抱き合って、幸せそうにしている。
あまりにも幸せそうだったので邪魔をするのは気がひけるが、朝なので目覚めなければならない。
「シャーロットさん、ハク、起きてくださーい!」
せっかく冬休みの宿題を終わらせたのだ。残りの日数は、全力で遊び倒さないと。
惰眠をむさぼる時間はないのである。
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